五百四十九 大希編 「友情と進化」
『みなさんの笑顔の中で、彼が幸せそうに笑っていてくれるのが、私の一番の幸せなのです』
そういうことを平然と言えるくらい、星谷さんは大希くんに夢中だった。
そんな星谷さんは本当に可愛いと僕も思う。
ただ、学校とかでの彼女の評価は、いまだに『お高くとまったイヤミな女』っていうのが一般的らしい。学校側からは評価も高いらしいけど、それはあくまで彼女の能力に対する評価だろうからね。
学校では基本的に可愛い面は見せないようにしてるって言うか、見せる機会がないみたいだ。そもそも星谷さん自身がその必要性も感じてないらしい。彼女にとって学校はあくまで勉強をしに行くところだし与えられたカリキュラムをこなすことが最優先だそうで、そこでの評価はカリキュラムをこなしたことに対してされればいいとしか思ってないって。
ものすごい割り切りだなあ。つまりそれって、イチコさん波多野さん田上さん以外は友達も要らないってことだよね。
でも、それも分かる気がする。僕も、会社にはとにかく仕事をしに行ってるだけで、それ以外は一切求めてないから。絵里奈と玲那に出会えたのだって望外の幸運だし、それと同じようなことなのかな。そう考えると、ちょっと似た部分もあるのか。って、それはさすがに思い上がりすぎかも。
なんて、星谷さんがまったく進行ができなかったことで、彼女の赤面芸と玲那の大爆笑をみんなで楽しんだだけで終わってしまった。
帰り際、大希くんに「またね」って言われると、「ひゃい!」って感じで、どこから出たのかよく分からない声で返事してたし。
そんな星谷さんの姿を、田上さんも何だか嬉しそうに見てた気がする。彼女にたくさん助けてもらって、だからこそ彼女がこうして大希くんの前で幸せそうにしてるのを見るのが嬉しいんだろうな。
「ピカ、私は応援してるよ」
そんな風に声を掛けたりもしてたし。
だけど、その一方で、千早ちゃんは「む~っ!」ってほっぺたを膨らませたりしてた。大好きな星谷さんが大希くんの前でメロメロのポンコツになるのがちょっと悔しいらしい。
「ヒロばっかりズルい!」
とかも言ってたり。でもそれさえ、本気で嫉妬してるとか羨んでるとかそういうのじゃないみたいだ。星谷さんが大希くんのことを本気で好きなのを分かった上で、もうちょっと自分にも気持ちを向けてほしいっていう可愛らしいヤキモチみたいだった。
大希くんと千早ちゃんの関係も、言いたいことを素直に言える、同性の友達みたいな感じになってきてるのかな。もしくは姉弟か。不思議だけどなんだか『二人らしいな』って気がしてしまう。あったかくて、すごくいい。
そう思うと、ふと、よく議論される『男女の友情は成立するか?』っていうものの考え方の一つが頭によぎってしまった。
いくらお互い異性でも、姉弟とかの場合だと仲が良くても恋愛になんか発展しない場合が多いよね。って。
もしかしたら恋愛感情を抱いてしまう事例もあったりするかも知れないけど、そんなのはむしろ一部の例外的なものじゃないかな。普通は、お互いに異性ということさえロクに意識しないくらい相手のことをそのままで認めてるんじゃないかな。
大希くんと千早ちゃんは、もうほとんど姉弟のような関係になってる気がする。これから先にもしかしたらまたそういうのも変化していく可能性はあるかもしれなくても、もし、このままの感じで行くなら恋愛感情は芽生えないまま、でもすごく仲のいい関係ってことにもなりそうだ。
それ自体が、ごくごく限られた条件下でしか成立しない特殊で例外的な事例なのかもしれない。いや、たぶん、その通りなんだと思う。だけど、例外っていうのはどんなことでもあることだろうから、『男女の友情が成立する例外的な事例』がこの二人になる可能性もあるのかな。
なんて思ったりしたのだった。
日曜日。いよいよ大晦日だ。今年も残すところあと一日。
昨日、絵里奈が言ってた通り、洋裁専門店で年末セールがあるということで、四人でお店の前まで来てた。絵里奈と沙奈子は、昨夜も二人で必要なものを確認し合ってて、それを買い込むために意気込んでるのが目に見えるようだった。沙奈子も、静かに興奮してるのが分かる。
『いってらっしゃ~い』
僕と玲那にはついて行けない話なので、後は二人に任せるとして、近くの喫茶店で待つことにした。
『すごい気合だったね』
と、玲那からのメッセージ。それについては同意しかない。
「ホントだね。いよいよ本業として成立させるためにエンジン全開ってことなのかな」
僕の言葉に、玲那が苦笑いを浮かべる。
『確かに、単純な金額だけで言うとすごいんだけどさ。お父さんも分かってると思うけど、私たち三人での稼ぎなわけで、そう考えるとまだまだ厳しいなっていうのが本音かな』
やっぱり、玲那もその辺は分かってたのか。
フリマサイトでの売り上げだけで九十万以上となれば、普通は驚かれるくらいだと思う。だけど冷静に商売として見ると実はまだまだな数字なんだよねって改めて実感する。
いずれ沙奈子がもっと本腰を入れて品物を作るようになってくればその分がさらに売り上げとして増えてくるのかもしれないけど、せめて今の目標の更に倍以上の売り上げがないと、まともに『仕事』とは言い難いかもしれないなあ。
軽く考えてたつもりはないにしても、どこか楽観的に見てた気もするかも。気を引き締めていかないとね。
僕と玲那が顔を突き合わせてそんな話をしてるところに、沙奈子と絵里奈がそれぞれ両手に荷物を抱えて喫茶店に入ってきた。これはまた、大荷物だな。
「かなり安く仕入れられましたから、気合入れていきますよ!」
って絵里奈が。それにつられてか、沙奈子もフンスフンスと鼻息が荒い。でも、楽しそうだ。
実際、沙奈子にとっても、自分の腕が上がってきてる実感があるみたいで、毎日の作業もすごい集中力を見せてた。しかも楽しそうにやってるんだ。ドレスを作る時間そのものはそれほど早くなってない気はするけど、仕上がりの出来が少し前までとはまったく違ってるらしい。以前のは、それだけを見れば十分な出来にも見えても、今のと比べると見劣りするっていうのも事実なんだって。
こうして日々進化してるんだな。
だけどそれも当然か。仕事にしていこうと本気で思うのなら、それに見合った品質を確保していかないといけないもんね。いい加減なものを作ってたらすぐに見放されてしまう。作り手が小学生か大人かなんて、買い手側にしてみれば関係ない。手にした品物の出来がすべてなんだ。改めて『商売』のシビアさも感じさせられた。
まあ、仕事ならそれが当たり前なんだろうけどさ。




