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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百四十七 大希編 「テヘペロ♡」

火曜日から金曜日までは、これといって特に何もなかった。月曜日からは冬休みに入ってて沙奈子は朝から山仁さんのところで過ごしてるけど、もうすっかりそれが当たり前になってて、逆に沙奈子も山仁さんのところの掃除とか手伝ったりしてるらしい。大希ひろきくんとか、波多野さんとか、千早ちゃんとか、星谷ひかりたにさんも一緒になってみんなで。


実はイチコさんはそういうのが苦手だからあまり手伝ったりしないとも言ってた。『だって~、メンドクサイし~』なんだって。でもまあ、ある意味ではらしくていいんじゃないかな。それにそういうところまで完璧じゃないっていうのが人間らしくていいよ。波多野さんが手伝うのはお世話になってるからだし、星谷さんが手伝うのは大希くんのためだし、それぞれちゃんと理由があってやってるのがいい。


何となく良い子ぶってるっていうのじゃないのがいいんだ。


そうやって毎日が過ぎて、僕の会社も仕事納めってなって、絵里奈も今日が年内最終の勤務で、いよいよ年の瀬って感じもしつつも、だからって特別なこともない。


会合を終えて沙奈子と一緒にアパートに戻る。ドアにかけられた、去年のクリスマスに玲那からのプレゼントとして贈られた手作りのネームプレートは、少し日に灼けたりして変色してるけど、今でもちゃんとここにある。


いたる、えりな、れいな、さなこ。


四人の名前もそのままだ。しかも、もし家族が増えてもそこに足していけるように、ある程度のスペースも空けてある。いつかそこにも名前を増やしたいなと、それを見る度に思ったりもした。


そういえば、絵里奈との『最初のデート?』からも一年経ったんだな。思えばよくあれで子供ができなかったもんだって気もする。もしできてたとしてもその時はその時で受け入れてたにしても、その後のいろいろを考えると、負担はさらに大きくなってたかもしれない。しっかりと構ってあげられなかっただろうし、それで言えば運が良かったんだろうな。


ただ、同時に思い出されたこともある。英田あいださんのことだ。英田さんの家で塩素ガスが発生したっていう事故。あれからも一年になるんだな。奥さんの意識が戻ったらしいっていう以降はまったく続報がなくてどうなったのかまったく分からないのが苦しい。亡くなったとかだったらむしろ続報が入りそうだからきっと回復したんだろうなって思ったりもするものの、やっぱりはっきりしたことが分からないとモヤモヤするな……。


それと……。


年が明ければ、一月の半ばになれば、今度はあの事件…、玲那の事件からも一年が経つってことになるんだ……。


思えば、よく持ち堪えられたものだと思う。みんな、心が壊れて家族がバラバラになってもおかしくない出来事だったはずなのに、逆に家族としての結びつきが強くなった気もする。


でもそれは、山仁さんや星谷さんたちの支えがあってこそだっていう実感しかない。それがなかったらもう僕たちはここにこうしていなかったかもしれない。本当に、本当に、感謝しかないよ。


部屋に戻ってビデオ通話をONにすると、


「本年もお疲れ様でした~」


と、玲那が笑顔で声を掛けてきた。


「お疲れ様でした」


絵里奈も続く。僕ももちろん、


「二人もお疲れ様でした」


と返した。でも玲那は、


「私はまだ仕事あるけどね~」


だって。フリマサイトに出品した品物の発送作業とかは、明日までするらしい。それからは、新年の四日までは休むとは言ってたけど。『新年四日まで発送はお休みします』と告知もしてるそうだし。


「いや~、それにしても売り上げを計算したら大変なことになってたよ。大台には届かなかったけど、いい線まで行ってたし」


『大台』っていうのは、百万円ってことらしい。そして売り上げは概算で九十万円を超えてたって。これはちゃんと確定申告しないとヤバいヤツだね。それにしても、まさか手作りの人形の服を売るだけでこれって、本当に驚きだ。絵里奈の作る品物が、固定の常連さんが付くくらいのものだっていうのはもちろん、でも売り上げの一割ほどは沙奈子の作った品物のそれだって言うし。


絵里奈が嬉しそうに笑う。


「沙奈子ちゃんの品物はとても評判がいいんです。手作り感がありつつ丁寧に作られててあったかい感じがするって言ってもらえてます」


だって。


そうなんだ。今は家に帰ってきてからとか休みの日とかにやってるだけだから数もそんなに作れないけど、もっと本格的に作れれば、さらに品質を上げていければ、これは本当にひょっとすればひょっとするかもね。


もし、沙奈子のそれがちゃんと仕事として成立するなら、就職とかで心配する必要もなくなるんじゃないかな。小学校の時点でこれって、僕が小学生だった頃には想像もつかないことだった。早く家を出たいとはその頃から思ってた気はするけど、実際に自分が仕事をするとかなんてぜんぜんピンときてなかった気もする。それから思うともう仕事にすることに向けて具体的に考えた方がいいのかもしれない。


これはまた、星谷さんに相談しないといけないかな。


いろいろあったけど、辛いことも苦しいこともあったけど、明るいことだってしっかりとあるんだっていうのが実感できたのだった。




土曜日。今日からは僕も冬休みだし、沙奈子はもう冬休みの宿題を終えてるし、ゆっくりできるな。


人形のギャラリーが年内最後の開館日だということで、行くことになった。すっかり慣れて、あの旅館を除けば多分一番寛げる場所だし。


ギャラリーで合流して、いつもの通り、沙奈子と絵里奈は人形のところへ、僕と玲那は喫茶スペースで二人を待つことになった。


『いや~、今年も残すところ今日を含めて二日ですか。いろいろありましたな~』


という玲那からのメッセージには、正直、苦笑いしか浮かんでこない。


「いろいろどころじゃなかったけどね」


僕がそう応えると、


『いや、面目次第もございません』


と、先日の波多野さんと同じように平伏して謝ってきた。僕も、


「まったくだよ。勘弁してほしいよ」


って敢えて明るい感じで言った。すると玲那は、『テヘペロ♡』ってメッセージを送りつつ舌を出して頭を掻いてた。


でも、そうやって茶化すことができるなら大丈夫だっていう気もする。


もちろん、フラッシュバックなのか何なのか本当にヤバい感じで体が震えてきたリっていうこともたまにあるけど、それは実際にあったことを思えば当然だろうから、逆に気にしすぎない方がいいのかもしれない。そういう時はただ、落ち着くのを待てばいいのかも。


『ここで、来年こそは、とか言ったらフラグっぽくなるから言わないでおこう』


なんてメッセージも、明るい表情で送れるくらいだから今日のところは大丈夫なんだって僕はホッとしてたのだった。



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