五百四十二 大希編 「クリスマス」
日曜日。今日はクリスマスイブ。みんなで集まって、ささやかなパーティーをすることになった。絵里奈は仕事でいないけど、玲那もビデオ通話で参加してる。実は絵里奈が帰ってきたら二人とも合流して、カラオケパーティーをすることにもなってる。しかも玲那はこっちのパーティーに顔を出した後で、秋嶋さんたち主催のカラオケパーティーにも参加することになってる。
僕から見るとなかなかハードなスケジュールって気もするけど、玲那にとってはこのくらいは普通だったらしい。スケジュールが合わない友達が別々に催すパーティーとかをハシゴするくらいは。なんか、すごいな。
まあそれはさて置いて、こっちのパーティーのメインは、千早ちゃんが中心になって作ったクリスマスケーキ二個。デコレーションこそシンプルだけど、もう小学生の女の子が作ったものだなんて、彼女のことを知らない人は誰も信じないんじゃないかなっていう出来だった。
他にはスーパーで買ってきたパーティーセットとかお寿司だけど、僕たちにとってはこれでもう十分って気がする。
星谷さんが言った。
「正直申し上げて、私は一昨年までは両親と共に、会社役員や企業経営者や政治家の方々主催のパーティーなどをいくつも掛け持ちするということを行っていて、そこでは大変に立派な料理やケーキも見てきました。
もちろんそちらも素晴らしいものではありましたが、こうして皆さんと集まってパーティーを行えることが私にとっては素晴らしいと感じます。
お金は大事です。社会的な地位も、ある種の目的を果たすためには不可欠なものです。でも、この世で価値のあるものはそれだけではないと、そういうものを見てきたからこそ思うのです。
私は、この場にいられることをとても幸せに感じます……」
それは、大希くんに向けてのメッセージでもあるんだろうなと、その場にいる全員が気付いてたと思う。だって、大希くんのことをちらちらと見ながら、頬を赤らめながらだったから。
たぶん、星谷さんがそれまで行ってたパーティーに今でも参加するような生活だったら、大希くんには出逢えてなかったかもしれないし。
出逢いって不思議だな。
思えば、僕が沙奈子と一緒に暮らし始めたのだって、沙奈子の実の父親である僕の兄が彼女を僕のところに捨てていったからだし、絵里奈や玲那が僕と出逢ったのだって、沙奈子と暮らし始めたことで僕の様子が変わってきたのを二人が興味を持ったからっていうのもあったらしいし。
ほんのちょっとしたことで出逢ったり出逢わなかったりするんだなって実感する。
ここにいるみんなそうなんだな。すごい偶然が僕たちを出逢わせてくれたんだ。それを大事にしたいと思う。
「沙奈~、美味しい?」
自分が作ったケーキを食べてる沙奈子に、千早ちゃんがそう聞いてきた。
「うん、美味しい」
相変わらず、一見しただけだと素っ気なさそうにも見える沙奈子の返事だけど、千早ちゃんは、ちゃんと分かってくれてた。嬉しそうに笑いながら、「ありがと」って応えてくれた。今の沙奈子がそういう風にしかできないことを分かってくれてるんだ。
この二人の出逢いだって、最初は最悪って言ってもいいものだったのかもしれない。転校してきたばかりで知り合いもいない沙奈子を大希くんが気遣って親しくしてくれてたことにヤキモチを妬いてきつく当たってきたのがそもそもだったんだもんな。
普通ならそこでただのイジメってことになってしまうのを、担任の先生をはじめとした学校そのものが、千早ちゃんの行為がエスカレートしないように丁寧に対応してくれて、二人が和解できる余地を残してくれていたから今の関係があるんだと思う。それがなかったら、今頃どうなってたか……。
イジメ自殺とかのニュースを見る度にそう思うんだ。『どうして沙奈子や千早ちゃんがしてもらえたようにできなかったのかな…』って。これも結局、出逢いってことなのかな。
しかも千早ちゃんの場合は、大希くんを通じて星谷さんと出逢ったことも今の彼女になれた大きな理由の一つなのか。
家庭で、お母さんやお姉さんから暴力を受けてた千早ちゃんの問題の一部を星谷さんが解決して、それをきっかけに家庭内での千早ちゃんの立場と言うか存在感と言うかが変化して、そこに、沙奈子や大希くんと一緒にホットケーキを作る練習を始めてそれをお姉さんたちにふるまうようになってさらに状況が変わって、絵里奈から料理も教わって家での料理を一手に引き受けるようになって、そこから広がって家事全般を仕切るようになって、家庭内での千早ちゃんの力が劇的に増したんだったな。
今ではすっかり、お母さんやお姉さんたちが千早ちゃんに依存してる形になってるって。だから、彼女の家の中でのヒエラルキーとして、千早ちゃんが『お母さん』役で、本来のお母さんを『長女』として、お姉さんたちと合わせて三姉妹って関係が定着したらしい。星谷さんが探偵を雇って調査した話によると、千早ちゃんのお母さんは『母親』という役目から解放されたことで逆に精神的に安定してきてるみたいだとか。看護師として勤めてる病院での評判も、『優しくなった』『表情が柔らかくなった』って概ね好評なんだって。
母親がその役目から解放されたことで精神的に安定するなんて、世間一般から見たらきっと『駄目な母親』の烙印を押されるようなことなんだろうなって思う。だけど、人間にはどうしても得意なこと不得意なことがあるから、千早ちゃんのお母さんは『母親という役目』に向いてない人だったんだろうな、だから上手くいかなかったんだろうなって気もするんだ。それが、千早ちゃんと立場が逆転することで上手くいくようになったのかもしれない。
ホントに皮肉な話だよ。一番年下の女の子が『母親として適任』だったなんてね。
でも、人間ってそういうものなのかな。その人の得意なことと立場や役目が上手く一致すると力を発揮したりするのかも。沙奈子も、人形のドレス作りの腕がメキメキと上がって、普通の市販されてる品物と殆ど遜色のないものが作れるようになってきてるらしい。これも、兄のところにいたら発揮されることのなかった才能なのかな。
その沙奈子が学校に馴染めたのは、大希くんの力が大きかったみたいだ。千早ちゃんが沙奈子と和解できたのも、大希くんが間に入って取り持ってくれたからっていうのが大きいみたいだし。
実は、星谷さんだけじゃなくて、波多野さんも田上さんも、大希くんのことは好きだったっていう話もある。さすがに星谷さんほど夢中になれたわけじゃないにしても、イチコさんの家にくる度に『カナお姉ちゃん』『フミお姉ちゃん』って笑顔で迎えてくれる大希くんの存在に癒されたのも間違いなかったんだって。




