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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百五十四 大希編 「一泊二日」

三日。今日はあの旅館に女将さんの招待で泊まりに行く。前にも言ったけど、僕たちが星谷ひかりたにさんに旅館を紹介したお礼だった。こうやってお礼ができるほど、旅館の経営が上向いたということなんだろう。


ぜんぜんそんなつもりなかったけど、結果として助けになったのならそれは嬉しい。それにここはとてもゆっくりできる貴重な場所だし。しかも明日までなんて。


「それは良かったですね。寛いできてください」


星谷さんに話すとそう言ってもらえた。彼女にとってもこの旅館はとても貴重な場所だからね。大希ひろきくんと特に近付けるという意味で。


お昼の前にさっそくお風呂に入ると、ここで星谷さんが大希くんに抱き付かれて鼻血を吹いたのかと思うと、何だか頬が緩んでしまった。


すると、そんな僕の表情に気付いたのか、玲那が「にひひひ」って感じの悪そうな顔で笑ってた。また何か誤解してるな?。


しかし、大希くんも女の子に囲まれてこのお風呂に入ってるけど、考えてみると僕も、沙奈子と絵里奈と玲那と一緒に入ってるんだよな。全く意識せず当たり前みたいに入ってた。


実際、沙奈子とは毎日だし絵里奈のことも見慣れたし玲那のことも今では『娘』としか認識してないし、正直、今さら意識するようなものでもなかった。もしかしたら沙奈子が大きくなってもこんな感じで一緒にお風呂に入ったりするのかなと思ったりもする。


まあ、男性と交際でも始めたりすればさすがにそういうのもなくなるかもしれないけどね。いや、なくなった方がいい気もする。


こうして家族と単に仲良くお風呂に入ってるくらいのことをいちいち気にするような男性とは付き合わなくていいと思う。それは沙奈子や玲那のことを信じてないってことだから。沙奈子や玲那の本質が見えてないってことだから。


つくづく、自分の思い通りにならないからってイライラして機嫌を損ねたりキレる人間とは関わりたくないなって思う。館雀かんざくさんを見て改めて実感した。そういう人とは積極的に距離を取りたい。


自分のことはありのままに受け入れてほしいと思ってるのに、他人のことはありのままに受け入れられないなんて、我儘の極致だと思う。自分の内面を見てもらいたいと言いながら、他人の内面は見ないなんておかしいんじゃないかな。


沙奈子や玲那と付き合う男性には、そんなのであってほしくない。


もちろんこれも僕の勝手な要望だけど、たぶん、沙奈子や玲那はそもそもそういう相手は選ばないと思う。そういう相手に散々苦しめられてきたから。


お風呂を満喫してる二人を見ながら、僕はそんなことを考えてた。


その一方で、玲那のような魅力的な女性の一糸まとわぬ姿を見ててもまるで平然としてられる僕もおかしいんだろうなっていうのは、改めて思う。血も繋がらない、ずっと一緒に暮らしてきたわけでもない彼女を『娘』だと当たり前みたいに認識できる僕も相当おかしいんじゃないかな。


絵里奈のことはちゃんと女性として意識できるようになったんだからその辺りも普通になってきたのかと思ってたけど、どうやら僕の人間不信はまだまだ根深いようだ。そういう形で相手を見ることに対して無意識にブレーキがかかってるんだろうな。


もちろん、沙奈子や玲那のことは信じてるし今では何も不安は感じてない。でも、そういう目で見てしまうこと自体を、僕はきっと心のどこかで怖がってるんだ。だから無意識に蓋をしてしまう。ここまで来てもこの状態ってことは、これはたぶん、一生治らないと思った方が良さそうだ。


でも、それでいい。それで何も困らない。他の女性にそういう感情を抱いてしまわないのなら何よりだ。いつまでも絵里奈だけを特別に見られるってことだからね。


僕が人間不信を極めた結果がこれだとしたら、本当に皮肉だな。


なんてことを延々と考えていても大丈夫っていうのも、そういう人以外は僕の傍に残らないようにしてきたからかもしれない。僕のことを僕のままで受け入れてくれる人以外は去ってくれたらいいって。


そしてそれは、絵里奈も玲那も同じだと思うし、今は沙奈子もそんな感じなんだろうな。


人間が信じられず、変に執着しないからこそできたことだっていう風にも感じる。『去る者は追わず』ってことかな。『来る者』については、そもそもあんまり近付いてこないけどね。


自分のことを好きでもない、必要ともしてない相手に執着するのは苦しいよ。僕のことを必要ともしてなかった両親のことを僕も見限ってたからこそまだ正気を保っていられた気もしてる。そこでもし、両親に縋ってたりしたら、自分を見てくれない彼らのことをより一層憎んでしまってた気もするし。ある意味では、今の程度で済んでるのが幸いなんじゃないかな。


僕は、他人のことなんて恨みたくない。憎みたくない。沙奈子を苦しめて傷付けた兄やその交際女性のことも、玲那にお客を取らせた彼女の両親や、彼女を玩具にした客や、事件を起こしてしまった玲那を罵った連中全員を探し出して半殺しにしてやりたいっていう気持ちがあるのは事実でも、それに囚われるのは嫌だ。絵里奈の夫で、沙奈子と玲那の父親である僕がそんな人間であることが嫌だ。


そうやって一人一人探し出して半殺しにしていくなんてことをするような人間になりたくない。だいたい、そんなことをしていたら何百人、何千人、何万人を半殺しにしていかなきゃいけないのか、分からない。人生のすべてをそれに費やすことになる。意味不明だよ、そんな生き方。


だから僕は、他人が自分の思い通りになってくれないことにいちいち腹を立てるような人とは関わりたくないんだ。そういう人が僕から離れていくのも去っていくのも、むしろ嬉しい。


自分がまともじゃないとか普通じゃないとか、そんなことは分かってる。だけど僕は自分から積極的に他人を傷付けに行く気はない。それでいいじゃないか。そして、沙奈子も絵里奈も玲那もそんなことしない。


僕たちの考え方や生き方を否定したいのなら勝手にしててくれていい。いいから関わらないでほしい。僕たちの方からもわざと関わるつもりはないから。


こうやってのんびりと穏やかにしてられればいい。それ以外には望まない。


四人でお風呂に入ってご飯を食べて部屋でゴロゴロして寛いでお風呂に入って食事して寛いで。今はそうしていられればいい。


……って思ってたけど…。


「暇だ……」


玲那がそう言葉にすると、


「暇だね…」


「暇ですね…」


と、僕と絵里奈もついそう応えてしまった。何もする必要がなくてただのんびりしてればいいとなると、今度は手持ち無沙汰になる。


僕たちはつくづく貧乏性なんだなあ。


なんて、そうなるんじゃないかと思って、沙奈子のために裁縫セットと材料は持ってきてたのだった。


そして結局、沙奈子と絵里奈は、手軽に作れる小さい人形の服を手際よく作り始めたんだよね。



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