五百四十三 大希編 「ヤキモキ」
大希くんは、不思議な男の子だった。年齢の割に小柄な沙奈子よりも更に体が小さくて、表情がすごく穏やかで柔和で、いかにもな男の子らしい顔つきをしてないから女の子にも間違えられることもあるのに、どこか芯の強さも感じさせる男の子だった。
それって結局、山仁さんの息子さんで、イチコさんの弟さんだからなのかな。子供らしい幼さもあるのに、もうすでに飄々とした雰囲気も醸し出し始めてる気もする。
思えば、僕たちの関係の大事な部分には多くの場合で彼がいた気がする。沙奈子が学校に馴染めたものそうだし、千早ちゃんとの関係が良くなったのもそうだし、千早ちゃんが星谷さんと出逢って家庭の問題が好転したのもそうだし、星谷さんが僕たちのことを気にかけてくれてるのだって、沙奈子が大希くんの友達だったからっていうのもあったし。
決して『僕が僕が』と前に出てくるわけじゃないのに結果的には大事な役割をしてくれてたんだ。
特に沙奈子と千早ちゃんと、ある意味では星谷さんにとっても恩人みたいな存在になるのかもしれない。それを、どうやら本人はまったくこれといって意図せずにやってたらしいって。
なんか、すごいなあ。
沙奈子と親しくしてくれてたのだって、他の子と話とかできなさそうだったあの子に自分から話しかけてくれて。実は沙奈子も、最初は『女の子かな?』と思ったらしかった。それくらい当りが柔らかかったらしい。
まあそれが、千早ちゃんのヤキモチに火を点ける形になっちゃったんだけどね。ただそのことも、千早ちゃん自身の大希くんへの気持ちが本当は『男の子として好き』じゃなくて、『自分の思い通りになる可愛い弟が欲しかった』っていうことだったみたいで。千早ちゃん、お姉さんたちにだいぶ辛く当たられて、いや、はっきり言ってしまったら虐待されてたらしいから……。
ちょっと気に入らないことがあったら体が吹っ飛ぶくらいに殴られて蹴られて、食事を抜かれたことも何度もあったんだって。それって姉妹喧嘩の域を超えてるよね。打ち所が悪かったりしたら命にだって関わってたことのはずだし。
家庭でそういう風にされてることもあって、千早ちゃんにとっては他人にきつく当たるのは普通のことになってたらしい。そういうものだって思ってたってことらしくて。だから沙奈子にきつく当たってたのも、千早ちゃんとっては当然だったみたいだ。
なんだか、すごく悲しいことだと思ってしまった。今の千早ちゃんを見れば分かるように、彼女は本当はとても友達想いであったかい気持ちを持った子なんだ。それが、周りの人の態度を真似て他人に当たり散らす子になってしまうなんて、すごく悲しいよ。
他人を殴ったり蹴ったりできる人になってしまうのも、結局はそういうことなんだろうなって思ってしまった。それは沙奈子も同じなんだと思う。あの子は他人に対してはここまではそんな風にしてこなかったみたいだけど、児童相談所でのことでも分かるみたいに、自分の体を容赦なく傷付けられるような激しい攻撃性も秘めてるんだ。それがもし、何かのはずみで他人に向かってしまったら……?。
女性でも刃物で突然、全く無関係な人に切りかかるなんていう事件を起こす人がいるのは、そういうことなのかなとも思ってしまう。
僕は、あの子の父親として、そうならないようにしてあげなくちゃいけないんだってすごく感じてる。他人を攻撃せずにいられなくなるくらいまであの子を追い詰めたり、放っておいたりしない。それが、僕があの子と出逢うことになった理由だと思うから。
だけど、そんな沙奈子と千早ちゃんの間を取り持って今みたいな仲のいい友達にしてしまうんだから、大希くんのおかげっていうのもすごく感じてたりもする。
沙奈子が言ってた。
「大希くんは、すごく優しい…」
って。あまり他人のことをあれこれ言わないあの子がそう言うくらいだから、相当、印象が強いんだろうな。
千早ちゃんも言ってた。
「ヒロはね~、なよなよしてるみたいに見えてめっちゃ強情なんだよ。言い出したらきかないんだ。でも人を叩いたりしない。叩いたら負けだって思ってるんだって」
千早ちゃんの言うそれが、大希くんのことを端的に表してるのかなとも思った。
だから、星谷さんをメロメロにしてしまうんだ。可愛い見た目にも拘わらず芯が強く信念を持った男の子だからなんじゃないかな。
それはたぶん、山仁さんの息子さんだからなんだろうな。他人に優しくて、でも甘いだけじゃない、曲げない信念を内に秘めてる。そしてそれは、過酷な状況でも自分を失わずにいられるために身に付ける必要があったことなんだって感じる。それを大希くんも受け継いでるんだろうな。
決して単なる『いい人』じゃない。底抜けの善人ってわけじゃない。僕には想像もつかないような深い闇を抱えつつ、その闇と上手く付き合っていくための方法を身に付けた人なんだ。大希くんはそういう部分をちゃんと学び取ってるんだ。
自分がそうだから、他人が善人とか聖人でなくても受け止められるんだ。自分ができないことを他人に求めたりしないんだ。裏も表もない、ただのいい人でいられないことを受け入れることができるんだ。
だけど、大希くんはきっと、このまま大きくなっても、他人からはすごく『普通』に見えるんだろうな。カリスマ性があるとかそういうのじゃなく、親しくならないと見えてこない魅力みたいなものを持った人になるんだろうなっていう予感がある。山仁さん自身が、そうなってほしいと思ってるみたいだし。
カリスマ性みたいなものは、持って生まれた天分なんだろうなって僕も感じてる。元々そういうのを持ってる人が磨かれたらすごく光ったりするのかもしれないけど、もしかしたら星谷さんみたいなタイプの人がそういうのを持ってるのかもしれないけど、大希くんはそういうのじゃない気がするんだ。どっちかと言えば、星谷さんみたいな人を陰で支えるタイプって言うか。
って、それじゃ星谷さんと大希くんが相性ばっちりってことになるのか?。
う~ん。でもそれだと、沙奈子が入り込む余地がないってことだよな。
父親としては、大希くんみたいな男の子と付き合ってもらえると安心なんだけどなあ。すごく大事にしてもらえそうだし。ああでも、沙奈子のことも千早ちゃんのことも星谷さんのことも『平等に』大事に思ってそうってのもあるかな。なんか、本人にはまったくその気なくナチュラルに女の子を落としたりするタイプになりそうな予感もないわけじゃなかったり……。
この先どうなるか分からないけど、大希くんと付き合う女の子はそういう形でヤキモキさせられたりするかもしれないなあ。
山仁さんの家でのクリスマスパーティーを終えてみんなでカラオケボックスに向かう途中、女の子に囲まれて歩く彼を見てそんなことも思ったりしたのだった。




