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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百三十七 文編 「トラウマスイッチ」

それから金曜日まで、これといって動きはなかった。痴漢の容疑者が波多野さんのことを訴えたっていう話も聞かない。どうやら諦めてくれたのかな。誰かが思いとどまらせてくれたのかな。


それがどちらにしても、騒ぎが大きくならないのなら、正直、その方がありがたいとは思った。もし、事件になってしまったとしても波多野さんのことは見捨てないけど、収まってくれるのならやっぱりそれに越したことはないし。


こんなことを考えてるぐらいだから、僕が善人とか聖人とかじゃないのは分かりきってることなんだ。


善人や聖人しか認められないのなら、たぶん、この地球上に生きていられるのは生まれたばかりの赤ん坊を除けばほんの一握りの人間だけじゃないかな。


その中には、僕も沙奈子も絵里奈も玲那もみんなもいないと思う。


人間って、そういうものだと思うんだ。


だけど、それでいいんだとも今は思う。沙奈子や絵里奈や玲那が存在できない世界に僕は用なんかない。


善人や聖人じゃなくても存在できるからこそ社会っていうのは存在するんじゃないかな。


と、話が逸れちゃったか。


とにかく、これ以上、波多野さんや田上たのうえさんが苦しむところは見たくないよ。




土曜日。先週はああ言ったけど、一応、雀の涙みたいなものだけど、以前よりもさらに減ってしまってるけど、ボーナスが出たこともあってあの旅館に来てた。


「いらっしゃいませ」


玲那の友達でもある木咲美穂きざきみほさんと女将さんに出迎えられて、僕たちは「お世話になります」と頭を下げていた。


部屋に通されると、さっそく玲那が、木咲さんに耳打ちする。


「で、どうなのよ?。旅館の方は」


それに対して木咲さんも、仲居としてじゃなく玲那の友達として顔を寄せて、


「おかげさまで予想以上に好評なの。あの星谷ひかりたにさんってコ?。彼女の紹介でっていう、外国の客さんを連れた人とかも結構来ててね。なんかこう、いろいろ大事な話とかしてるみたい。ここ、元々あんまり大きな所じゃないから他にお客も少なくて、秘密の話とかするのには向いてるってことなのかな」


だって。すると玲那は「ニヤリ」と悪い笑みを浮かべて、


「ほほう?。さては社会を陰で動かすフィクサーの密談に利用されてるということですかな?。フッフッフ」


とかなんとか。


楽しそうなのはいいけど、漫画だよそれじゃ。


ちなみに木咲さんはすでに玲那のテキスト読み上げアプリのことは聞いてて特に驚くような素振りはなかった。彼女もアニメが好きだから、こういうギミックみたいなのはすぐに馴染めるらしい。


良いことじゃないかな。


「お昼の用意が済むまでに、まずお風呂いただきますか?」


絵里奈の提案で、先にお風呂に入ることにした。


久しぶりにみんなでお風呂だ。中庭があったところに作られたお風呂は、それぞれ利用できる時間が決められてる。お昼の三時までは僕たちが自由に入れるようになっていた。


玲那はいつも通りに豪快にすっぽんぽんになって、真っ先に入っていく。絵里奈と沙奈子は玲那に比べればおしとやかって感じかな。沙奈子が玲那に似なくてよかったとちょっと思ってしまった。どうやら感覚的には絵里奈の方が近いみたいだ。


「はっはっはーっ!!。きかなきかな~っ!!」


わざわざ防水カバーを付けたスマホを持ち込んでお風呂場で腕を組んで仁王立ちで高笑いする玲那に、僕と絵里奈は苦笑いしてしまう。でも、沙奈子はなんだか嬉しそうだった。玲那が楽しそうなのが嬉しいんだろうな。


そんな沙奈子も絵里奈にすごく甘えるみたいにして離れようとしない。久しぶりのお母さんとの一緒のお風呂だから当然か。


で、僕と玲那はそれなりにゆっくりしたつもりだったけど絵里奈と沙奈子はまだのんびりしたいみたいだから、


「じゃ、先に上がってるから」


と声を掛けて湯船を出る。


「は~い」


ってほんのり上気した顔で手を振る絵里奈と一緒に、沙奈子もとろけたお餅みたいな顔で手を振ってた。




「それにしても、カナの件が大事おおごとにならなくてよかったよ」


僕と一緒に部屋に戻り、テーブルについた玲那が話しかけてくる。僕もしみじみ頷きながら応えた。


「ホントだね。ここで波多野さんまでってなったらそれこそ『神も仏もいないのか!?』って感じだったな。


ただ、まだ油断はできないのかも。これから改めてってことも有り得るんだろうし」


「だね~。でも、痴漢しといて逆ギレとは、不届き千万!!」


顔の前で拳を握り締め、玲那は力を込めていた。


そんな彼女に、僕は言う。


「だけど、『それでも』なんだろ…?。だから玲那は、無罪主張しなかったんだろ……?」


その言葉に、フッと苦笑いになる。


「そうなんだよね…。『それでも』なんだ。


私も自分が事件を起こすまでは復讐とか報復とか、心のどこかでは正当化しようとしてた気がする…。


けど、無関係な赤の他人にはそんな事情なんか関係ないんだ…。私が何をされてきたかなんて関係なくて、『母親の葬式の最中に父親を包丁で刺した鬼畜娘』でしかないんだよね。


そうなるとさ、カナがどんな目に遭うのかも想像ついちゃう。『レイプ犯の妹もやっぱり犯罪者』って扱いになるってさ。


もちろん、友達を痴漢から守ろうとしてっていうのを分かってくれる人も中にはいると思うよ。でもきっと、そういう声はかき消されちゃうんだ。


不思議だよね。イジメ事件とかだと、『イジメられる方にも原因がある』とかいう話が出てくるのにさ……。


結局、自分に都合よく解釈して、叩く相手を探してるだけなんだよ。しかも、自分が罪に問われるかもしれないってことになったら、今度は被害者が悪いって言い出す。


イジメって、自分じゃイジメてる自覚なくてやってる場合も多いみたいだしね。自分がイジメで訴えられた時のために予防線張ろうとしてるんだって気しかしないよ。ネットとかで誰かを叩いたり攻撃してるのをイジメってことにされて訴えられた時のとかね。『叩かれるようなことをした方が悪い』って言い逃れたいんだよ……」


「僕もそれはすごく感じる。だから惑わされないようにしなきゃってね。


波多野さんはすごくいい子だよ。友達想いで優しくて。でもだからこそカッとなってしまう部分もあるんだろうな。どうやらそれは、痴漢とかそういう系の犯罪に対してみたいだけど」


「うん。館雀かんざくさんが好き勝手言ってた時には割と落ち着いてたのに、痴漢に対してはこれだもんね。だけど分かる気もするな。私にとってもその手のはトラウマスイッチだし」


「玲那……」


玲那の表情が、苦笑いから強張ったものにみるみる変わっていくのが見えてしまった。だから僕は、テーブルの上に置かれた彼女の手を取って握り締めた。すると玲那も大きく深呼吸して僕を見詰め返してくれた。


「ん…、大丈夫。ありがとう、お父さん」



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