五百十五 文編 「家族の作り方」
「沙奈子ちゃんと出会えたことは、私にとっては本当に宝物だって思う。だから私は、沙奈子ちゃんと、玲那と、達さんとの家庭を守りたい。
たぶん、世間的にはこういうのを『愛』って言うんでしょうね。でも、私の実感としては、どちらかと言えば『欲望』っていう気がする。
私は、この世の全ての人を幸せにするなんてできないし、自分が許せないと感じてしまった人の幸せまでまで願えるほどの人間でもない。沙奈子ちゃんと、玲那と、達さんさえ幸せだったら他の人なんてどうでもいいって思えてしまう人間なの。そんなの、『愛』じゃないと思う。
だけど、今、私の周りにいる人たちと出会えたことで、沙奈子ちゃんや玲那や達さんが幸せでいるためには身近な人が不幸だったらダメだっていうのが分かったの。だから今は、私たちに直接は関係のない人たちにも幸せになってほしいと思ってる。それは、私たちが幸せになるために必要なことだから。
達さんや玲那とたくさんたくさん話し合ってきて、私のイヤな部分とかダメな部分とかもさらけ出して、私はたくさんのことを理解したのよ。私の知らなかったこと、考えさえしなかったこともたくさん知ったの。
人と人とが一緒にいるっていうのはそういうことだって実感した。上辺だけで馴れ合って、気遣ってるふりをしながら実は相手のことを何も考えてないなんて、そんなのはただ同じ場所にいるっていうだけで、『一緒』とは言わないって思うの。
だから沙奈子ちゃんに聞きたい。沙奈子ちゃんは今、無理はしてない?」
寄り添うように僕の隣に座った絵里奈が、僕と玲那越しに沙奈子にそう問い掛けた。唐突で、普通は5年生の女の子に語りかけるような内容じゃなかったかもしれない。でも、僕たちは元々『普通』じゃない人生を送ってきたんだから、そういう意味では普通じゃなくて当然なんだろうな。
しかも、そんな絵里奈の問い掛けに、沙奈子は動じることもなく答えた。
「うん。大丈夫。一緒にいられないのは寂しいけど、我慢できないほどじゃないよ。だって私が中2になったら一緒に住めるんでしょ?。それまでだったら我慢する」
それが本心からのものだっていうのは、分かる気がした。この子はずっと、たくさんのものを我慢してきた。耐えてきた。それに比べたらって思ってるのが分かってしまった。
「私、お父さんとお母さんとお姉ちゃんが仲良くしてるのがいい。みんなが仲良くしてるとこにいたい。ケンカはイヤ。見たくない……。
前のお母さんは、前のお父さんとケンカしたら私のことを叩いてきた。その前のお母さんは、タバコを押し付けてきた。その前のお母さんは、ご飯をくれなかった……。
ケンカはイヤ…。でも今のお父さんもお母さんもお姉ちゃんもケンカとかしないから嬉しい……」
それは、こんな風に公園のベンチに座って話すような内容じゃなかったのかもしれない。でも、今、この時、沙奈子が話したいことだったんだと思えば、それに耳を傾けたいと素直に思えた。
玲那が、沙奈子を抱き締める。抱き締めたまま、スマホを操作する。
『そうだよ…。イヤだよ。ケンカしてるの見るのなんてイヤだよ…。私も見たくなかった…。だから私、ケンカとかしたくない。ケンカしてる自分を見るのもイヤ』
僕のスマホに届いたのと同じメッセージが表示された玲那のスマホの画面を覗き込んで、沙奈子は何度も頷いた。
沙奈子が言った何人もの『お母さん』は、たぶん、それぞれその時、同じ家に暮らしていただけの女性なんだろうな。と言うか、沙奈子を連れて兄が転がり込んだ女性の家なのかもしれない。そこで何度も酷い目に遭わされて、それでもこの子は耐えてきたんだ。
玲那が経験してきたことに比べればまだマシなのかもしれない。そんな風に感じる人もいると思う。でも、田上さんの事情もそうだけど、どっちが酷いとかマシとかそういう問題じゃないんだ。その渦中にいる本人にとってはどれも等しく地獄のような苦しみなんじゃないかな。
また絵里奈が言う。
「ホント、酷い大人もたくさんいるよね…。私も大人の一人として本当に沙奈子ちゃんに謝りたい。本当にごめんなさい……。
だけど私は沙奈子ちゃんのことを大切にしたい。頼りないかもしれないけど、立派じゃないかもしれないけど、沙奈子ちゃんと一緒に成長したいと思うの。
沙奈子ちゃんや達さんと出会えてから、私もいろんなことを考えられるようになった。頼りないのは変わってないかもしれなくても、考えられるようにはなったのよ」
涙を浮かべてそういう絵里奈に、沙奈子は大きく頷いた。
「うん。お母さんは、今までのお母さんとは違う…。私、お母さんのこと大好き。一緒の部屋には住んでないけど、一緒にいるって思う。これからもずっと一緒にいてほしい。お母さん……」
真っ直ぐな目で絵里奈を見詰めて、沙奈子は言った。この子がそれを心から望んでるのが痛いくらいに伝わってくる気がした。また我慢しきれなかったのか、絵里奈の目からポロポロと涙がこぼれる。僕はそんな絵里奈を抱き締めて、体をさすった。
そんな僕と絵里奈の姿を見て、沙奈子がさらに言う。
「お父さんとお母さんが仲良くしてるのを見てるの、好き…。いっぱいいっぱい仲良くしてほしい。お父さんとお母さんとお姉ちゃんと、いっぱいいっぱい仲良くしてほしい……」
その言葉に、玲那が沙奈子を抱き締めたまま、僕の方に体を預けてきた。
『私も、いっぱいいっぱい仲良くしたい』
玲那からのメッセージが届く。
僕は、もう片方の手で、沙奈子と玲那を一緒に抱き締めた。
公園のベンチでこんな風にみんなで体を寄せ合ってるのって、他人からしたら変に見えるかもしれない。でも僕たちにとっては必要なことだった。いろいろたくさん回り道をして、ようやくこうやって一緒になれた家族なんだから、それを確かめるために、実感するために、必要なことなんだって感じる。
僕たちに連なるそれぞれの『家庭』は、決して幸せなものじゃなかったかもしれない。ただたまたま同じ場所に住んでたっていうだけの、血が繋がってるとか書類上は家族ってことになってるだけの『赤の他人の集まり』だったかもしれない。
でも僕たちはこうやって出会えてお互いを必要だって思えたんだ。その気持ちに素直でいたい。一緒にいたいって思えることに素直でいたい。
ホントに、『家族』って何だろう……?。
お互いに一緒にいたいって思える家族もあれば、今すぐ滅茶苦茶に壊れてなくなってほしいって思ってしまうような家族もある。その違いはどうして生まれてしまうんだろう。
だから僕たちは、こうやって一緒にいたいって思える家族の作り方を、みんなで一緒に考えていきたいんだ。




