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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百二十二 文編 「慎重と諦観」

『私はいずれ、会社を経営することになるでしょう』


さらっとそう言い切って、しかもまったく違和感を感じない辺りがまた、星谷ひかりたにさんらしいと感じた。きっとその通りなんだと思う。そう遠くないうちに会社を興して今よりもっと大きなことをするようになるんだろうなって、当たり前に思えた。


僕たちはそういう現場に立ち会ってるのかもしれないと思うと、なんだか緊張してきてしまう。まさかそういう人とこうして何気ない感じで話をするなんて、想像もできなかった。


星谷さんが続ける。


「人間が増えすぎたことで地球に対する負荷が大きくなりすぎ、様々な問題が生じていることは事実です。しかし、先進諸国においては軒並み少子化の問題を抱えているというように、ある程度の安定した社会になれば結果的に人口は減る傾向にあると思います。


もちろん、今の日本の生活レベルを維持するために必要なエネルギーや資源は非常に大きなものでありそれがまた地球環境に負担を強いているのも事実だと思います。ですがそれは適切な人口にまで減ることで解決できる問題だとも私は考えます。


意図的で急激な人口減少は社会を崩壊させかねないので好ましくはありませんが、今後、百年単位で緩やかに社会を縮小させていければ、やがて地球が持つキャパシティとの折り合いが付けられるレベルにまで落ち着くことができるのではないでしょうか。


現時点では私のこの考えも机上の空論に過ぎないことも承知しています。しかし私はこれを実現するために努力したいと考えています。これこそが、ヒロ坊くんの言う『世界を救う』手段だと私は思うのです。


これまでの人間社会は拡大することで大きな利益を生むことを目的としてきました。これからは、暴走とさえ言える拡大路線から、緩やかな縮小と共に社会を成熟させることを目指すべきではないでしょうか。


拡大することでしか成長しないという常識に囚われてきたこれまでの価値観から、敢えて縮小することで成熟するという方法を探ることが今後は求められると思うのです。私はそれを目指します。私の代で実現できなくても、それを引き継いでくれる人材も育成しつつ、諦めずに努力することを考えています」


淡々と語る星谷さんだったけど、彼女の言ってる内容は、僕たちには到底、及びもつかないものだと思った。もう今の時点でそれだけ具体的に自分が目指すべき方向性を明確にしてるとか、つくづく次元が違うと感じてしまう。


でもそれも、人間が持つ能力の一つなんだろうな。適性を持ってるかどうかはそれぞれでも、こういう風に考えられるからこそ人間はこんなに増えることができたんだろう。状況に合わせて環境に合わせてその場その場で必要なことを生み出すことで。


人間が増えすぎたことで環境が破壊されてるというのなら、今度はそういう危険について対処するのに必要なものを生み出していくことができるのも人間なんだろうな。


なんて、思いがけず壮大な話になって僕たちはちょっと呆気にとられてしまってた。


「星谷さんならそれができそうな気がする。僕たちには無理でも、星谷さんならって。その時、僕たちに何ができるか分からないけど、ちょっとでも力になりたいと思うよ」


「うん。私もお父さんと同じ。ピカの力になりたい。精神的なことでしか力になれないかもしれないけどさ」


やっとのことでそれだけを言った僕と玲那に、星谷さんは「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げてくれた。すごいことを考えながらでもそれができるのが彼女なんだな。


だけどさすがに話についていけそうにないから、身近な話題に戻させてもらおうと思った。すると玲那が僕より先に口を開く。


「なんて、世界を救う話も大事だけど、まずは自分たちの足元からってことで、フミの弟くんのことだけどさ、実際のところどうなのかな。態度を改めそうな気配があるかどうか、ピカはどう見る?」


僕がやりたかったことをスパッとやってくれた玲那に、僕は思わずホッとしてた。すると星谷さんもすかさず合わせてくれる。


「はい、現時点では必ずとは言い難いですが、その可能性も有り得なくはないと感じます。事実、ネット上のやり取りを見る限り、自身の不利をある程度は理解している様子も見受けられます。


今回の件につきましては、私たちには思いもよらない方法でのアプローチとなりました。正直、私もネット上で他の方とこのようなやり取りをするということには慣れていませんでしたので。


私自身、ネット上には『議論』と言えるものがあまりないという印象があったのも事実です。ただ相手を罵り、蔑み、貶めることだけが行われているのだと思い込んでいました。こういう風に相手を諭そうとするというのがあるとは知らなかったのです。自身の未熟さをまた痛感させられました。一部だけを見て分かったつもりになっていたことを反省しなければと」


「あ~、でも、それは私も同じだよ。こういうのってほんの一部の人がやってることなのかと思ってたら、割とあることなんだね。『煽り叩きはネットの華』とかっていうのも変わりつつあるのかな。有名な某匿名掲示板さえ無くなっちゃったりするくらいだし」


「らしいですね。やはり変化というものはどんな時でもどんなところでもあるということなのでしょう。むしろ、変化できないものは環境に適応できずに淘汰されていくのだと改めて実感しました」


「うん。玲那の件でも感じたけど、ネットって怖いものだっていうのと同時に、まだできて間もない、どう使っていけばいいのかよく分かってない新しい道具なんだろうなっていう気もしたよ。だからみんな、試行錯誤してる。その過程であまり好ましくない使い方もされたりもしつつ、やっぱりそれじゃマズイって思うのも人間なんじゃないかな」


「はい。不具合の部分だけを見て『悪』と決め付けてネットを断罪するのも好ましい行為ではないと私も再確認できました。ネットはあくまで道具でしかありません。核物質を爆弾に使うのも発電に使うのも人間なのですから。その中で不幸な出来事もありましたが、その災禍を教訓として活かすことができるのもやはり人間なのでしょう。


人間なんていつまで経っても成長しないと嘆いているだけでは変わりません。努力をしない人が言う『無理』に意味があるとは思いません。慎重と諦観は違うのです。フミの弟さんのことについても、私にできないことをやってくださる方がいるということが確認できました。私ができないからといって誰にもできないわけではないのです。


この世にはまだまだ可能性があるというのを実感します。玲那さんの『声』を取り戻す研究についても、私にできないことをできる方に協力していただくことで実現に向けて動いているのですから」



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