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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百五十 大希編 「誰も頼んでない」

洋裁専門店での買い物を終えて荷物を抱えて家に帰ると、沙奈子はさっそく、ドレス作りに取り掛かっていた。すごくやる気になってるみたいだ。


決して沙奈子を働かせようと思ってるわけじゃないけど、本人がやる気になっているのを無理に抑え付けるのも違う気がするし。


沙奈子の名義の口座には、どんどんとお金が貯まっていってるらしい。小学5年生の子のだって言ったら普通に驚かれるくらいには貯まってるって。


それでも、この子自身はお金にはそんなに興味が無いみたいだった。僕があげてるお小遣いもほとんど使わずにクローゼットの引き出しに仕舞って増え続けてるみたいだし。


今のこの子にとっては、こうして幸せに暮らせることがなにより楽しくて嬉しくて面白くて、それ以外に興味があるものと言えば人形とかパズルとかだけだって。


だけどそれは、沙奈子の辛い経験が理由なんだと考えれば、少しも喜べることじゃないのかもしれない。大人に虐げられて苦しめられて、子供らしい遊びとか楽しいこととかどころか、どうすれば少しでも苦痛から逃れられるか、和らげることができるかっていうのばかりを考えてきた結果なんだろうから。


今までが酷すぎて、普通に何気なく毎日の中でやってることが遊びと同じくらいにこの子にとっては楽しいんだっていうことなんだろうな。


そんなの、何の自慢にもならないよ。


だからいずれは、もっと、子供らしい遊びとか楽しみ方とかも覚えていってもらえたらなとも思うんだけど、今はとにかく、ドレス作りが楽しくて仕方ないみたいだ。自分のやったことがそのまま形になって、しかもそれを誰かが買って喜んでくれるっていうことの楽しさや嬉しさを知ってしまったってことらしい。


すごいな。すごいけど、切ない。もっと子供らしく、玩具おもちゃが欲しいとかお菓子を食べたいとか、そういう風な楽しみ方ができなかったから知らないっていうことでもあるんだ。立派なことができる『小さな大人』だなんて、やっぱり歪だよ。


それでも、そんな沙奈子とでも普通に接することができるんだから、大希ひろきくんもすごいんだな。いかにも子供らしい遊び方ができないこの子とでも自然に接することができるっていうのが不思議だ。


夕方、今日は少し早めに山仁さんのところに行く。今年最後の会合だ。するとやっぱり大希くんと千早ちはやちゃんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい!」


昨日は、星谷ひかりたにさんが大希くんのことでメロメロだったりしてそのことでヤキモチも妬いてしまってたみたいでも、今日はもう、いつも通りに仲良しな二人に戻ってた。それは結局、大希くんだからっていう気もする。


彼がそういう接し方をしてくれるんだろうな。


二階に上がると、さすがにある程度は冷静さを取り戻したらしい星谷さんが仕切って会合が始まった。


「今年もそれで最期ではありますが、こうして全員揃ってこの日を迎えられたことは本当に幸いだと思います。


今年も本当にいろいろなことがありました。しかし、人の世というものは、いえ、生きるということそのものが波乱に満ちているものなのだと思います。その中で生きていくのは辛く苦しいことも数限りなくあるでしょう。ですが、同時に喜びもあるのだと私は思います。


私は、皆さんに出逢えて本当に良かった。それは強く感じます」


そんな星谷さんに続いて波多野さんが口を開く。


「うちのバカ兄貴がしでかしたことは許されないし私も許したくないけど、みんなが力になってくれてるのを改めて実感できたのは、心底嬉しいよ。あのバカ兄貴がこういうのを理解できないってのが可哀想に思えるくらいにはさ」


田上さんも続く。


「それを言うなら私だってみんながいなきゃ今頃どうなってたか分からないよ。お母さんが自分のことを棚に上げてヤイヤイ言ってきた時なんか、自分の部屋でカッターナイフ握り締めたことだって一度や二度じゃないもん。あの人がああやってこれからも私の人生に口出ししてくるのかと思ったら地獄だって感じる。


でもさ、辛いのは私だけじゃないんだよね。カナや玲那さんはもちろんだし、イチコもピカも小父さんも絵里奈さんも山下さんもヒロ坊も千早も、みんなみんないろんな辛いことを抱えてるし乗り越えてきたんだよね……。


それに、あの人だって、考えてみたら可哀想だと思うんだ。お祖父ちゃんお祖母ちゃんは私には甘いけど、お母さんへの態度とか見てたら、お母さんがあんな風に育ったのも当たり前かなって気がする。だから私も、こうやってみんなと知り合ってなかったらきっとお母さんと同じような大人になってたと思うんだ」


困ったような笑顔を浮かべながら言った彼女に、イチコさんが応える。


「フミの言うことはもっともだと思う。だけど忘れないでほしいんだ。『自分よりも辛い経験をした人がいるんだから自分は我慢しなきゃいけない』って思いすぎるのも危ないって。


辛い時は辛いって言っていいし、甘えたっていいんだよ。私にできることなんて大してないけど、解決はできないけど、話くらいは聞くからさ」


そこについ、僕も口を挟んでしまった。


「そうですよ。田上さんももちろんですが、僕の家族はみなさんのおかげで今があるんです。だったら田上さんだってそうであってほしいと僕は思います」


すると絵里奈も続いてくれた。


「私もいたるさんと同じ気持ちです。私たちだけじゃ、玲那を支えきれなかったってすごく思うんです。本当に皆さんのおかげです。ありがとうございます……!」


そう言って深々と頭を下げた絵里奈に、波多野さんと田上さんが慌てて顔と手を振ってた。


「いえいえいえいえ!、私たちの方こそご迷惑かけっぱなしで……!」


そんな二人を、イチコさんと星谷さんが見てた。すごく優しい目だと思った。


山仁やまひとさんが言う。


「人間は、生きているだけで誰かに迷惑を掛けるものだと思います。誰にも迷惑を掛けずに生きていくことはできないのです。だからこそ私は、自分が誰かに迷惑を掛けて生きてることを忘れないでいたいと思っています。


親とて、子供に迷惑を掛けているのです。なにしろ、自分の勝手で子供をこの世界に送り出してしまったのですから。それ自体が大きな迷惑だと思うからこそ、私はそのお詫びのために子供たちを大切にしたいと思うのです。


誰かに迷惑を掛けられることを毛嫌いする人は、自分が迷惑を掛けていることを見て見ぬふりをしてるのでしょう。


自分が迷惑を掛けていることを認められる人間でありたいと、私は思っています」


『自分の勝手で子供をこの世界に送り出してしまった』か……。


それはすごく分かる気がする。あんな両親の下に生まれついてしまったことを、僕は心底苦痛に感じてた。


『生んでくれなんて誰も頼んでない!』と思ってた時期があったのも思い出してしまったのだった。



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