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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百三十五 文編 「刑事告訴」

「この度は大変なご迷惑をおかけいたしまして、心よりお詫び申し上げます!。平に、平に~っ!」


波多野さんと田上たのうえさんが部屋に入ってきて少ししてから上げってきていつもの位置に座った山仁やまひとさんに向かって波多野さんが床に頭を擦り付けながら土下座していた。


でもその様子はとても芝居じみてて遊んでるようにさえ見えた。そんな彼女を、山仁さんは目を細めて微笑みながら見てた。


「もういいよ。君が反省してるのは伝わってきてるし、今回のことは警察からも事件にはしないって言われたし、次から気を付けてくれたらいい」


山仁さんの口ぶりから、そんなに深刻な状況じゃないってことが窺えて、僕はホッとしてた。そこでようやくビデオ通話を繋いでいないのに気付いて、スマホを取り出した。


そんな僕たちの前で、波多野さんが詳しい事情を話し出した。


「実は、今日、学校帰りに私の実家にちょっと寄ってさ。そん時に、フミに近所の公園で待っててもらったんだけど、そこに痴漢が現れてフミがちょっとね。


で、それを見ちゃった瞬間にブチ切れちゃって、痴漢に飛び蹴り食らわしちゃってさ。そいつ派手にすっ転んで、おでこから大流血。それをたまたま通りがかったおばさんが目撃して悲鳴を上げて救急車と警察呼んでね。


でも痴漢してた奴はそこから逃げようとするから私がまた掴みかかって揉み合いになって、もう滅茶苦茶」


「てへへ」と照れくさそうに頭を掻きながら波多野さんは言ってたけど、イチコさんは「は~…っ」って呆れたみたいに頭を抱えるし、田上さんはうなだれてるし。


「カナ~、無茶もたいがいにしなよ~」


玲那がしみじみと言うと、


「いや、面目次第もございません…!」


とペコペコと。


玲那が言うそれは、とてつもなく重いからね。咄嗟にやってしまったことで何が起こったのか、これ以上ない実例がそこにあるから。


その間、田上さんは何も言わなかった。ただ黙って俯いて、何かに耐えてるようだった。


「…ごめん、フミ……」


それに気付いて、と言うより、多分、田上さんの気分を少しでも軽くしてあげようと思って冗談めかしてやってたのがどうやら上滑りしてるってことを察して、波多野さんが呟くように言った。


その瞬間、田上さんの目から涙がポロポロと……。


「ごめんじゃないでしょ…!、自分が今、どういう立場なのか考えてよ…!。私なんかのせいでカナが事件起こすとか、耐えられない……!!」


俯いたまま絞り出すようにそう言った田上さんを、波多野さんがそっと抱き締める。


「ごめん…、ホントごめん……。フミが痴漢されそうになってるの見たら、頭が真っ白になっちゃって……。でもごめん……」


この時の田上さんの気持ちも、波多野さんも気持ちも、どちらも分かるような気がした。


今、波多野さんが事件を起こせば、世間は良い攻撃材料が手に入ったとばかりに集中攻撃すると思う。田上さんは、自分を助けようとして波多野さんがそんなことになったらそれこそ耐えられないと思ってるんだろうな。


その一方で、波多野さんも、自分がお兄さんにされそうになったこととかが思い起こされて、田上さんのことを守りたくて、頭で考えるより先に体が動いてしまったんだろうな。


どっちも悪くない。悪くないと僕は思う。悪いのは痴漢なんだ。そんなことがなければこうはなってなかった。


だけど、『痴漢されそうになった友達を助けようとした』という部分は見て見ぬふりをして、『レイプ事件の容疑者の妹』という部分だけを見て袋叩きにしようとするのは必ずいる。だって、10歳の頃から売春を強要されてた玲那でさえ、それが明らかになった後でもさらに袋叩きにされたんだから。『10歳から男とやってたとかとんでもないクソビッチだな』とかいうコメントも見たことがある。見たくなかったけどトピックスとして挙がってて見えてしまったんだ。


復讐とか報復とかが許されるのなら、僕は、この時、玲那を攻撃してた連中を全員探し出して半殺しにしてやりたいとさえ思うよ。でも、そんなことをすればますます玲那が攻撃される理由を作ってしまうだけだから、もしやれたとしてもやらないんだ。


『親を殺そうとした奴が悪いんだろ。同情とかできるかよ』


そんな風に言われるのが分かってるから。


田上さんはそれが怖かったんだと思う。自分が痴漢されそうになったこと以上に。


玲那が尋ねる。


「山仁さん。カナのこと、本当に大丈夫なんですか?。事件にならないんですか?」


その問い掛けに、山仁さんは少し厳しい顔つきになった。


「警察としては、田上さんを守ろうとした咄嗟の行動だとして、カナちゃんの件については事件にしないようにと考えてくれてるのは確かだと思う。ただ、怪我をした痴漢の容疑者が告訴に踏み切る可能性は、否定はできない……」


…だよね。それは有り得るよね。


部屋が重苦しい空気に包まれると、それを破るように星谷さんが口を開いた。


「その可能性も含めて、弁護士には対応してもらいます。容疑者にカナを告訴する権利があるのなら、こちらも持ちうる権利を最大限に行使してカナを守ります。決して思い通りになどさせません。そのために優秀な弁護士の方とパイプを作っているのです。告訴合戦になったとしても、受けて立ちます」


きっぱりと言い切った星谷さんに、波多野さんが苦笑いをしながら応える。


「いやほんと、こういう時は心底頼もしいな、あんたは。迷惑掛けるかもしれないけど、その時は頼りにしてるよ、ピカ」


すると田上さんも、縋るみたいに星谷さんのことを見て、


「お願い、カナのことを守ってあげて…!。お願い、ピカぁ……」


って。


まったく。よりもよってこんな時に田上さんを狙うとか、その痴漢とかいうのも本当にとんでもない奴だと思ってしまった。


そもそも、どうしてそんなことができるんだろう。まだ明るいうちの公園の中だよ?。最近は公園で子供が遊んでると『五月蠅い』とクレームがつくからって子供もあまり公園で遊ばなくなって人目が少なくなってるとは聞いてたけど、まさか公園で痴漢しようとか考えるのが出るほど誰もいないようになるとは思わなかった。時期的に寒くて余計に公園に人がいなかったともいうのもあるかもしれないけど。


だけどそれ以上に、こんな風に逮捕されたら、自分の人生も家族の人生も滅茶苦茶になるんだよ?。波多野さんの家庭はそれこそ滅茶苦茶になった。去年、下着泥棒が捕まった時も、容疑者の親戚だったっていうだけで、小学4年生の女の子が転校までしなくちゃならなくなった。


そんなことになるんだよ。なのにどうして痴漢なんかできるんだよ?。自分だけは捕まらないとか思ってるのかな。


本当にもう、訳が分からないというのが正直なところだった。



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