五百五十七 大希編 「愛していればこそ」
七日。日曜日。今日は久しぶりに千早ちゃんたちが来てお昼を作ることになる。昨日の会合では星谷さんもまあまあ落ち着いてたから、今日は普通にしてられるんじゃないかな。
「沙奈~、来たよ~!」
いつものように千早ちゃんは部屋に上がるなり沙奈子に抱き付いて、ほっぺたを擦り付けてた。すっかり当たり前の光景だ。
そんな千早ちゃんを、星谷さんと大希くんが穏やかに笑いながら見てる。彼が隣にいても星谷さんの表情が崩れてないからやっぱり大丈夫そうだな。
改めて言うのもなんだけど、大希くんは小柄な男の子だと思う。身長はまだ130もないらしい。確か130半ばくらいの沙奈子よりもかなり小さく見える。まだ誕生日を迎えたばかりでやっと11歳になったところだっていうのを差し引いても、平均身長よりは間違いなく低い。
実は、この前のクリスマスパーティーの前に、大希くんの誕生日パーティーが行われてたんだって。大希くんの誕生日が12月24日でクリスマスパーティーと重なってしまうから、わざとそれとは別に朝からお祝いをして、その後でまたクリスマスパーティーをしたそうだった。
僕たちもクリスマスパーティーの中で大希くんに『誕生日おめでとう』とは言わせてもらってた。でも彼自身は、波多野さんや田上さんが色々と大変そうなのを知ってて、『僕のお祝いは別にいいよ』とまで言ってたらしい。だから敢えて、大希くん自身の意向も酌んで、派手にはやらなかったんだって。簡単にプレゼントだけ手渡して、『おめでとう』って。その分、波多野さんと田上さんを励ます意味もあって、クリスマスパーティーは盛大にしたってことだった。
それは、とても11歳の男の子がする気遣いとは思えなかった。
ただ、そういうのも結局、彼にそれだけの精神的な余裕があるからなんだろうなっていうのは感じた。普段から自分が大切にされてること、満たされてることを実感してるから、誕生日とかだからって特別なことをする必要がないってことなのかもしれない。だって、普段からもう特別な存在として接してもらえてるんだから。
でも、星谷さんは少し不満だったそうだけど。もっとちゃんと、彼のためのパーティーをしてあげたかったって。けれど、
『彼の気持ちも蔑ろにはできませんから……』
ということで、渋々従ったそうだった。その代わりに、『次の誕生日パーティーこそは盛大に…!』とも言ってたそうだけど。
あと、これはイチコさんと山仁さんからの要望で、
『あまり高価なプレゼントは避けてほしい』
って。
それと言うのも、10歳の誕生日の時には高性能ノートパソコンがプレゼントされて、イチコさんと山仁さんが肝を冷やしたんだとか。
星谷さんにしてみればそんなに大したことでもなかったみたいでも、確かに何十万もするものだったそうで、それはさすがに普通の人は驚くと思う。それで今年は新しいゲーム機だったって。金額としては十分の一以下だそうだけど、それでもイチコさんも山仁さんも苦笑いだったみたいだ。感覚の違いってものなんだろうな。
だいたい、星谷さんの正直な気持ちとしては、許されるのなら、大希くんと二人だけの家に住んで、彼の為に勉強も日常生活も何もかも見てあげたいっていうのがあるみたい。
さすがにそれは山仁さんに断られたそうだ。まあ、当然かな。今の彼女の勢いだと、上げ膳据え膳で彼に何もさせないで囲い込んでしまう感じにもなりかねない懸念はあるからね。星谷さん自身もそうならないようにって自制はしてるつもりでも、二人きりになってしまうと他の人の目がなくなってしまって、ストッパーとかリミッターがいない状態になりそうだし。
人間って、自分の行動は無意識のうちに正当化してしまう傾向があるみたいだよね。他人目線で見るとおかしなことをしていても、本人は『自分は正しいことをしてる』『これでいい、こうしなくちゃいけない』って思い込んでしまうことが多いみたいだ。
ネットとかで誹謗中傷や罵詈雑言を発信するのだって、そういうことじゃないかな。他人がやってるのを見ると『みっともないことしてる』って思えても、いざ自分がやり始めると『当然ことをしてるだけ』って思うから、誰かにそれを批判されると逆ギレするんだろう。田上さんの弟さんみたいに。
そういう意味でも、一人で生きるとかいうのはリスクもあるんだろうな。自分を客観的に見てくれる人がいないというのは、実は危険なことなのかもしれない。
沙奈子や千早ちゃんと一緒にハンバーグを作ってる大希くんを見詰めながら星谷さんが言った。
「正直申し上げて私は、彼のことが欲しくて欲しくてたまらなくなることがあるんです。もう、年齢とか、自分が高校生だとか、彼が小学生だとか、そんなことどうでもいい、彼が欲しい、一つになりたい!、って。
こんなこと、山下さんにお話ししても迷惑なだけかもしれませんが、私がそういう欲求、いえ、欲望を抱えていることを他の方に知っておいてもらって、道を踏み外しそうになったら止めていただきたいんです。でないと、私、いつか彼を傷付けてしまうかもしれない……。
『愛があれば何でも許される』とおっしゃる方がいらっしゃいますが、私はそうは思いません。愛していればこそ、正当な手順を踏む必要があると思うんです。私がまだ高校生で、彼が小学生でというのもその一つでしょう。
彼が、お父さんの許しさえあれば結婚できるようになるまであと七年。私はそれまで待たなければいけないと、自分に言い聞かせています。
だってそうですよね?。人生にはいろいろなことがあります。目の前の状況に耐えなければいけない時期もあるでしょう。それも何年も。彼が正式に結婚が可能になる年齢までの七年さえ待てないようなら、そういう状況になった時にも待つことも耐えることもできずに、破綻してしまうかもしれない。
未成年との性行が原則禁じられているのは、そういった意味も含まれているのではないかと私は解釈しています。性的に搾取するのはもちろん駄目ですし、たとえ本気で愛しているのだとしても、正式に婚姻関係を結べる状態になるまで自制できるようでなければ、そもそもそれから先の長い長い時間を一緒に居続けるなんて難しいことだと私は思うのです。
『結婚して変わった』とか『こんな人だとは思わなかった』とか、結婚してから思うこともあるでしょう。そういうことも乗り越えて行けるだけの自制心があるのかどうかを試されているのではないでしょうか。
『愛さえあれば』と言うのなら、『愛していればこそ、それが許されるようになるまで待つ』ことだってできるんじゃないでしょうか?。
『愛しているから』で、その時の状況も省みず軽々しく結ばれようとするのは、私は違うと思うのです」




