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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百三十八 文編 「波多野さんの覚悟」

今日、旅館の予約を取れたのは、たまたまキャンセルが入ったところにタイミングよく僕たちが予約を申し込んだからだった。実は来週にはまた星谷ひかりたにさんからの予約が入ってるらしい。しかも毎週。


だから昨日、星谷さんに、


「もしよかったら譲りましょうか?。田上たのうえさんにも気分転換してほしいですから」


と言ったら、


「いえ、明日はカラオケボックスの予約を取りましたので大丈夫です」


とのことだった。予約が取れなかった時点ですぐにそっちにしたらしい。本当に抜け目ないな。


「はぁ~、気持ち良かった……」


なんていいながらリラックスしきった顔で部屋に戻ってきた絵里奈と沙奈子は、すごく満たされた表情をしてると思う。こうやって癒されて嫌なこととか辛いこととかを流してしまって、毎日を平穏無事に過ごすことで、僕たちはみんなに余計な負担や心配をかけないようにして協力したい。


その上で、波多野さんや田上さんを支えたい。


今回の件で、改めて波多野さんの抱えてる『闇』がはっきりした気がする。たぶん、性犯罪に対しては特に過剰な反応を示してしまうという闇だ。それと上手く付き合っていかないと、波多野さん自身が事件を起こしてしまう可能性もある。それが実際に起こってしまったんだ。幸か不幸か、それは相手に大きな負い目のあることだったから何とか大目に見てもらえそうだけど、怪我の具合が酷かったり、万が一、打ち所が悪かったりして相手が亡くなってたりしたらもうどうしようもない。今回はあくまで、たまたま運が良かっただけなんだ。


だけど、僕たちはみんな、そういう『闇』を抱えてるんだ。イチコさんや大希ひろきくんさえ。そんな自分が抱えてるものとの付き合い方を身に付けられてるかどうかだけの違いなんだと思う。イチコさんは、僕たちの中では一番、それをしっかりと体得してるんだろうな。だからあんなに飄々として見えるんだろうな。そしてそれは、山仁やまひとさんが伝えたものなんじゃないかな。


それはあくまでお母さんを亡くしたイチコさんが身に付けたものであって、波多野さんや田上さんには直接は役には立たないかもしれない。波多野さんには波多野さんの、田上さんには田上さんのそういうのが必要なんだって気がする。そしてそういうのを見付けるために僕たちは集まってるんだって思うんだ。


今回のことが事件にならなかったとしても、それをただ『当然!』とか思うんじゃなくて、次には同じ失敗をしないように、運に頼らなくても済むように、自分を抑える方法を見付けていかないといけないんだ。


でないと、本当に大切なものを失ってしまうことにもなりかねない。


玲那はそれで『声』を失った。星谷さんの力でその代りになるものは手に入れられるとしても、完全に昔の彼女に戻れるわけじゃない。あくまでも代わりのものを手に入れることになるだけだ。それでも、代わりのものが手に入るだけ幸運だとも言える気もする。だけどいつだってそんな風にうまくいくわけじゃない。本当に代わりのものさえ手に入れられない大切なものを永久に失ってしまうことだって有り得るんだ。


その時、僕の頭によぎったものがあった。


玲那が見たという『夢』の話。香保理かほりさんが事故で亡くなることのなかった世界では、玲那は、両親と、僕じゃない義理の父親と、その義理の父親とお母さんとの間に生まれた弟を殺すという、もうどうやったって何も取り戻すことのできない事件を起こして、死刑になったって言う、あまりにも救いのない悪夢。その世界での玲那はとうとう、『自分の命』を失ったんだ。機械で代用することもできる『声』じゃなくて、何をどうしたって代わりのものがない『命』をね。


そこでの玲那がどうしてそんなことになってしまったのかは分からない。ただ、そういう結末を迎えてしまいかねない危険性は、現実にもあったんだろうな。それが、本当に奇跡的な確率によって運良く回避されてきただけなのかも。


そういう意味では、悪夢の中の玲那に起こったことが、波多野さんや田上さんに絶対に起こらないとは言えないんじゃないかな。それを、運頼みでギリギリ回避するんじゃなくて、できればちゃんと自分の意志で自分で制御して避けていきたいって思うんだ。


なんてことを考えてるうちにお昼の用意がされて、僕たちはそれを楽しんだ。それからまたみんなでお風呂に入ってほっこりとした。


僕たちが本当に守りたいものを確かめる為にね。




夕方、山仁さんのところに行くと、田上さんも笑顔だった。


「は~、すっごく楽しかったんですよ~」


カラオケで楽しめてテンションが上がってるってことなんだろうな。その表情を見るだけでもホッとする。


何も問題は解決していないけど。


波多野さんはそれこそ「うしゃしゃしゃしゃ!」って感じで笑ってた。この前のことはもう気にしてなさそうにさえ見える。


もちろん、本当に気にしてないわけじゃないと思う。だけど、落ち込んでたって何も解決しないっていうのも分かってるんだろうな。


「来週はまた、あの旅館に行きます。予約が取れるところは向こう三ヶ月ほとんど押さえました」


って、星谷さんが。


「ふっふっふ。これでピカもヒロ坊と一緒にお風呂入りまくりですな…!」


星谷さんに向かって波多野さんがニヤリと笑いながら言う。するとまた、スイッチを入れたみたいに星谷さんの顔が赤くなる。だけど波多野さんは別に意地悪してるんじゃないっていうのもすごく分かる。むしろそういうメリットがちゃんとあるっていうのが分かるから安心して甘えられるんだろうな。


それから田上さんに向き直り、ニッコリと微笑みながら話し掛ける。


「フミ。去年出逢った時にはたぶんお互いに『変なヤツ』とか思ってたけどさ。私、フミのこと大好きだよ。だからさ、これからもいっぱい、心配掛けるし迷惑も掛けると思うから先に謝っとく。


ごめん。


だけどさ。これが私なんだよ。そういうわけでさ、フミもいっぱい、心配掛けて迷惑掛けてくれたらいいよ。たぶん、実際に心配掛けられたらその時には『心配させんな』とか言っちゃうかもしれないからそれも今のうちに謝っとく。ごめん。でも心配掛けられてもフミは大事な私の家族だよ。


私の血の繋がった家族はもう駄目かもしれないけど、私の家族はここにもいるんだ。この家族があれば私は大丈夫だよ。


もし、今回の件で私が訴えられても、それはフミのせいじゃないから。これはあくまで私の責任。自分を抑えられなかった私の責任だよ。


何があっても私はここに帰ってくる。みんながいてくれたら帰ってくる。みんなが迎えてくれるなら帰ってくるよ」


それは、微笑みながら言うことじゃなかったかもしれない。痴漢の容疑者に逆に訴えられて逮捕されることも覚悟してるっていう意味だろうから。


高校2年生の女の子が言うことじゃないよね……。



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