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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百八 文編 「不公平」

イチコさんを罵る館雀かんざくさんについて田上たのうえさんはついついきついことを言ってしまってた。はっきり言えば『罵って』た。


たぶん、それが田上さんの元々の姿だったんだろうな。


でも、イチコさんたちと出会えたことで、それを良くないことだと田上さん自身が思えるようになったんじゃないかな。


子供の前でお父さんをATM呼ばわりして罵るお母さんの姿を見て、それが当たり前の環境で育ってきて、だけどそれが本当は当たり前じゃないってことに気付けたんだって気がする。だから田上さんは今、イチコさんたちの友達でいられてる。


罵りかえすことをしないのを、『自分ばっかり我慢するのは不公平だ!』ってほとんどの人は思うんだろうな。でもそれって、自分も相手を傷付けようとしてるってことなんだ。


それを綺麗事だと思う人も多いと思う。罵られても罵り返さないなんて綺麗事の最たるものだと思う人もいると思う。


でも、僕はそうは思わない。自分が幸せになるために相手と同レベルに落ちないようにするのなんて、決して綺麗事じゃない。それはある意味では、相手を自分より下に見る行為でもあると思うから。そして、自分が幸せになるための合理的な手段だと思うから。ドラスティックなくらいに。


そう、僕たちが罵り返さないのは、あくまで自分を貶めないようにするため。決して相手のためじゃない。田上さんもそれが分かってるんだろうな。そう思えるから、我慢しようと思えるんだ。自分自身のためだから。


自分のことを罵ってくるような人のためになんて思える人なんていうのも滅多にいないと思う。自分を傷付けようとする人なんてどうなろうと知ったことじゃないって思う人が大半なんだろうな。だからこそ、罵り返さないのは『自分のため』なんだって思うんだ。そう思わないと我慢なんてできない気がする。


『この人のためなら』って思える相手なんて、それこそ数えるほどしかいない。沙奈子と、絵里奈と、玲那と、山仁さんたちくらいだよ。波多野さんのお兄さんやご両親とか、田上さんのご両親や弟さんのためには、僕はたぶん我慢できない。ただ、それが波多野さんや田上さんのためならって思えば我慢できる。


それは、『波多野さんや田上さんが苦しんだり悲しんだりしてるのを見たくないっていう自分のため』だから。


こんな風に考えれば、決して聖人君子でなくても誰かを罵ったりせずにいられるんじゃないかな。少なくとも僕たちはそういう風にしてるから。


だから、玲那のことを罵っていた田上さんの弟さんのこともある程度は冷静に受け止められるんだ。田上さん自身が、弟さんのしたことを申し訳ないと感じて玲那に頭を下げてくれたから、これ以上、弟さんを責めて田上さんを苦しめたくはないって思えるんだ。彼女はもう、十分に苦しんでる。


それがすごく分かるんだ。




田上さんの弟さんのことは、僕のイメージしてたのとは少し形が違うけど、具体的な問題点が見えてきた気がする。てっきり悪い仲間とつるんで非行に走るとかそういう形になるのかと。


もちろん、その可能性はまだなくなったわけじゃないのも分かってる。そういう部分も気を付けていかないといけないんだろうな。ただ、今のところは、ネットを通じて誰かを苦しめて追い詰めてっていう形になりかねないって感じなのか。


星谷ひかりたにさんが言ってた。


『彼は、自身のクラスメイトと思しき人物についても非常に辛辣な内容を投稿していました。現時点では本人が特定できる情報までは載せていないようですが、見る人が見れば恐らく誰のことを言っているのか分かってしまうような内容でしょう。これがエスカレートすると大変に危険です。いわゆる『ネットいじめ』ということになるでしょうから』


今時、そんなのは珍しくないのかもしれない。『誰でもやってることだから』と思ってやってるのかもしれない。だけどそういう形で人を傷付け、追い詰め、時には生きることを諦めさせてしまうくらいのことはしてしまうんだ。


『人を殺した奴は命を持って償え』って言う人がいる。もしその理屈が通るなら、ネットを通じて誰かを追い詰めて死なせた場合もそれに当てはまってしまうんじゃないかな。炎上とかで集中攻撃を受けた人が自殺したりしたら、それに加担した人は全員、『命を持って償うべき』なんじゃないかな。


その場合は当てはまらないって言うのなら、そんなの、自分にばっかり都合のいい詭弁なんじゃないかな。他人に厳しいことを言うのなら、それが自分にも当てはまるかも知れないっていうのをちゃんと考えるべきじゃないかな。


自分に当てはめて考えることができたら、それも『自分のために』冷静に考えることができる気がする。僕も、そうしてるつもりなんだ。


玲那に対して酷いことを言ったからって田上さんの弟さんを僕が追い詰めてしまって結果として死を選んでしまうようなことがあれば、それは僕が殺したことになると思うんだ。


僕は、そんなことはしたくない。『手加減さえすれば大丈夫』って言う人もいるかもしれないけど、その『手加減』って、あくまで自分が思ってるだけの基準だよね?。どのくらいまでなら本当に大丈夫なのか、客観的な判定基準があって言ってるんじゃないよね?。しかも、相手が何かの事情でもともと追い詰められててその上でってなったら、それこそ本当に些細なことだと自分では思ってる程度の攻撃でも限界を超えてしまうことがあるかもしれない。そうなったら、『自分は悪くない。自分は手加減してた』って言い訳をするのかな。


卑怯だよ。僕はそんなの卑怯だとしか思わない。自分のやったことに責任を持てない人間の泣き言だとしか思わない。人を殺した加害者が『死ぬとは思わなかった』『殺すつもりはなかった』と言ってるのと同じだよ。


玲那も、本当はそう言っても不思議じゃなかったんだと思う。追い詰められてわけが分からなくなって、どうしようもなくなって実のお父さんを刺してしまったんだ。でもあの子は、それを正当化しようとしなかった。自分が間違ったことをしたんだと認めて罰を受けることを望んだ。その結果が今の状況だ。


十歳の頃から強制的に売春をさせられて、何度も何度も苦しめられて、何度も何度も泣いて、何度も何度も自分で死ぬことを考えて、何度も何度も自分の胸を切り落とそうとまでして、そこまでされてさらに他の女の子まで自分と同じ目にまた遭わされそうになってとうとう限界を超えてしまった果てにやってしまったことですら、あの子は『やってはいけないことだった』って考えることができたんだ。


そうして、一緒には暮らせてないけど毎日自由にビデオ通話で顔を合わせて話をできて笑うことができてるんだ。


それに比べたら、ネットで誰かを追い詰めて死なせておいて『自分は悪くない』とか、本当に卑怯者の言うことだとしか思わないよ。



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