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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百二十八 文編 「復讐を果たせなかったから」

火曜日から金曜日までは、また大きな変化がなかった。田上たのうえさんの弟さんのものとみられてるアカウントは沈黙したままで、何も動きがなかったそうだ。


「家でも割と落ち行いた感じかな。諦めたのかなって気がする」


会合の中で田上さんがそう言ってた。それに対して星谷ひかりたにさんが、


「アカウントを乗り換えた可能性も含めて、現在は経過観察中です。フミの弟さんご自身のものと確認されている本来のアカウントの方では、相変わらず当たり障りのない呟きが続いてるだけですね」


と説明してた。


「何にしても世の中ってのはいろんなことが起こるってことだよね。ああやって絡まれたことがフミの弟くんが何かを気付けるきっかけになってくれたらいいんだけど」


波多野さんが腕を組んで頷きながら言葉を漏らす。


「確かにそうですね。


私としては可能であればフミの弟さんの学校にカウンセラー役となる人材を派遣したいとも考えていましたが、残念ながら適当な人材に行き当たらない状態でした。今回のことが良い方向に動いてくださるのでしたら私としても助かります」


との星谷さんの言葉に、その場にいたみんなが呆気にとられた顔になった。


「カウンセラーを派遣するって、あんたホントにそういうこと軽く言うね。いや、あんただったら考えててもおかしくないし実行しそうだけどさ。そこまでいったら陰であれこれ暗躍してるフィクサーだよ、フィクサー。完全にボスキャラじゃん」


軽く困惑した表情で波多野さんが苦笑しながら言う。でも、波多野さんの言いたいことも分かる気がする。


友達の弟さんが道を踏み外さないようにする為にその学校に、彼の為だけのカウンセラー役の人間を派遣しようとか、普通は思い付いても実行できないことじゃないかな。それを星谷さんは、人員の選出まで考えてたってことなのか……。


星谷さんは本当にどこを目指してるんだろう。彼女の目には何が見えてるんだろう。きっと彼女にとって世界は、僕たちが感じてるのとは全く違って見えてるんだろうなとさえ思ってしまった。




そんなこんなで土曜日。今日はまた、人形のギャラリーに行くことになった。玲那のことがあるからどうしても『ここなら大丈夫だろう』っていう場所をローテーションすることになってしまう。その中で水族館はかなり冒険してる部類に入るかな。新しい事件が次々起こるからか、今ではネット上でもあまり話題になることがなくてけっこう忘れられてる感じがあるからっていうのもあって、正直、毎回少し冷や冷やしながらも行けてるっていうのはあるんだ。


それで思うと、人形のギャラリーはあまり人も多くなくて、完全に人形に興味があってそれだけを目当てに来てる人が殆どだから他人に興味がない感じがあって、そういう意味では安心感があった。誰も玲那の顔とか見ようともしないんだ。


別人メイクはすごく綺麗で、どちらかと言えばボーイッシュな印象もある素顔の玲那や、香保理かほりさんが自らを鼓舞するためにやってたらしい派手で押しが強い印象のそれに似せてやってたメイクに比べて、それこそ絵に描いたみたいな『大人の女性』っていう顔つきになってた。でもその分、男性を中心にちらちら見られることが多いから、いつ気付かれるかという不安もあったりする。それがないだけでもすごく気が楽だった。


もうすっかり定番の形になった、沙奈子と絵里奈がギャラリーの方を巡って僕と玲那は喫茶スペースで二人を待ってるってことしにして、寛ぐ。


ただそこでも、話題はついつい田上さんのことになってしまってた。


『フミの弟くんのことだけどさ、ホント、このまま大人しくしててくれたらいいね』


玲那のメッセージに僕は頷く。


「うん。僕もそれを願ってる。田上さんはいっそ弟くんが訴えられてしまった方がすっきりするって思ってるみたいだけど…」


『あ~。それはあるね。


でもフミの気持ちも分かる気がするよ。あのまま同級生の子に対して誹謗中傷とか罵詈雑言とか並べ続けてたらマジでその可能性もあったわけだし、だったら相手に訴えてもらって自分が間違ったことをしてるってのを思い知らせてくれた方がって考えちゃうのも分かる』


「そうだね。その方がマシかもしれない。だって、最悪の事態となれば、相手の子がそれを苦に自殺とかいう可能性だってあり得るからね。そんなことになるくらいなら、取り返しのつかないことになる前に訴えられた方がいいって気はする」


『まさにそれだよ。実際、イジメを苦に自殺する子のニュースって後を絶たないじゃん?。私もそれが心配だった。


死んじゃった後じゃ、どうやったって責任の取りようがないんだよ。


私も、あの人のことは恨んでるし本音では『いっそ死んで!』って思ってたけどさ。


でも、同時に、私が刺したことで死ななくてよかったとも思ってるんだ。


私がこの手で殺しちゃったってなったら、さすがに執行猶予までついたとは思えないし、それよりなにより、『人を殺した』っていう事実に耐えられたかどうかまったく分からない。


もし、あの時、あの人が死んじゃってたらって思うとさ、今でも体が震えるんだ』


そうメッセージを送ってきた玲那の顔は、本当に何とも言えない表情になってた。恐怖なのか不安なのか、いろんな感情をごちゃまぜにして何も引かないでごった煮にしたみたいな……。


しかも、本当に体が微かに震えてるのが分かる。


だから僕は、スマホを握り締めた彼女の手を包み込むようにして握ってた。


「玲那…。大丈夫だよ。大丈夫。落ち着いて……」


玲那の実のお父さんは、玲那に刺されたことで病気が判明して、その病気が原因で亡くなった。玲那に刺されたせいで亡くなったわけじゃない。僕もそれがせめてもの救いだと思ってる。今のこの様子を見るだけでも、実のお父さんがあの時点で亡くなってたらそれこそ玲那は壊れてしまってたかもしれないって気がしてしまう。


そう、復讐を果たせなかったからこそ、この子は救われてるんだ。


たとえ、世の中の人間がこの子のしたことを『正当な復讐劇』だと肯定したとしても、そんな風に無責任な赤の他人が復讐劇を楽しむためにこの子が壊れてしまうのなんて考えたくもない。この子は人の命を奪ってそれを正しいことだと言って平気でいられるような子じゃないんだ。


青い顔をして、唇を噛み締めて、自分の中に湧き上がってくる何かに必死に耐えてる玲那の手を、僕はしっかりと掴んでた。どこかに流されてしまわないように、壊れてしまわないように……。


普段は、絵里奈がこの役目をしてくれてるんだと思う。いつもこの子の傍にいて、不安になったり苦しくなったりした時にこうやって支えてくれてるんだと思う。だからこうやって一緒にいられる時くらい、僕がそれをするんだ。



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