五百六十五 大希編 「バイオハザード」
十八日。木曜日。昨日よりは少し寒い気もするけど、一時のことを思えばまだマシな気がする。このまま温かくなっていってくれれば嬉しいけど、本当なら二月くらいが一番寒いだろうから、これからまだ寒くなる日があるんだろうな。
今年はここまで雪がほとんど積もらなかったし、毎年一度くらいは雪が積もることがある感じだし、まあそういうことをあるって思っておいた方が良さそうだ。
僕たち家族はここまで無事に過ごせたけど、実はイチコさんが今朝から熱を出して学校を休んでるらしい。まあまあ高いのでインフルエンザの可能性もあるらしくて、今日の会合は無しということになったと星谷さんから連絡が入った。
ただ、沙奈子については山仁さんのところに行かない訳にはいかないし、大希くんは自分の家だから当然帰るし、千早ちゃんももう山仁さんのところにまず帰るのが当然になってるし、ってことで、イチコさんが二階の寝室に閉じこもる感じになるんだって。
それでもインフルエンザに感染する可能性はあるけど、たとえその可能性があっても沙奈子を家に一人にはしたくなかった。これでもしうつってもそれはそれで仕方ない。
なんて、結論から言うとインフルエンザじゃなかったんだけどね。ただの風邪だったって。もっとも、風邪だってうつれば大変だから同じだけどさ。
沙奈子を迎えに行った時、「おかえりなさい」と、大希くんや沙奈子と一緒に山仁さんも出迎えてくれた。千早ちゃんは星谷さんが迎えに来て、一足先に帰ったそうだ。あと、波多野さんはイチコさんの看病をした後、今、お風呂掃除をしてるらしい。
「イチコさんの具合はどうですか?」
やっぱり気になるのでまずそう尋ねていた。山仁さんは落ち着いた感じで応えてくれる。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。熱は高いようですが本人の様子自体は落ち着いていて、特に不安も感じませんでした。今日はまだかなり辛いようなので無理せずこのまま休ませて、明日、診察を受けに行こうと思います」
確かに、熱で辛いのに無理に病院とか行ったりしたらかえって具合を悪くする場合もありそうだ。容体が落ち着いてるのなら大人しく寝てるのが一番かもしれない。
沙奈子の様子にも特に変わったところもなく、一緒にアパートに帰った。
「イチコ、大丈夫そうだった?」
部屋にあがってまずビデオ通話を繋ぐと、玲那がそう尋ねてきた。
「うん、山仁さんが言うには熱は高いけど落ち着いてるって」
聞いたままを伝える。
「やっぱりインフルエンザですか?」
絵里奈もそう尋ねてきたけど、これも聞いたまま答える。
「それが、今日は熱が高くて起きるのも辛かったらしいから、明日、診察を受けに行く予定だって言ってた」
「そうなんですか。ああでも、そういうものでしょうね。無理して行ったらかえって悪化しそうですし」
と、僕が考えてたことと同じことを絵里奈も言った。この辺り、絵里奈って僕と考えが近いみたいなんだよな。似てるって言うか。酷い虐待とかはなかったけど両親との関係がよくなかった辺りも僕と似てるし。だから惹かれ合ったのかもしれない。
「ところで絵里奈と玲那は大丈夫?」
体調を崩した人が周りにいるとやっぱり気になるのはそういうことだし、顔を見る限りは大丈夫そうだけど、念の為に確認させてもらう。
「私はぜ~んぜん問題ないよ~」と玲那。
「私もです。むしろこれまでの人生の中で一番快調かもしれないですね」と絵里奈。
だとしたら安心だ。
「僕も沙奈子も問題ないよ。ね」
そう言って沙奈子を見ると、彼女も「うん」と頷いてくれた。
でも、イチコさんの体調不良がインフルエンザだったらこの後で熱が出たりっていうこともありえたから、この時点ではまだ原因が分からなかったし、その心配もしてたんだけどね。
それから沙奈子と一緒に回鍋肉を作って、絵里奈も同じく回鍋肉を作って、四人で夕食にした。みんな食欲もちゃんとあってやっぱり元気そうだ。普段からあまりたくさん食べる方じゃない沙奈子もいつも通りには食べてて、大丈夫そうだって感じた。
お風呂に入ってすっきりして、いつものように寛ぐ。そこに鷲崎さんからビデオ通話が届いた。
「こんばんは。皆さん、お元気ですか?」
時節柄、その第一声は当然かもしれないけど、イチコさんのことがあったからタイミング的にちょっと笑ってしまった。
「僕たちは大丈夫なんだけど、いつも沙奈子がお世話になってるお宅の娘さんが熱を出してね」
と言ったら、鷲崎さんは心配そうな顔になって、
「え?、インフルエンザとかですか!?」
って。と言うのも、
「実は、結人のクラスが昨日からインフルエンザで学級閉鎖になってるんですよ。だから皆さんはどうなのかなって気になって」
とのことだった。なるほどそれで。
「今はまだインフルエンザかどうか分からないみたい。今日はゆっくり休んで、明日、診察を受けに行くって」
すると鷲崎さんは、
「え?。大丈夫なんですか?。早めにはっきりさせておかないと感染が広がったりとかは?」
だって。そういう風に気にする人も当然いるよね。
「そうは言っても、起き上がるのも辛い感じだったらしいから、あんまり無理をさせるのもね。命の危険を感じるような様子ならさすがにそうは言ってられなくても、熱が高いだけで他は落ち着いてるみたいだからさ。まずはある程度回復させるのが先ってことだと思うよ」
「そうですか?。そうかもしれないですけど、こっちは周りでけっこう流行っちゃってるみたいでいろいろ気を遣うんです」
「ああ、そういうのもあるよね。ただこっちは今のところそれほどじゃないかな。会社でもインフルエンザで休んでる人はまだいないし」
「だけど、休めないからって無理してインフルエンザなのに出てきて広げる人っているんですよね。私の会社でもいたんです。そういう人。今は辞めちゃいましたけど。
本人は責任感のつもりだったみたいですけど、会社の方からはインフルエンザの疑いがある時は休むように言われてるのに解熱剤だけ飲んで強引に出てきて、リアルバイオハザードですよ。ワクチン打ってた人まで罹っちゃって。幸い、私はその時は在宅勤務中だったから大丈夫でしたけどね」
「それは大変だったね。本人に悪気がないから余計に言いにくいよね。そういう時って」
「ええ。我慢強いのは美徳かもしれませんけど、時と場合によりますね」
「確かに」
そこに玲那も加わってきて、
「だよね~。辛いけど頑張ってる自分に酔ってる人とかは困りものだよね~。
会社から『這ってでも出てこい!』とか言われてるのなら仕方ないかもだけど、休むように言われてるのに無理して出てくるのは、さすがにね」
と苦笑いだった。すると鷲崎さんも同じように苦笑いで肩を竦めてたのだった。
「ですね~」




