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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百六十 大希編 「強い味方」

十三日。土曜日。今日は、いつも行ってる人形のギャラリーとは別に、人形の展示会があるそうなのでそっちに行くことになった。少し早めの昼食を済まして会場に行くと、絵里奈が好きだという作家さんをはじめとしたいろいろな作家さんの作品やメーカー品も展示されていて、沙奈子も絵里奈も興奮気味だ。


「わあ、この子、可愛い!」


思わず声を上げる絵里奈と、声は上げないけど同じくらいテンションが上がってるのが見てるだけで分かる沙奈子は人形に見入ってて、僕と玲那は正直、ついていけてなかった。玲那も、アニメのキャラクターをモチーフにした人形には興味はあるけれど、絵里奈が好きなのはそれよりもリアルな感じの人形だから、微妙に趣味が合わないらしい。でも…。


「ところで、玲那の『兵長』は元気なの?」


ふと、玲那が持ってる人形のことを思い出して聞いてみる。


「もちろん元気だよ。ちゃ~んと私と絵里奈のこと守ってくれてるし」


だって。なんか、魔除けの人形みたいな扱いになってるな。まあ、あの怖い顔で睨まれたら、雑魚っぽい鬼や悪魔なら確かに逃げ出しそうではある。


それはそれとしてこの時、僕は自分のスマホにヘッドホンを繋いでて、そこから玲那のメッセージを自動で読み上げる音声が聞こえてた。というのも、新しいバージョンのアプリができたということで星谷さんが公開してくれたから、それを僕と絵里奈のスマホに入れてたんだ。以前のはメッセージが入力された方の端末でしか読み上げられなかったけど、今度のはメッセージアプリと連動して、指定した人のメッセージを読み上げてくれるということもできるものだった。だからこうしてヘッドホンで聞けば誰にも聞こえずに玲那の『声』を聞くことができる。


今、玲那の動画から音声サンプルを抽出して、玲那自身の声で読み上げることができるものも作ってるそうだ。まだどうしても機械音声っぽい不自然さは残るけど、少なくても今のいかにもな機械音声よりは本来の彼女の声に近くはなるってことだった。僕が思ってる以上に順調に進んでる気がする。


ただ、口の動きを読み取って音声化する方の装置については、一筋縄ではいかないみたいだ。微妙な口の中の動きを読み取るのはなかなか難しくて、発声練習のように一言一言はっきりと大きく口を開けて発声(するふり)をしないと正しく変換してくれないって言ってた。さすがにそれじゃ『自然な会話』とはいかないかな。


『申し訳ありません。まだ時間がかかりそうです』


と星谷さんはお詫びしてくれたけど、いやいやそんなの僕たちの方が面倒を掛けてるんだからこっちが謝らなきゃいけないことだよ。


にしても、技術の進歩ってすごいんだなって思わされた。今は精度はいまいちかもしれなくても、ただ口を動かすだけで声を再現できるとか。ほとんど魔法だよ。それに、まだそんな段階のものでも既に欲しいという人もいるらしくて、商品化も視野に開発してるってことだった。数ヶ月以内には試作品を用意するから、玲那にも協力してほしいとも言ってた。


なんてことも思い出しつつ、興奮した感じで人形を見て回る沙奈子と絵里奈の後をついて歩きながら、僕は玲那とたくさん話をした。いつも通りに他愛ない話だ。どんなアニメを見たとか、フリマサイトでの売れ行きがどうとか、ちょっと困ったお客がいて大変だったとか、近所の猫がケンカしてたみたいだとか、カラスが会話してて思わず笑ってしまったとか、メイクをしてて小皺を見付けてしまってショックだったとか、本当に他愛ないこと。それを、すごい速さでスマホを操作して『話し掛けて』くる玲那を見てるだけで、僕は何だか胸があたたかくなるのを感じる。こうして割とどうでもいいような話をしてられるのが嬉しい。


一時期、玲那に対する出版社とかの取材申し込みが立て続けにあったり、手記を出版しないかという申し込みもあったりしたけど、全部、弁護士を通じて断ってもらったとも言ってたな。マンションの敷地内に勝手に入り込んだマスコミ関係者を、弁護士の人が警察に通報したこともあるとか。内容証明郵便まで使って抗議したとも。その後、大きな事件があったりして世間の興味がそっちに移ったからか玲那に対する取材申し込みとかもパタリとこなくなり、今は本当に平穏なんだって。


それ自体は何よりだけど、玲那が弁護士の人に代読してもらって世間に発信したコメントもすっかり忘れられてる感じだそうで、それについてはすごく残念な気もする。実際、その後も悲しい事件は相次いでて、無力さを思い知らされてもいた。


しかもその一方で、あまり好ましくない影響も残ってるみたいだ。


星谷さんの話によると、どうやらネット上に『玲那の偽物』が現れてるらしい。ネットでは玲那のことを攻撃する人も多かったけど、一部、彼女のことを『姫』と称して祭り上げてたのもいて、どうも偽物がその『姫』に収まってるらしいということだった。画像を見ても確かに玲那に似てるようにも見えるそうだ。もっとも、それはたぶん、メイクで似せてるんだろうなって感じらしい。玲那を『姫』と称してた人たちにちやほやされて喜んでるみたいだけど、当然、それに対して攻撃してる人もいる。でもまあ、みんな偽物だということは分かってて悪ふざけをしてる感じだとも言ってた。


玲那の事件がそんな風に茶化されているのは正直言って気分が悪い。でもそれを止めさせるために何か行動を起こすと火に油を注ぐ形になって余計に騒ぎが大きくなる可能性もあるから、何か実害がない限りは静観するってことで星谷さんとも話はついていた。


本当、どうしてそんな不謹慎なことをするんだろうな。そういうのも結局、想像力とか共感性の問題なのかな。母親の葬式の場で自分の父親を包丁で刺すなんて事件を起こした人に成りすましてちやほやしてもらおうなんて、意味が分からない。そんなことをして何が得られるんだろう。


自己満足?。承認欲求が満たされる?。もしそれが目的だとしても、何故、殺人未遂事件の元被告に成りすまそうなんて思うんだろう。


もし何かこれ以上の動きを見せるようならば、弁護士を通じて警告を出すこともあるとも星谷さんは言ってた。きちんとそういう対応を考えられるっていうのが本当に心強い。




夕方、また沙奈子と一緒に星谷さんのところに行くと、大希ひろきくんと千早ちはやちゃんに笑顔で出迎えられた。星谷さんというとてつもなくすごい人に愛されるなんて、大希くんもすごいなあ。


だけど、沙奈子のことも千早ちゃんのことも大事にしてくれる彼なら、そういう風に頼もしい味方が付いてくれても別に不思議じゃないのか。彼にそれだけの魅力があるっていうことだからね。


お母さんを亡くすという苦しいことがあってもこうやって他人を大事にできる彼だから、力になってくれる人が現れるっていうのもあるんだろうな。



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