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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百三十二 文編 「居心地悪い集まり」

「あ~、あの旅館ってやっぱりいいなあ~。ほんとほっこりするぅ~」


夕方、山仁やまひとさんのところに行くと田上たのうえさんがそう言ってすごくゆるんだ顔をしてた。そう言えば今日、久しぶりにあの旅館の予約が取れたってことでみんなで行くって言ってたな。リラックスできたんだな。


そんな様子を見て僕もホッとした。


一方、星谷ひかりたにさんはというと、やっぱりまた顔が赤くて俯き加減だった。いつもの凛々しい彼女の姿はどこにもなかった。


「今日はヒロ坊に背中を流してもらったんだよね~」


波多野さんが少し悪戯っぽい顔で星谷さんに向かってそう言った。すると耳まで真っ赤にして俯いてしまった。


「私のために予約取ってくれたんだろうけど、そうやってピカにとってもいい思い出になってくれたらいいよ」


頭から湯気まで上がりそうな星谷さんの様子に、田上さんがどこか嬉しそうに微笑んでた。


本当に、束の間でもいいからこうやってほのぼのとできる時間があるっていうのは大事だなって思ってしまった。あんなに険しい表情になってた田上さんが、すごく朗らかな感じになってるんだ。それを見てる僕たちも心がほぐれるのを感じるくらいに。


肝心の、田上さんの弟さんらしい人物の書き込みもやっぱり止まってるらしかった。このまま収まってくれればいいんだけど。


田上さんが言う。


「あいつもさ、こんな風にほっこりできればあんなことしてないで済んだのかもしれないって思うとさ、可哀想かな~って思わないわけじゃないんだ。


だけど、今のあいつはここには誘えないよ。前の館雀かんざくって子の二の舞になるのが分かるもん。この場があんな風に荒れるのは嫌。


ここは私にとって大事な場所なんだ。あいつみたいのに踏み荒らされたくない」


その気持ちは僕にも分かる気がする。館雀さんのことでも分かるけど、僕たちが集まってるこの場所が持つ空気感みたいなものは、合わない人にはまったく合わないんだろうなっていうのも分かるんだ。きっと、嘘臭くて欺瞞に満ちてて負け犬同士で傷を舐め合ってるって感じにも見えるんだろうなっていうのは、僕も感じてる。


素の自分や、本音を曝け出せないとここには馴染めないんだろうな。そういう、他では得られない場所だから大切にしたくて気遣うし、気遣うことが苦にならないんだ。でも、そういうのが分からない人には、ここでは必ず結論として出てくる『お互いを大切にしたい』っていうのが薄気味悪く感じられるんだろうって。


昔の僕の目線で見たらまさにそれだから。


あの頃の僕はいきなりここに呼び出されても、いたたまれなくて心底居心地が悪かったんじゃないかな。


きっと、今、弟さんをここに連れてきてもそんな風に感じるだけなんだろうなって田上さんも思ってるんだって気がした。


残念なことだとは思う。でも、僕たちだっていきなりここに連れてこられたわけじゃない。知り合って、もっと詳しく話を聞きたい、聞いてほしいって思えばこそ来たんだから、他人がどう感じるかっていうことに目くじらを立てるのも違うって思うんだ。


他人の感覚に無理に干渉するのは、僕たち自身がされたくないことだから。自分がされたくないことを他人にするのは違うって気がする。


だから、そういう意味でも田上さんの弟さんをここに連れてきてみんなで寄ってたかってどうこうしようとは思わないんだ。そんなの、下手をすれば拉致監禁に洗脳ってことにもなりかねないし。僕たちはそういうのが嫌だからここにいるんだ。


目的の為なら手段を択ばないっていうのは、やっぱり違うんじゃないかな。


なんてことを僕は思ってたけど、会合そのものは旅館での楽しかったことについてみんながワイワイしてただけだった。


「あ~、久しぶりに私も行きたいな~」


玲那がそう言うと、絵里奈が、


「私も行きたいけど、さすがに今はそこまで余裕がね」


って。すると星谷さんが赤い顔のままで、


「もしよろしければ私がご招待という形で」


と言ってくれたけど、それには僕は首を横に振るしかなかった。


「星谷さんにはこれまでにもお世話になりっぱなしなんだから、そこまで甘えることはできないよ。さすがに高校生の女の子にね…」


これはもう、プライドがどうとか言う以前の問題だった。弁護士費用を立て替えてもらって、証人を探し出す費用も出してもらって、その上、旅館の代金までなんて……。絵里奈と玲那も、「ですね」「だよね~」と同調する。


「そうですか。山下さんがそうおっしゃるのでしたら無理にとは言えませんね……」


残念そうな星谷さんの表情が、何だか可愛く見えてしまう。普段、あまり見せない表情だからかな。


「ではまた今度、機会があれば私の別荘にご招待します。それなら承諾していただけますか?」


何だか少し上目遣いな感じでそう言われると、これはこれで遠慮しにくくて、


「はい、その時はよろしくお願いします」


と応えてしまった。


だけど決して嫌じゃない。本当は嬉しい。またきっと沙奈子も喜んでくれるし。


すると波多野さんが、


「私は遠慮はしないぜ~!。だって、ピカがあの旅館に行きたいのは、ヒロ坊と一緒にお風呂入りたいからだもんね~。そのためのダシに私たちを使ってるだけだもんね~」


だって。その瞬間、また星谷さんの顔が真っ赤に。


図星だったのか……。


ああでも、彼女にもそういうメリットがあって当然だよね。むしろ、そういう形でお返しできるってありがたいんだろうな。


田上さんも、


「そうそう。私のためだけじゃなくてピカ自身のためにもなってるから私も甘えられるんだよね。でないとさ、釣り合い取れないよ。今でも取れてないけど」


と笑顔で言う。みんなが星谷さんの恋を応援してるのが伝わってくる。自分も辛い状態なのに、本当にみんな、あたたかいな。


だけどこれも、僕が、この集まりがどうしてできたのかを知ってるからそう感じられるっていうのはあるんだろうな。その経緯を知らない人、その経緯とそれぞれの選択に共感できない人からすればやっぱり変にも見えるんだろうな。


そしてそれを攻撃する人もたぶんいる。館雀さんのように。


どうしてそんな風に他人を攻撃せずにいられないんだろう。他人の価値観を、選択を、そこまで馬鹿にせずにいられないんだろう。そんなことをして何を得られるんだろう。僕には分からない。


いや、たぶん、本当は分かってる。認めたくないからだ。自分が手に入れられないものを、自分にないものを認めたくないからだ。僕の中にもそういう部分はあった。ただそんな風に考えてる自分を見たくないから、自分が他人を妬んでるっていうこと自体を考えたくなかったんだろうな。


我ながら、よく、そんな状態からここまでになれたなって思う。けれど、それもみんな、沙奈子との出会いから始まったことなんだろうな。


沙奈子が僕を救ってくれたんだって、改めて感じる。



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