五百三 文編 「使う側と使われる側」
四人だけの時間になるかと思ったら、夜、鷲崎さんがビデオ通話で参加してきた。
もちろん歓迎する。
「実は昨日、結人の学校で発表会があったんです。でも、結人ってばほとんど歌ってなかったんですよ~」
だって。
それを受けて玲那が、
「スマホ越しだったけど沙奈子ちゃん見てて萌えた~!」
と嬉しそうに。
「いいな~、そういうとこ、女の子は映えるのかな~」
なんてやり取りがすごくスムーズだった。
鷲崎さんも玲那の『声』にもすっかり慣れたみたいで、自然な感じで会話ができてた。
初めての時にはさすがに驚いた様子で、
「ゆっくり実況ですか!?」
とか言ってた。
で、思ったんだけど、僕は玲那の本来の声を知ってるから何となく頭の中で自動変換されてるのを感じるものの、元々の声を知らない鷲崎さんにとってはこれが『玲那の声』ってことになるんだろうな。なんか不思議だな。
ただいずれ、星谷さんが目指してるシステムが完成すれば、本来の声とほとんど変らないそれを取り戻すことになるはずなんだ。そうなった時には今度は鷲崎さんがその違和感を覚えることになるのかな。
ちなみに、星谷さんが最終的に目指してるのは、口の動きを読み取る専用の機械を使ったものじゃなくて、スマホのカメラで口の動きを読み取って、そのまま再生するものなんだって。そうすれば、他に機械を使わなくてもスマホさえあれば普通にしゃべることができるから。そのために必要な性能は、カメラの解像度とかも含めて今のスマホでもほぼ可能らしい。ただ、今の時点で開発中なのは、レーザーで口の動きを読み取るものだから、どうしてもそれ用の機械がいるらしいけど。
だからまあ、その読み取り用の機械にスマホの機能を組み込んで、専用のスマホを作っちゃうっていう案もあるんだって。それぞれの方式を試してみて、実用化できたものから順次発表していくとも言ってたな。
それが何年後の話になるかは分からなくても、いずれ実現される気がする。星谷さんならね。
日曜日。千早ちゃんたちがお昼を作ってる間、また星谷さんと話をする。
「ピカ~、私ももうこれですっかり慣れちゃったよ~。これ以上のものができるとか、マジでそんなの期待していいのかな~」
って玲那が。すると星谷さんは落ち着いた様子で応えた。
「もちろんです。ヴァーチャルキーボード用のものを転用したものですが、既に試作品については出来上がっています。ただ、現時点では精度の点においてまったく実用性がありませんので、お見せするにもお恥ずかしいレベルですね。これから研究を進め、ある程度のものになった時点で玲那さんにもご協力をお願いすることになると思います。お待ちください」
淡々と語る星谷さんだけど、僕はちょっと気になる部分もあった。
「だけどそういうのってすごくお金がかかるんじゃないのかな。大丈夫?」
そんな僕に対しても、彼女は冷静だった。
「その点についてもご心配なく。既に正式なプロジェクトとして出資者も募り、良い返事をいただいています。父と母も出資者の一人に名乗り出てくれています。
これはビジネスなのです。そういう形で動き始めていますので、玲那さんにはただ結果を待っていただければと思います。
また、今回の開発において副次的に生み出されたものについても順次商品化などを行い、利益は確保していきます。その第一弾として、従来品よりさらに精度を上げたヴァーチャルキーボードが設計段階に入りました。それについては、あくまで協力していただいている企業の商品ですので、私に利益が入ってくるようなものでもありませんが」
当たり前のようにすらすらとそういう話をする星谷さんに、僕も玲那も呆気にとられてしまうだけだった。することはどんどんしてしかもちゃんと利益を出していこうとか、発想の次元が違い過ぎる。
「ピカの頭の中って、ホントどうなってるんだろうね。宇宙でも詰まってるんじゃないかって気がする」
「私はただの人間ですよ。あくまで自分にできることをしようと思っているだけです。皆さんと同じです。適性の問題でしょう。私から見れば、むしろ、皆さんのように相手の心に入っていけるそのありようが羨ましく感じます。
私はどうしても、論理とか打算とか合理性ばかりに主眼を置いて考えてしまうのです。しかし、そんな私に、感情をより良い形で働かせることを教えてくれたのがヒロ坊くんなんです」
と、大希くんの話になると、途端に頬を染める彼女がまた可愛く見えてしまった。
その時、自分の名前が出たのに気付いた大希くんがこっちを見て、ニコッと微笑んでくれた。するとまた、星谷さんが耳まで真っ赤にする。そうやって微笑みかけるだけでも彼女が悦んでくれるんだっていうのを、大希くんもすでに分かってる気がするなあ。意識しないでそこまでやってるんだとしたら、大希くんもすごいな。
ゆでダコのように真っ赤になった星谷さんが落ち着くのを待って、僕はまた話を戻した。
「だけど、玲那のそれについての研究と、田上さんの弟さんのことについての両方とか、忙しくないかな。玲那のことは急がなくても大丈夫だから、田上さんの弟さんのことを見てあげてほしいと僕は思うんだけど…」
その僕の言葉に、玲那もうんうんと頷いてた。でもそれに対しては。
「その心配には及びません。実際に動いているのは私ではありませんから。私はあくまでそれらについて報告を受けて判断するだけです。組織というのはこういうものなのです。私は実際に動いてくださっている方々を統括するだけの存在でしかありません。また、実際に動いてくださっている方々も皆さん優秀なのです。私が何から何まで監督しなくても、しっかりとご自身の役目を果たしてくださいます。
私は必要な指示を与えるだけでいいんです。それほど手間はかかっていません」
そういうものなのか。
僕はどうしても、人に使われる形でしか仕事ができないタイプだから、星谷さんのやり方は、説明してもらっても殆ど理解できてる気がしない。これが、人に使われる側と人を使う側の違いなのかもしれない。でも星谷さんのようなトップに使われるのって、なんだかやりがいがあって幸せそうだなとも思ってしまった。きちんと任せるところは信頼して任せて、必要なことを端的に指示するだけなんて、理想の上司って気がする。
もしいずれ、星谷さんが会社とかを作って大きなことをするとしたら、僕たちには何か力になれることがあるんだろうか?。
まったく想像もつかないけど、何か力になれることがあれば力になりたいなと、素直に思えた。
使う側と使われる側がこんな風にお互いに思うことができれば、仕事っていうのももっとやりがいを感じられるのかもしれないなあ。




