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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百三十九 文編 「法律が守るもの」

「なによそれ、縁起でもないこと言わないでよ!」


まるで自分が逮捕されるのを覚悟してるかみたいな波多野さんの言葉に、田上たのうえさんは噛み付いた。それから星谷ひかりたにさんに向き直って尋ねる。


「ね?。カナは大丈夫なんだよね!?。あんなことで逮捕されたりしないよね!?。だってあれは、私を守ろうとしてくれたんだよ!?。悪いのは痴漢だよね!?。カナは悪くないよね!?。法律って、悪いことしてない人を守るためにあるんだよね!?」


その問い掛けに、星谷さんは静かに答えた。


「フミ。法律というものは、『悪いことをしてない人を守るため』にあるのではありません。法律はあくまで、『社会秩序』を守るためにあるんです。


より確実に秩序を守るために守りやすい法律をと考えれば、いわゆる『社会正義』などというものに即した内容にした方がより多くの人が守りやすいのは確かでしょう。現在のそれは極力、そういう形で作られてはいますが、それでも最終的な目的は『社会の秩序を守る』ことなのです。ですから、個人が思う『正義』とは必ずしも噛み合わない場合が出てきます。これは、どうしても生じる齟齬なのです」


丁寧に、冷静に、客観的に説明しようとする星谷さんだけど、田上さんにはやっぱり納得できなかったみたいだった。


「おかしいよ!、そんなのおかしいよ!!。絶対おかしい!!。痴漢が怪我をしたのは自業自得じゃん!。あの変態が痴漢とかしなければ怪我もしなかったんじゃん!!。それなのにカナが悪いだなんて、絶対におかしいよ!!」


さっきまで笑ってた彼女の姿はどこにもなかった。髪を振り乱して、拳を握り締めて、どうしても納得できない理不尽さに激しく抗議する女の子がそこにいた。


田上さんの言いたいことも分かる気がする。玲那の事件の時に僕も思ったことだ。玲那をそこまで追い詰めた実のお父さんにこそ責任があるって。悪いのは玲那じゃないんだって。


…でも、やっぱり『それでも』なんだ。玲那自身が言った通り、実のお父さんの責任と玲那の責任とは別なんだ。


波多野さんが言う。


「フミ…。フミがそんな風に言ってくれるのはすごく嬉しい。私のことを想ってくれてるんだって実感するよ。でもさ、ここで私が『自分は悪くない!』って言ったら、玲那さんはどうなるのさ?。玲那さんでも有罪判決が下るんだよ?。しかも玲那さん本人がそれを受け入れたんだよ?。それに比べれば私が受けるかもしれない罰なんて、それこそ屁みたいなものじゃん。


それにさ、フミ。冷静に考えてほしいんだ。


あの時、私は痴漢だってことをちゃんと確認してからやったんじゃないんだ。『フミが痴漢されてる』って思っちゃったから勝手に体が動いただけなんだ。


だからさ、あれがもし、本当は痴漢じゃなかったとしたら?。私が痴漢だと思い込んだだけで、別に犯罪でもなんでもなかったら?。だとしたら、私にそんな誤解をさせた人は、私に飛び蹴り食らわされて頭を打って血まみれにならなきゃいけないほどのことをしたのかな?」


「そ、それは……。


…でも、でも痴漢だったじゃない!、痴漢だったんだよ!、私、体に触られたんだから!!。胸とか、お尻とか……!!」


「だけど、フミがそう言っただけで痴漢確定だったら、本当は痴漢じゃなかった場合だって痴漢ってことにできちゃうだろ?」


「…あ……」って声を詰まらせて、田上さんが固まる。


そんな田上さんに向かって波多野さんは続けた。


「私もさ、兄貴のことでレイプとか痴漢ってことに対して、頭で考えるより体が先に動いちゃうんだ。痴漢に見えたら、それが本当に痴漢じゃなくてもまた飛び蹴り食らわしちゃうかもしれない。だけどそれじゃ駄目なんだよ。


兄貴が逮捕されて裁判になって、色々調べたし教えてもらったし考えたんだ。その中で、レイプ冤罪とか痴漢冤罪の事件のことも知ったんだ。被害者側の一方的な訴えで、本当はそんなことしてない人の人生が滅茶苦茶にされてるっていうのが実際に起こってるんだ。レイプとか痴漢ももちろん許せないけど、そういうのも、巻き込まれた人からしたらそれこそ命を取られるのと変わらないくらいに酷いことなんじゃないかな。


だからさ、今度のことがちゃんと調べられて、本当に間違いなくフミが痴漢に遭って、私が思わず飛び蹴り食らわしちゃった相手が悪いヤツだっていうのを証明するために私が逮捕されるのも必要なことなんだったら、私はそれを受け入れるよ。


私、玲那さんを尊敬してるんだ。自分の罪とちゃんと向き合った玲那さんのことをね。だから玲那さんの前でみっともない真似したくない。堂々と自分がやったことと向き合いたい」


「カナ……」


また、田上さんの目から涙が溢れて、ヒドイ顔になってた。これまでにも何度も見たけど、やっぱり我慢できなかったんだろうな。でも、当然だと思う。こんなこと言われたら……。


けれど、だからこそ改めて犯罪ってものの罪深さを感じさせられた。こんなにいろんな形でたくさんの人を苦しめることになるんだから。


こんなこと、やっていいはずがないよ。そう思うから僕も、自分を抑えなきゃって思うんだ。


波多野さんは言った。痴漢に飛び蹴りを食らわした時には、本当は痴漢だったのかどうかちゃんと確認したわけじゃないって。咄嗟にそう思っちゃったから勝手に体が動いたんだって。それを認めてたら、『仕方ないじゃないか』ってしてたら、痴漢じゃない人に対しても同じことをしてしまうかもしれない。波多野さんは、それが怖いんだと思った。自分の思い込みで誰かを傷付けてしまって、それを『仕方ないじゃないか』って言って正当化しようとしてしまうのが嫌なんだろうな。


それも分かる気がする。僕もそんなのは嫌だ。


犯罪っていうのは、必ず悪意から起こるとは限らない。むしろ、やった本人はそれを正しいことだと思ってやった事例も多いって感じてる。復讐や報復を目的にやってる人なんて、ほとんどそうじゃないかな。


『嘘吐きだからイジメた』とか。


『積年の大怨を今こそ晴らす』とか。


それは犯罪だと責められても、やった当人は『自分が正しい』って思い込んでるのも多い気がする。むしろ、『これのどこが犯罪なんだ!?』とか思ってそうだな。


そういうのに比べたら、波多野さんはものすごく立派だよ。自分がやったことにちゃんと向き合おうとしてる。まだ17歳の高校生なのに。こんなに自分の責任っていうものを考えてる。それに比べ、事件を起こして往生際悪く言い訳並べて逃げ回ろうとしてる大人の姿の情けないこと……。


ホント、自分の責任と向き合う覚悟もないのならなんでそんなことやったんだよ。って思う。


自分のやったことが何をもたらすのか、周りにどんな影響を与えるのか、それをしっかり考えたいよ。



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