五百五十一 大希編 「大晦日」
『生んでくれなんて誰も頼んでない!』
かつてそんなことを両親に対して感じてたことを思い出した僕は、だけど今では自分が生まれてきたことを感謝しているのも事実だった。生まれてきたからこそ、沙奈子や絵里奈や玲那やみんなに出会えたんだから。
でも、それと同時に、結果さえ良ければ親が子供にしたことを何もかも水に流して良いっていうのも違うんじゃないかって思う。そんなのはただの『加害者側の理屈だ』って思うんだ。
沙奈子や玲那の両親がしたことを、『沙奈子や玲那をこの世に生んでくれた』ってことだけで帳消しになんてできないよ。
もし、二人が自分でそう考えて両親を許すっていうのなら、それは二人の決めたことだから口出しはしないようにしたいとは思ってる。だけど、被害者である沙奈子と玲那に『だから両親をことを許せ』って強要するのも違うとしか思わない。
僕が両親にされたことなんて二人に比べればぜんぜん大したことじゃなかった。それでもいまだに許せないんだから、それよりもっとずっと酷いことをされてきた人にそんなことはとても言えない。
波多野さんや田上さんだって、千早ちゃんだって同じだと思う。本人が許してもいいと思うことがあるとしても、他人がそれを押し付けるのはおかしいよ。
山仁さんは、イチコさんや大希くんをこの大変な世の中に生み出してしまったことを申し訳ないと思うからこそ、イチコさんと大希くんを大切にしたいとも思ってるんだろうな。
僕も、いずれは絵里奈との間に子供が生まれるかもしれない。その時、この大変な世の中に生み出してしまうことの責任を忘れたくないと思った。それを忘れるから、『育ててやってる』なんてことを子供に向かって平気で言えるようになるんだろうなって気がした。
そうだよ。親には、<子供を生んだ責任>があるんだ。子供を育てるのは、その責任を果たしてるだけでしかない。それを『恩』として子供に押し付けるのは、僕は決して納得できない。そんなことを言われたから余計に、あの両親の『粗』が目立ってしまったんだ。
『お前らみたいないい加減な奴が、親面して偉そうにするな!!』
って心の深いところで思ってしまったんだ。僕は、両親がした失敗を繰り返したくはない。僕の勝手な気持ちや都合で生み出してしまった自分の子供に『育ててやった』と恩を押し付けることはしたくないと改めて思った。
そう考えれば、子供に『生んでくれと頼んだ覚えはない!』って反発される理由もなくなるんじゃないかな。だって、確かに子供の方から頼んだんじゃないんだから。
しかも、親が子供に対して責任を負うということが当然だっていうのも分かる気もするし。
そして、親が、自分のそういう責任を負ってみせることが、『責任を負う』ということの意味を子供に対して教える一番の方法になるんじゃないかな。
山仁さんの話を聞いた瞬間、そんなことが僕の頭の中をよぎった。
だけどその上で、もし、子供の側から恩義を感じてもらえるのなら、それは親としてやったことが子供にとって嬉しいことだったんだろうなって認めてもらえたと実感できるのかもしれない。
そうだよ。『恩義を感じろ』とか、親の側からいうことじゃない。そういうのは、恩を受けた方がそんな風に感じられるかどうかだと思うんだ。でなきゃ、どんないい加減な親だって、親だというだけで加害行為を帳消しにしてもらえることになってしまう。そんなのおかしい。沙奈子や玲那の両親のしたことが許されるなんて、僕は納得できない。
なんて、大晦日の宵の口に考えることじゃないかもしれないけど、でも、大事なことだと思う。
「それではいろいろありましたが、みなさん、良いお年を」
星谷さんの締めの言葉でお開きになって、僕は沙奈子を連れてアパートに帰ることにした。星谷さんも千早ちゃんを家に送り届けるために下りてくる。でも田上さんは、今日はこのまま泊まっていくそうだった。正直、あの家で新年を迎えたくないというのがあるらしい。その気持ちは、僕にも実感がありすぎる。当時の僕にはこういう場所がなかったから、自分の部屋に閉じこもったまま両親と顔を合わせないようにしてたけど。
「またね~」
朗らかに笑う大希くんに見送られて外に出て、
「良いお年を」
「良いお年を」
「良いお年を~」
「良いお年を」
僕と沙奈子と千早ちゃんと星谷さんとでそれぞれ挨拶を交わして、別れた。いよいよ今年も終わりなんだなと感じられた。だけど、僕たちは敢えて普段と変わらないようにしようと思う。
部屋に戻ってファンヒーターとコタツを付けて、お風呂を沸かし始めて、ビデオ通話を繋いだ。
「お疲れ様でした」
「オツカレ~」
絵里奈と玲那がそう言って迎えてくれるとホッとする。
それから沙奈子と一緒に夕食作りを始める。と言っても、やっぱりほとんど沙奈子がやってくれるのを手伝うだけなんだけどね。絵里奈に比べればまだまだなのかもしれなくても、もう十分、手際よく作業ができるようになってると思う。危なっかしく感じるところも、僕が見る限りではない気がする。
小学5年生でここまでできるのはすごいと思いつつ、それはそうするしかなかったっていうことでもあるから、決して自慢できることじゃない。周りの大人が当てにできなかったからっていうのもあるからね。
それでも、生きる力が身についてきてるのも事実だと思う。それについては素直に立派なことだって気もする。
夕食を終えてお風呂に入って、沙奈子はドレス作りを再開する。するとそこに、鷲崎さんがビデオ通話に参加してきた。
「こんばんは。ご家族の団欒のところにすいません」
と恐縮する彼女に、
「いいよ~。鷲崎さんなら大歓迎だよ~。お父さんの元カノだし~」
って玲那が。
「あう~、お恥ずかしいですぅ~」
と鷲崎さんがますます恐縮するから、僕は、
「こら、鷲崎さんが困ってるだろ」
なんて、いかにも子供を諭す父親みたいなことを言ってしまった。言ってからちょっと気恥ずかしくなる。
そんなこともありつつも夜は更けていって、でも大晦日だからって変に夜更かししたりせずにいつも通りの時間には寝ることにした。別に、見たい番組とかがあるわけじゃないからね。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
ビデオ通話を終了させて、灯りを消して、僕と沙奈子は一緒に布団にもぐりこんだ。今でも念のために寝る時にはおむつを穿いてもらっているけど、おねしょはすっかり止まってる。それが、おねしょが治ったということなのか、それともいろいろあったことで『幸せすぎる』状態じゃなくなってるからなのかは分からない。ただ、それがどちらにしても僕は受け入れるだけだと自分に言い聞かせる。
布団に横になって、沙奈子を見詰めた。
「今年一年、いろいろあったけど、僕の傍にいてくれてありがとう。愛してるよ、沙奈子……」
そんな僕の言葉に、彼女も少し恥ずかしそうにもじもじしながら応えてくれた。
「私も、お父さんのこと、大好き……」




