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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百三十 文編 「あれから一年」

痛いところを突かれると感情的になってムキになる人がいる。『そんなわけあるか!』って食って掛かってくる人もいる。だけど正直言って、そんなことをしてる時間がもう無駄だと僕は思うんだ。


そんなことをしてる暇があるなら、自分自身のことを振り返ってみようよって思うんだ。


こんなことを言うと、『説教くさい』って言われるかな。いや、きっと言われるんだろう。だけどさ、それを『説教』だと感じるってことは、身に覚えがあるってことなんじゃないかな。


僕は、自分に全く当てはまらないと感じることをあれこれ言われたってそれを説教だとは感じない。朝礼の時の校長の長話みたいな退屈な『無駄話』としか感じないんだ。だから何を言われても平気だけど、同時に頭にも入ってこない。会社での上司のイヤミと同じだ。


大事なのは『他人』じゃない。『自分がどうあるか、どうありたいか』なんだ。ネットで誹謗中傷や罵詈雑言や悪態を並べるだけの人間だけでいたいのか、それとももっと別の存在になりたいのか。


そういう意味で、僕は今までの自分じゃない自分になることを選んだ。意識して選んだんじゃなくて何となくそうなっただけかもしれないけど、少なくとも今までの自分でいいとは思わなかった。


もちろん何もかも変わろうとしてる訳じゃない。変えたい部分もあれば、変えたくない部分もある。そういうところについては、いつも自問自答してる。


僕は自分のどういうところが嫌で変えたいと思ってるか。


変えるとしたらどういう風に変えたいか。


それは変えられることなのかそうじゃないのか。


変えられることならどうやってい変えていくのか。


みたいなことを。


大きく変わったのは、こうやって延々と考え続けることができるようになったことかな。


以前の僕は、とにかく考えることを避けてきた。あれこれ考えるんじゃなく、とにかく何も考えないようにしてその場をやり過ごそうとしてた。


今でもそういう部分はある。それが会社で上司のイヤミを聞き流すことに役立ってる。でも同時に、考えられることは考えるようにもしてる。


そうやって自分に言い聞かせてるんだ。


そしてそれが、沙奈子や絵里奈や玲那を受け入れることに役立ってる。それでもいつも不安で戸惑ってる。どうしたらいいのか迷ってる。だからまた考える。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。たとえ他人にとってはどんなに理解できないことでも、馬鹿馬鹿しいことでも、価値のないことでも、反感を買うようなことでも。


必要なことだと思えば、僕は考えることをやめない。


僕にはそれしかできないから。それが僕のやり方だから。


沙奈子と一緒に暮らし始めるまでの僕は、一人だから何も考えなくても良かった。だけど今は違う。沙奈子がいて、絵里奈がいて、玲那がいて、僕じゃない誰かを守る為には、何も考えない感じないようにするだけじゃダメだってことを知ってしまったんだ。だからこそなんだ。


それは、沙奈子も絵里奈も玲那も同じなんだと思う。


沙奈子はとても大人しくて無口で表情も乏しくてって他人には見えてるんだろうな。だけどあの子の中では、とてもいろんなことが渦巻いてるのを僕は感じるんだ。いずれあの子が成長して、自分が考えてることを上手く表現出来るようになったら、きっと僕以上にいろんなことをずっと考えてきたんだろうっていうのが分かる気がする。


絵里奈もそうだ。彼女もいつもいろんなことを考え続けてる。


そして玲那も。


だからこそ僕たちは噛み合うんだ。こうやってとてもたくさんのことをいつも考えてるから。


スマートなやり方じゃないし、そういうのを気持ち悪いとか感じる人もいると思う。でもそれが僕たちなんだからしかたない。他の人たちがどう感じるかとかどういう風にしてるかとか、僕たちには関係ない。これが僕たちのやり方なんだ。


山仁やまひとさんも同じタイプだと感じてる。だからその娘さんのイチコさんもよく似た感じだから同じだろうな。星谷ひかりたにさんに至っては僕たちとは次元の違うところでいろいろ考えてる気がする。波多野さんも、田上たのうえさんも、そして鷲崎わしざきさんも。


内容や考え方は違ってても、いつも自分はどうすればいいのかっていうのを考えてると思うんだ。




玲那がすっかり落ち着いた頃、沙奈子と絵里奈が戻ってきた。すると、僕と玲那を見た絵里奈が言った。


「カップルにも見えるけど、やっぱり父と娘にも見えるね」


って。それは今の僕と玲那にとっては一番の褒め言葉って感じかな。


「そう見えるのは嬉しいよ」


僕が応えると、玲那も、


『へっへ~、羨ましいだろ』


と嬉しそうに笑いながらメッセージを送ってきた。


そんな僕たちを、沙奈子が穏やかな表情で見守ってくれていた。


そして、沙奈子と絵里奈が席に着いた時、絵里奈が沙奈子を見詰めながら静かに語りだした。


「もうあれから一年なんですね……」


その言葉だけでピンとくる。沙奈子は自分の左腕を掴んでた。


そう、『あれ』から一年。この子の左腕に今も残る傷を負う原因になったあれから……。


思えばあの児童相談所での一件からいろんなことが立て続けに起こった気がする。本当に大変な一年だった。それでも、そういうのをきっかけに僕たちは家族として一層強く結びついたんだ。絵里奈と結婚できたのも、玲那と養子縁組をできたのも、結局はそれがきっかけだったからね。


苦しかったのは事実だし、あんなことがなければその方が良かったと思う。あれがなくたっていずれは絵里奈とも結婚してただろうし。あのことがある前から絵里奈は婚姻届を用意してたんだから。


結果さえ良かったら途中に何があっても良いなんて思わない。結果的に良かったって考えるのは、起こってしまったことをなかったことにはできないから、受け入れるしかないから、それをどうやって納得すればいいかって考えればこそのものなんじゃないかな。辛いこと苦しいことなんて、なければそれに越したことはないんだよ。


「沙奈子…。僕は沙奈子の父親になれたことを嬉しく思ってる。沙奈子が僕のところに来てくれて本当に良かった。ありがとう……」


沙奈子の目を真っ直ぐに見詰めながら、僕はそう言った。そんな僕に、絵里奈と玲那が続く。


「沙奈子ちゃん。私もあなたのお母さんになれたのが本当に嬉しい。あなたのおかげで今の私があるの。あなたが私を育ててくれたんだよ」


『私も沙奈子ちゃんと出会えたことでいっぱいいっぱい嬉しいことがあった。そりゃ大変なこともあったりもしたけど、こうしてみんなが一緒にいられるのは沙奈子ちゃんのおかげだもん。ありがとう』


僕たちの言葉に、照れくさそうにちょっともじもじとしながら沙奈子は頷いた。左腕にはまだ傷痕がうっすらとは残っているけど、もう、あのことはこの子の中ではそれほど大きな傷ではなくなってるんだろうなっていうのも感じたのだった。



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