五百二十六 文編 「自分の所為で」
月曜日。仕事を終えて山仁さんのところに行くと、また田上さんの弟さんの書き込みが表示されてた。
『なんだよ!他にもやってる奴いるだろ!?なんでそっちはほったらかしなんだよ!?』
『交通違反で摘発された人間のテンプレセリフだね。ただ単に君の順番が来ただけだよ。それともそんな覚悟もないのにやってたのかな?』
『あ~クセ、クセェwwwwwwwwww』
『だから覚悟があったのかどうか聞いてるんだけどな』
『それしか言えないのかよwwwwwwwwww』
『うん。分かったから覚悟があるのかどうか答えて?』
『はいはい分かった分かったwwwwwwwwww』
『それで?答えは?』
『wwwwwwwwww』
『なぜ答えてくれないのかな?』
そこでいったんやり取りは終わって、また別のアカウントから。
『君はしつこくNっていう子のことをこき下ろしてたよね?自分はそういうことしてたのにどうして自分がしつこくされるのが嫌なのかな?』
『しつこくされて嬉しい奴がいるかよwwwwwwwwww』
『え?じゃあ自分がされて嫌なのにやってたのかな?』
『Nが悪いんだからあいつの方へ行けよ!』
『その子が悪いかどうかじゃなくて、僕は君に聞いてるんだよ?なぜ答えてくれないのかな?』
というやり取りがやっぱり延々と続いていた。玲那の言うとおり、その様子からは手慣れた感じが窺える。相手の挑発に乗らずに、相手が嫌がる質問をただ続ける。これは相当、やりにくいだろうな。
それを見た玲那が言う。
「あ~。こうやって冷静を装うのもいるけど、そういうのって挑発を繰り返されると結局はまた言葉遣いが荒れるんだけど、これはそうじゃないみたいだね。厄介だよ~。一番相手にしたくないタイプ」
しみじみとした感じで腕を組みながらうんうんと頷く玲那に、絵里奈が苦笑いしているのが見えた。玲那ってば何だかんだとネットでやり取りしてたんだろうなっていうのが感じられた。
「玲那さんのおっしゃる通りですね。フミの弟さんと思しき人物がどれほど挑発しようともこの調子で淡々と返すだけです。
ネットに強い探偵から聞いたのですが、感情的になって相手を罵るタイプは実は扱いやすいんだそうです。反応がパターン化されているので。また、感情的なので発言に一貫性がなく、矛盾を突くことも容易で、そして矛盾を突かれた時もその場限りのいい加減な答えを返すか、質問には答えずに話を逸らそうとするかの二つに一つというのがほとんどなのだとか。
これは、ネットに限らず直接顔を合わせていても通じるところがありますね」
なるほど。言われてみればそうかもしれない。そんな風に感心してるところに、田上さんが口を開いた。
「その辺りの細かいところは私はよく分からないけど、とにかくあいつが反省してくれたら何でもいい。
結局さ、そのやり取りの中でも指摘されてたけど、自分がされて嫌なことをやってるんだっていう自覚がないんだって思った。そういうのを私の両親はあいつに教えてないんだって改めて思ったよ。
そう言えば、私もそんなこと両親からは教えてもらってない。よく言われることだし学校でも先生がそう言ってたりしたけど、あの二人からそんなの聞いたことがない気がする。親なら当然教えてないといけないことをあの人たちは教えようともしなかったんだよ。『言わなくても分かれ』って言いたいのかもしれないけど、そんなの、手抜きしてる人間の言い訳だって気がする。
それどころか、お母さんなんて、親戚に対してやったことみたいに、率先して相手が嫌がることするんだよね。しかも相手が嫌がってるのが分かるとすごく嬉しそうに余計にやる。あんな親を見てたら、子供だってそういうのやってもいいんだって思って当たり前って気がする。
私はそれでもイチコたちと知り合えたことでそんなのは良くないって思えるようになったけどさ、あいつはそうじゃないんだね。イチコたちみたいな人に出会えてないんだ。
だよね。あいつは自分からイチコみたいな人を遠ざけてるんだもん。あんなことしてまともな人が寄り付かないようにして、それでちゃんとした人と出会えるわけないよ。あいつがイチコみたいな人と出会えないのは、あいつのせいだよ。
ホントバカな奴……」
吐き捨てるみたいにしてそう言った田上さんの表情は、でもどこか寂しそうだった。弟さんのことをもう見捨ててるようなことを言ってても、でもまだどこか諦めきれないっていうのも正直な気持ちなんだろうな。
僕だって、兄のことは見捨ててる部分もある。今さらどうなったって知ったことじゃないっていうのは本音だった。だけど、何か救われる方法があるのなら、何か奇跡でも起こってくれるのならって思ってしまうのも本音なんだ。
でもそんな都合のいいことは起こらないって思ってるのもホント。だから諦めようとしてる。
それでも、完全には割り切れないんだ。難しいよ……。
火曜日から木曜日まで、田上さんの弟さんと彼に絡んでくる人とのやり取りは続いてたらしかった。田上さんももう第三者的に成り行きを見守ろうっていう気持ちになれてきたらしい。
でも金曜日、星谷さんが言った。
「昨日の夜から、フミの弟さんのサブアカウントらしきアカウントでの発信が止まっています。発信をやめたのか、または別のアカウントを取ったのか、それはまだ確認が取れていませんが、これまでの流れを見る限り、相当、参っているようですね」
確かに、少し泣き言っぽいコメントが増えてきてた気がする。でも、あれだけ絡まれたら当然かな。
田上さんが言う。
「家でもかなり苛々した感じだったな。まあそれは以前からだけど、さらに一層って感じもある。もしそれであいつが何かしようとするんなら、即警察に通報してやろうと思って用意してる。
正直言って事件起こしそうなのが家にいるっていうのはすごく不安だけど、あいつが事件を起こしてくれるのを期待してる自分もいるんだよね。それであの家が滅茶苦茶になったら私、手を上げて万歳してしまいそう」
家族が事件を起こして家庭が滅茶苦茶になるのを期待するっていうのは、田上さん自身の『闇』が相当なレベルにあるっていうことだって気もする。
そんな田上さんに向かって波多野さんが少し悲しそうな顔をして言った。
「フミの気持ちも分かるよ。私も兄貴が事件を起こすまではそんなことを思ってた部分もある……。
けどさ、実際に事件を起こされると、きっついよ~。想像してたよりもかなりきつい。うちの場合はホントに全く関係ない人に被害がいっちゃったから余計にさ。
なんか、自分の所為でそんなことになっちゃったんじゃないかって気もしてくるんだ……」




