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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百四十一 文編 「くだらないイベント」

その日を境に、田上たのうえさんの様子が落ち着いてきたように見えたのは、僕の希望的観測なんだろうか。


だけど、少なくともそれまでよりは感情的なところも見せなくなった気がする。


とは言っても、問題は何一つ解決してない。田上さんの家庭のことも、弟さんがもしかしたら訴えられたりするかも知れないってことも、波多野さんの件も。


それでも、毎日は続いていくんだ。泣いても笑っても、時間は過ぎていく。


「は~、まったく。おかげで受験勉強どころじゃなかったよ」


と言いながら、田上さんは星谷さんに勉強を見てもらっていた。


「それはただの言い訳ですよ。口を動かす暇があるなら目の前のことに集中してください」


「ひ~っ!、厳しい~っ!」


そんな二人のやり取りを、波多野さんは穏やかに笑いながら見てた。


本当にいろんなことがあるけど、でも人生ってそういうものなんじゃないかな。良いことばかりじゃないのが当然だと思う。毎日毎日、学校とか仕事とかで嫌な思いして精神をすり減らしてっていう人もいるんだから、こうやって楽しく穏やかに過ごしてるところにあれこれ起こるのとどっちが大変かと言ったら、どっちとも言えない気がする。


僕たちは、そういうのを一つ一つ乗り越えながら生きていくんだ。そのためにこうやって集まってるんだ。


正直、田上さんのことが心配だったり、何もしてあげられない自分が不甲斐なくて僕自身の精神状態もちょっとあれだったかなと、ここしばらくを振り返ってみると思わなくもない。


けれど、それでも僕は大丈夫だって感じてる。僕はまだ冷静だ。いろいろあっても、だからって他人に八つ当たりしようとか思わない。絵里奈も玲那も同じだ。


勉強が一段落付いて、田上さんが言った。


「お母さんのことも、弟のことも、この二人に比べたらお父さんは正直なところ最近では空気だからまあいいとして、最終的にはなるようにしかならないんだろうなって改めて思えるようになったかなって気がする。


ホント、人生って楽じゃないね。でも、楽しいことがあるのも間違いないって思える。嫌なことがあっても、そればっかりじゃないんだって思えるんだ。


だけど私がこんな風に言ってることって、結局、みんなからちょっとずつ学んだことなんだなって思ったりする。話し方とかもなんか似てきちゃってるのかなって思うこともある。


でもいいよね、それで。こんな風にしていろんなことを学んだり吸収したり真似したりして、私は作られていくんだよね。


それを思うと、あの館雀かんざくって子も改めて可哀想なのかなって気がしちゃった。こんな風に感じられる場所がないのかなって。お母さんも、弟もそうなのかな。


あの二人にも、こんな風に感じられる機会があったらあんなになってなかったのかな……。


私は正直言ってあの二人を救う自信もないし、どうしても救いたいっていう気持ちにもなれない。こういうのって世間では『薄情』とか『人でなし』って言うんだろうね。


でもいいや、薄情でも人でなしでも。私はどうせそんなに立派じゃないもん。私にできることしてればそれでいいって思うようにしたよ。


できないことに挑戦してできるようになるのは立派なことだけどさ。じゃあできるようにならなかったらその人はダメな人なの?。価値がないの?。役立たずなの?。生きてても意味ないの?。


そうじゃないよね?。そうじゃないと思いたい。そうじゃなかったら、私なんてそれこそ生きてても意味ないよね。


けど、そうじゃないんだよね?。


立派な人にだけ生きる価値があるわけじゃないよね?」


そう問い掛ける田上さんに、イチコさんが答える。


「そんな風に考えてる人もいるかもしれないけど、少なくとも私やお父さんはそんな風には考えてないよ。立派な人じゃないと生きる価値もないなんて思ってないし、立派な人じゃないと生きる価値ないって思ってる人に存在を否定される謂れもないと思ってる。『生きる価値ない』って言われても、『それはあなたの考えだよね?。私は違うよ』って言うだけだよ。


だからフミにも価値はあるって私は思ってる。誰がなんて言っても関係ない。私にとってフミは価値のある人だよ」


波多野さんが続く。


「そうだよ。立派じゃない人に生きる価値がないってんなら、私も、私の家族もみんな死ななきゃならなくなるよ。どうしようもないダメな家族だけど、他人にそんなこと決められたくない。他人に勝手に決められたって従う気とかないから」


星谷さんも続く。


「イチコやカナの言う通りです。人間はどうしても自らの価値基準でしか計れない傾向がありますが、そんなものはまやかしにすぎません。ただの思い込みなのです。私は、かつてそれで他人を勝手に計っていました。そんな私がどんな人間だったかは、フミもよく知っているはずです。そのまやかしを捨てることができたからこそ私はここにいられるのです」


玲那も言う。


「立派なことなんて何一つできなかった私でもまだこうして生きてられるんだからさ。


大丈夫だよ。フミのことも、フミのお母さんや弟くんのことも、『生きる価値ない』とか私たちは思わないよ。誰がそんなこと言ってたって、たとえフミがそんな風に思っちゃったって、私たちは思わない。


フミ。苦しいことや嫌なことってなくならないんだよ。だったらそんなのに負けたくないじゃん。なくならないもの相手におたおたしたって仕方ないじゃん。


挫けそうになったら甘えてよ。頼ってよ。私が挫けそうになってた時には、フミたちが支えてくれたんだよ。私はそれを忘れてないよ。他人のことなんてどうでもいいじゃん。私たちはこうやって生きてるんだからさ。


神様とか仏様とかがもしいて、辛いこととか苦しいこととかをイベントとして用意してるんなら、それこそ生きて生きて生き抜いて、人生の最後の瞬間に言ってやろうよ。


『どうだ!。私はここまで生き延びてやったぞ!、人生を楽しんでやったぞ!、お前らの用意したくだらないイベントなんかで挫けてやらなかったぞ!、バーカバーカ!!』


ってさ。


私、今、それが一番の目標になってるかな~」


……玲那…。


「ししし」って感じの満面の笑顔で、彼女はそう言った。その言葉に、田上さんは両手で顔を覆って何度も頷いてた。


そうだよな。神様だか仏様だかが運命とかを決めてるんだったら、それで挫けて心折れてしまったら、それこそ悔しいよな。『負けた』って気になるよな。


でも僕たちは、そんなのは嫌だ。誰かに勝手に決められたことで挫けてるなんて、納得できない。


玲那も沙奈子もここにいるみんなも、そういうイベントに振り回されてきたのかもしれない。だけど、まだこうして生きてる。負けを認めてない。


最後の最後のその瞬間まで、とことん生き抜いてやろうと、僕も思ったのだった。



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