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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百四十六 大希編 「家族の距離感」

田上たのうえさんは、本人の中で何かいろいろ折り合いがついたのか、このところはずっと落ち着いた感じだった。だからか発言も少なめで、以前のように目立たない位置に戻りつつある気もする。


だけどそれは、むしろ良いことなのかもしれない。発言せずにいられないものを抱えてる状態っていうのが既に苦しいんだろうからね。イチコさんや沙奈子だって、特に何もない状態の時にはすごく『空気』だし。


そう、空気でいられるのはありがたいことなんだろうな。元々、自己主張の強いタイプじゃないから。


その点は、大希ひろきくんもそうだった。表情が明るくて快活なタイプのはずなんだけど、でもそんなに目立つわけでもない。不思議な子だった。そこにいるのが当たり前すぎると言うか、ギラギラと熱い感じじゃないのに、周りを柔らかく照らしてくれる灯りと言うか、とにかく傍にいてくれると心地好い感じなんだ。


イチコさんも割とそういう面もあるのかな。でも大希くんの方がもっと明るい感じなのか。朗らかって言うか。


沙奈子を『陰』とするなら、間違いなく大希くんは『陽』だよね。今は千早ちゃんも『陽』だけど。


なんてことを考えてるうちに会合も終わって、僕は沙奈子を連れて帰るために一階に下りた。千早ちゃんを連れて帰るために星谷ひかりたにさんも、家に帰るために田上さんも一緒に下りてくる。


「ばいば~い、また明日ね~」


柔らかい笑顔で手を振りながら見送ってくれる大希くんの姿は、何だかとても癒される気がする。でもまあ、顔が赤くなる星谷さんにとっては『癒し』じゃなくて『ときめき』かもしれないけどね。


一方で沙奈子や千早ちゃんは大希くんに対してもやっぱり平然としてる。まるで同性の友達みたいに。5年生くらいだとそろそろそういうのも意識しだしそうな気がするのにな。


それも大希くんの特徴なのかな。彼自身が『男の子』っていうのを強く感じさせないのか。今でも時々、女の子に見えたりするし。


ドアを閉めて大希くんの姿が見えなくなると、彼に向かって手を振ってた田上さんが、ペチペチと自分の頬を手の平で軽く叩いた。


「さって、仕事に行きますか」


やっぱり、『家に帰る』んじゃなくて『仕事に行く』感覚なんだな。大学に合格したら家を出て一人暮らしを始めるつもりらしい。家族を変えられない以上は、距離を置くのは当然の選択なんだろうな。僕もそうだった。両親の傍にいたくなくて、逃げるように家を出た。寂しいことだけど、これも『次善の策』ってことになるのか。


上手くいかないな。


そんな田上さんに比べると、千早ちゃんはすっかり家に帰るのが平気になってた。それでも自分の家よりも山仁さんの家の方が居心地はいいみたいだけど、以前のように『帰りたくない』と悲しそうな顔をすることはなくなってるんだって。それどころか、


「お姉ちゃんたちがお腹空かせてるから、仕方ないのよね~」


と肩をすくめてニヒルに笑う。完全に、『家族のためにご飯を作りに帰るお母さん』って貫禄だった。そんな千早ちゃんを、大希くんの前では頬を染めていた星谷さんが優しく見守る。こうして見守られてる実感があるから、安心して家に帰れるのかも。


そういうのも決して自然な本来の形じゃないんだとは思う。だけどそれぞれ抱えてる事情がある以上は、それぞれ必要だからそうしてるんだ。他人がとやかく言うことじゃない気がする。


「じゃあね!」


みんなで手を振り合って別れて、僕は沙奈子を連れてアパートへ帰る。何だかあまり実感はないけど、年末も押し迫ってきたんだな。


うちでは、これといって大掃除みたいなのはしない。気になるところは随時掃除するから、汚れが溜まらないんだ。多少、丁寧にするようにもするけど、元々部屋の中に荷物も少ないし、要らないものはどんどん処分するから狭くもならないし。


沙奈子も大きくなって、最初に買った服とかはもう着られなくなってきている。ただ、僕が一番最初に買ってあげた服の中で一番のお気に入りだけはまだクローゼットの中に大切にしまってある。それだけは沙奈子も捨てたくないらしい。


そういうのもいずれ踏ん切りがつけられるようになる時が来るかもしれない。でもそれまでは無理に捨てる必要もないかなとも思ってる。あと、去年の絵里奈と玲那の誕生日に合わせて沙奈子にも買ってあげたストールは今も沙奈子の首に巻いてある。ポンチョみたいにして肩に掛けると裾が地面に着きそうだったのが、そこまでじゃなくなってきてる。間違いなくこの子が成長してきてる証しの一つだ。


絵里奈と玲那も、僕がプレゼントしたストールは今でも大事に使ってくれてる。スーパーで買った、決してブランドものでも上等な素材でできてるわけでもないのに、二人もすごく大事にしてくれてるんだ。それがまた嬉しかった。むしろ申し訳ないくらいだよ。もうちょっといいのをプレゼントしてあげればよかったって思うくらいに。


でも、沙奈子も絵里奈も玲那も、『これがいい』んだって。僕がプレゼントしたものだからいいんだって。そう言ってもらえる相手がいることが本当に嬉しい。だから僕は頑張れる。この家庭を守るために。


それを思うと、田上さんのお父さんとかは、何をモチベーションにして頑張ってるんだろうと思ってしまうな。ひょっとすると、まるで修行僧のように、自らに課した試練として黙々とこなしてる感じなのかな。田上さんの話を聞いてる限りだと、そんな風にも思えてしまう。何しろ、田上さんのお父さん、今ではほとんど誰にも労ってもらえてないらしいし。


その中では唯一、田上さんだけが時々『お疲れ様』って声を掛けたりすることもあるんだって。だけど当のお父さんがまたそれで『ん…』とか愛想のない返事しかしないから、逆に声を掛けちゃいけないような気がしてしまうとも言ってた。


何だかなあ。せっかく労ってくれてるんだからもう少し愛想良くしてあげてもいいんじゃないかなって思ったりする。不器用にもほどがあるって気さえする。それじゃ、労う気にもなれないってことになってしまうんじゃないのかなあ。上手くいかないなあ。


それでいて、職場では割と普通に他の人とも話をしてるらしいんだよね。星谷さんが学校にスクールカーストを作ろうとして田上さんと衝突した時、娘を連れてお詫びのために訪れた星谷さんのお父さんとは、けっこう話してたとも言ってたし。


田上さんのお父さんが家庭で孤立するのも、本人にも原因があるのかなあって思ってしまうんだ。本当にもったいないよ。田上さんが歩み寄ろうとしてくれてるのに……。


本当、上手くいかないなあ。


それでも、腐って拗ねて怒ってたって状況が良くなるわけじゃない。田上さんもそれが分かってるから努力してるんだしね。



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