五百五 文編 「偉い人と偉そうな人」
大きな力を持つ人は、力を持つからこその問題を抱えてるっていうのを星谷さんを見てて感じる。そういう種類の危うさもあるんだっていうのを感じるんだ。
星谷さんの持つ力のおかげで助かってるのは事実でも、その力の使い方を間違えると、逆に多くの人を不幸にもしてしまうんだろうな。そして彼女もそれを自覚してる。
けれど、自覚しててもついついっていうことも人間にはある。それを抑えるための手綱を、イチコさんたちが握ってる。
同時に、田上さんの弟さんが道を踏み外さないように、それによって田上さんがさらに不幸にならないように、星谷さんは努力してる。その力が活かされてることもまた事実なんだ。
この世は単純じゃない。危険な大きな力が必要になることもあるっていうのもやっぱり事実なんだろうな。大事なのは、それが人を傷付ける形に働かないように制御すること。そのためにもいくつもの視点から客観的に見るっていうのが求められるのか。
星谷さんと出会ってなければ、こういうことについてここまで考えることもなかったかもしれないな。
「フミお姉ちゃん、大丈夫なのかな」
出来上がった昼食をみんなで食べてる時、千早ちゃんがそう言い出した。彼女も田上さんのことを気にしてるんだな。
当然か。あの集まりは、千早ちゃんにとっても大切な家族みたいなもののはずだから。
「大丈夫ですよ。千早がそんな風に案じてくれてることでフミも救われるんです」
千早ちゃんにそう語り掛ける星谷さんの姿は、やっぱり完全に『お母さん』って感じだった。すごく若く見えるお母さんだけど。
「だったらいいんだけどさ。うち、最近はお母さんもお姉ちゃんも怒鳴ったり叩いたりしてこなくなったんだよ。あの人らでもそうなれるのに、どうしてフミお姉ちゃんの家はダメなの?」
素直で素朴な疑問だと感じた。実のお母さんやお姉さんたちから怒鳴られて殴られてってしてきて、彼女にとってある意味ではそれが普通の状態になってたのに、今ではそうじゃなくなってるっていうリアルな実例を目の当たりにしてる千早ちゃんの実感なんだと思った。
そんな千早ちゃんにも、星谷さんは慌てることなく応える。
「そうですね。私もそう思います。ですが、千早の家の事例はむしろ例外的なほど上手くいったと言えるでしょうか。あそこまで上手くいくのは珍しいんです。それほど、家庭の問題というのは難しいんですよ」
その答えに、千早ちゃんは少し悲しそうな顔をした。
「ピカお姉ちゃんでもできないことがあるんだね…」
呟くようにそう言った彼女に、星谷さんはさらにふわっと優しく微笑みかける。
「はい。私は決して万能でも全能でもありません。自分が実現したいと思ったことについてただ努力をしているだけです。
人にはできることとできないことがあるのは紛れもない事実でしょう。努力が報われないことも当たり前にあります。ですが、私は努力することを諦めたくはないのです。同じ諦めるにしても、やることをやった上で、『自分にはできない』と確認した上で諦めたいのです」
こういう言葉が自然に出てくるんだから、とても敵わないと思うんだ。これが高校2年生の子の口からサラッと出てくるのがもう…。
だけどそんな星谷さんにも大きな弱点はあるんだよね。
「そこで『努力すれば何でも叶う』って言わないのがピカちゃんの偉いところだって思う」
大希くんだった。千早ちゃんとのやり取りを黙って見てた大希くんが柔らかい笑顔を浮かべながらスッと入ってきた。さらに、
「ピカちゃんはすごい人だけど、ちゃんと、できないこともあるって分かってるから偉そうにしないんだ。だから僕は逆に、ピカちゃんだったら世界中の人を救うこともできそうだって思うんだ。できないことを押し付けて結局メチャクチャにしちゃうってことをしないって思うから」
だって。
大希くんにそんな風に言われた途端、星谷さんは耳まで真っ赤にして俯いて、もじもじしてしまった。その様子を見て、千早ちゃんが首を横に振る。
「確かにね~。ヒロの前じゃポンコツになるのをやめられないんだもん。なるほど万能でも全能でもないって分かるわ~」
千早ちゃんの容赦のないツッコミに、星谷さんは顔を真っ赤にしながら苦笑いしかできなかった。そこでムキになって反論しないのがまた、千早ちゃんの言ってることを受けとめられる彼女の器の大きさだとも感じた。
しかも、この一連のやり取りが、高校2年生と小学5年生の子供たちのだっていうんだから。
玲那が言う。
「そうだね。ピカはすごい力を持ってるけど、だからって自分は何でもできるって思ってしまわないようにしてるのがまたすごいんだ。
世の中には『偉い人』と『偉そうな人』っていうのがいると思うけど、ピカは『偉い人』になれるタイプかなって感じる」
僕も同感だった。今の星谷さんなら、偉そうにするんじゃなくて、本当に偉い人になれそうだって思える。偉そうにしてるだけの人は世の中にいくらでもいるけど、偉い人っていうのは意外なほど少ない気もする。彼女はその『偉い人』になれるんじゃないかな。
玲那は続けた。
「ピカ。フミのことは私も力になりたいと思う。今の私が直接何かするとかえって迷惑だとは思うけど、フミには私も励ましてもらったからさ。何があっても私はフミの味方だよ。ピカと一緒にフミのこと支えてあげたいよ」
画面の向こうから真っ直ぐに見詰めてくるその姿を見るだけで、玲那の本気が伝わってくる気がした。
そうだ。事件を起こしてしまった玲那を、田上さんもちゃんと受け止めてくれてた。普通なら『迷惑だ』って避けてしまってもおかしくないのに、玲那のために泣いてくれたりもしたんだ。そんな田上さんを、『自分には関係ないから』って放っておくなんて僕たちにはできない。
玲那に話しかけられたことで少し冷静になれたのか、星谷さんが顔を上げて「ありがとうございます」って。
他人の家庭そのものをどうにかするなんて、おこがましいことだと僕も思う。だけど、その中に差し伸べた手を掴んでくれる人がいたなら、その人だけでも救いたいって思える。救うっていう考え方自体がおこがましいのは分かってるけど、そう思ってしまうのも正直な気持ちなんだ。
その結果として、千早ちゃんのところみたいに家庭そのものが変わっていくこともあるんだろうな。
もちろんそうじゃない場合の方が多いとは思うにしても、何もしなければそれこそ何も変わらない。星谷さんもそう考えてるんだろうなって感じる。
思うようにいかないこととか、嫌な気分にさせられることとか、世の中には本当に多い。と言うか、元々そういうものなんだっていうのをつくづく実感する。
だからこそ、努力を続けなきゃと思うんだ。努力をやめたらそれこそ何も変わらないはずだから。




