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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百二十九 文編 「自分が何をしてるのか」

玲那は今でも、お客の一人一人を探し出して復讐して回りたいという気持ちも抱えてるって言う。


それは当然だと思う。それくらいのことをこの子はされてきたんだから。


だけど本当にそんなことをしたら、この子はもう取り返しのつかないくらいに壊れてしまう気がした。玲那は、心が壊れることもなく人の命を奪っていけるような子じゃない。そんなことになったら、この子は、玲那の姿をした別の『何か』に変わってしまうんじゃないかな。


『ごめん。落ち着いた。ありがとう、お父さん』


しばらく経ってようやく落ち着いてきて、そうメッセージを送ってきた。こういうことはこれからもきっとあるだろう。沙奈子も、人に怒鳴られたりすると体が委縮してしまったりする。フラッシュバックというやつかもしれないけど、一生付き合っていく覚悟も必要なのかもしれない。


だから、もし、この子と結婚とかするのを考えてる男性が現れても、これも含めて受け止めてくれる人でないと任せられないと思った。そういう人が現れてくれたらいいな。


毎日毎日、いろんな問題と向き合いながらも、僕たちは満たされた時間を過ごせてると思う。もちろん本当に何もない平穏無事な毎日を送れればそれが一番なんだけど、もしそうじゃなくても幸せな時間は過ごせるんだっていうのを忘れずにいたい。


僕は、沙奈子や玲那や絵里奈と一緒にいられることが一番幸せだ。そう言って自分に自己暗示をかけてるようにも他人には見えるかもしれないけど、でも何を幸せと感じるかはやっぱり人それぞれなんだもんな。これが僕にとっては幸せだというのは事実なんだよ。


「玲那。愛してる。こうして一緒にいられるのが何よりだよ……」


当たり前のようにそういう言葉が出てくる。昔の僕なら考えられないことでも、今の僕にとっては必要なことなんだな。


『うん。私も愛してる。大好き』


こうやって何度も口にしたり言葉にすることで安っぽくなるって思う人もいるかもしれない。だけどこうやって何度も何度も確かめることが必要な場合もあると思うんだ。だから僕は何度でも言うんだ。


沙奈子や玲那や絵里奈みたいなタイプを『面倒臭い』って感じる人もいると思う。でも僕はそうは感じない。少なくとも沙奈子も玲那も絵里奈も他人を思いやることのできるタイプだから、ただ自分だけが一方的に守られたいっていうのとは違う。助けを必要としてるのと同時に、誰かを助けることのできる人間なんじゃないかな。そういう人をただ一面だけ見て『面倒臭い』と切り捨ててしまう人とは、逆に関わらない方がいいのかも。


そういう人って、他人をいいように利用したいだけだろうし。


相手に何かを求めるのなら、自分から何かを提供する必要があると思う。それがお金とかだったら分かりやすいとしても、気遣いだったり想いだったりすると目に見えないし形にもできないから、本当に感覚の問題になるんだろうな。


僕たちはそれが合ってるんだろうな。


そんな僕たちがこうやって出会えたっていうのがすごいよ。こんなことがあるんだって思う。ただ、そのきっかけが虐待とかだったりしたのがね……。


沙奈子が僕のところに来ることになったのも、


絵里奈が香保理かほりさんと出会い、玲那と出会うことになったのも、


結局は虐待を受けてたっていう事実が背景にあるんだっていうのが悲しい。そういうことがあったからこそ出会えたんだけど、そういうことがなければ出会えなかったのかもっていうのが苦しい。


人生って、どうしてこんなに皮肉に満ちてるんだろう。


それを思うと虚しさも感じてしまうけれど、結果としてその中でも幸せを掴むことができるのなら、人生を諦める必要もないっていう風に捉えることもできるのかな。


そうだよ。沙奈子だって玲那だって、大きく捉えれば僕や絵里奈だって、人生を諦めて自暴自棄になってしまったって何もおかしくなかった気もする。他人を恨んで社会を恨んで世の中を恨んで何もかも壊してやりたいって思ってしまってそれを実行してたって不思議じゃないんだろうな。それがそうならずにいられてるのは、こうやって出会えたからなんだ。それまでは辛くて苦しいばっかりでも、そこから先は違う場合だってあるっていうのをこうやって確かめられたんだ。


それこそが大事なんだろうな。


自分が辛くて苦しいからって他人を罵って傷付けて苦しめてそれで少しでも自分を慰めようとするなんて、そんなことしてたら僕たちはこうして家族になることはできなかった。そんな人にまで手を差し伸べられるほど僕たちの器は大きくない。


自分が救われたいと思うのなら、自分が誰かを救えるようになるしかないんじゃないかな。どんな人でも救えるようになれなんて、それができない僕たちには言えないけど、せめてわざと他人を傷付けようとしないくらいのことはできるんじゃないかな。そういうところから始めるべきなんじゃないかな。


他人を傷付けようとしてる人間を救おうと思えるほどの器が自分にないんなら余計にさ。


田上たのうえさんの弟さんもそうだ。同級生の子を罵ってる彼を積極的に助けようっていう気にはなれない。田上さんの弟さんだからまだ気に掛けることはできても、本当にどこの誰かも分からない人間だったら、それこそ今回みたいに絡まれて追い詰められていったともしても僕たちには関係ない話だと思ってしまう気がする。


『自分が招いたことだろ?』って切り捨ててしまう気がする。


そうやってわざわざ自分から他人から見捨てられるような人になることに何の得があるんだろう。他人から見てどうでもいい人間になって存在感もなくなって毒にも薬にもならない無味無臭な存在になって『幽霊』とまであだ名された僕でさえ、ほとんどの人から手を差し伸べてももらえない人間だったんだ。それに加えて『他人を罵るような奴』なんて、誰が力になってあげたいと思ってくれるのか分からない。


それで、『世間は冷たい』だなんて、それこそ何言ってんだろうって思われないかな。


自分が誰からも見向きもされないのも、救ってもらえないのも、自分が招いた結果ってことはないのかな。それで他人を恨むとか、八つ当たりもいいところじゃないかな。


沙奈子も、玲那も、絵里奈もそんなことしないよ。一時的に感情的になってしまうことはあっても、そんな自分をちゃんと反省もできるよ。だから僕は一緒にいることができる。もちろん僕も、わざわざ自分から誰かを傷付けようとは思わない。『あいつが悪い』って言い訳をして自分を正当化しようとも思わない。そんな僕だから沙奈子も玲那も絵里奈も一緒にいてくれるんだと思う。


他人のせいにする前に、まず自分が何をしてるのかを考えなくちゃって、僕は思うんだ。



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