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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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五百二 文編 「発表会と水族館」

僕たちの関係も、これまでまったく波風が立たなかったわけじゃない気もする。確か一年前の今頃だったかな。僕と絵里奈が初めてキスしたことに玲那がヤキモチを妬いてしまったことがあったな。


あの時は、玲那と初めて一緒にお風呂にも入ったんだった。お風呂の中で『私、あなたのことが好きです』と告白くしてくれたんだったな。


玲那が言った『滑り台』という言葉の意味は、その後の玲那のアニメ談義が耳に入ってくる間に理解した。同じ人を好きになったヒロインで、選んでもらえなかった方のことを言うらしいって。


それに気付いた時、彼女に対してまた申し訳ないって思ってしまった。あんなにいい子なのに選んであげられなかったことが。


だけど僕は一人しかいないんだから、それはどうしようもないことなんだな。絵里奈を選んでしまったんだから。


いつか、玲那を大切にしてくれる人があの子を選んでくれたらいいなって心から思う。まあ、今の時代、そう思える相手が現れなかったらずっと僕の娘として一緒にいてくれてもいいけどさ。




月曜日から木曜日までは、これといって変化のない毎日だった。


金曜日は、沙奈子の学校で発表会があった。5年生は合唱だった。僕はここまで有給を消化してなかったことで、案外、すんなりと休みが取れた。この調子だと、年度末近くにまとめて取らされそうだな。休めば嫌味を言い、休まなければ嫌味を言う。要するに僕に辞めてほしいというのが露骨すぎるくらいに伝わってくる。この意地の張り合いもいつまで続けることになるかな。条件の合うところが見付かればすぐにでも転職していいんだけど。


まあそれはさておいて、沙奈子の発表会を見に行く。合唱の練習をしていることは聞いていた。運動会の時もそうだったけど、沙奈子はちゃんと練習も頑張ってた。


「いよいよですね」


沙奈子たち5年生の出番が近付いてきた時、山仁やまひとさんと顔を合わせてそう言葉を交わした。


山仁さんは、もちろん息子さんの大希ひろきくんと、星谷ひかりたにさんが学校で来られない千早ちはやちゃんのために来たらしかった。子供たちの方から僕たちの姿が見えるかどうかは分からないけど、ちゃんと見守ってあげたかった。


スマホのビデオ通話を使って、玲那にも見てもらった。


いわゆる合唱コンクールとかのさらに本格的なものに比べればいかにも授業の一環でやってますって感じの子供らしい素朴な様子だったのは確かでも、僕にとってはそれで十分だったしむしろそれが良かった。本当に日常の一コマって感じが沁みた。


合唱が終わって退場する時、一瞬、沙奈子と目が合った気がして手を振ってみた。さすがにそこで手を振りかえすことはできなかったみたいだけど、帰ってから聞くと、


『おとうさんがいるの、見えてた』


って言ってくれた。嬉しそうに表情が柔らかくなってた。


そっと抱きしめると、僕の胸に顔をうずめて、沙奈子も僕を抱きしめてくれた。




土曜日。今日はイチコさんたちと一緒に水族館に行くことになった。チンアナゴのイベントが行われてると言ったら、


『え!?、行きたい!』


と、普段はのんびりした感じのイチコさんが声を上げたからだった。みんな年間パスを持ってるから何度も行かないともったいないしね。


ゲームにも参加してみたいということでまた早めに出た。駅前からみんなでバスに乗って、水族館の前で絵里奈と玲那とも合流する。


玲那は前回やったから今回は控えたけど、イチコさん、波多野さん、大希くん、千早ちゃんの四人がゲームをすることになった。


「おーっ!、うおーっ!!。すげーっ!!」


波多野さんが一番はしゃいでた。次いで千早ちゃん、大希くん、イチコさんって感じかな。それでも普段のイチコさんのことを思うとすごい変わりようだった気がする。イチコさんにもこういう一面があるんだなと思った。


沙奈子は、僕たちと一緒にそれを見守ってるだけで楽しそうだった。玲那もまたやりたそうにしてたものの、こういうのはみんなが楽しめるようにっていうことで我慢してた。それに一応、年齢の上では大人だし。


星谷さんは、ステージの上で次々とモンスターを退治する大希くんの姿をうっとりとした目で見詰めてた。相変わらずの恋する女の子の目だと感じた。


ゲームの後は、それぞれ手分けして見たいものを見て回った。沙奈子はやっぱりチンアナゴを始めとした変わった生き物が好きらしい。玲那とイチコさんもだけど。僕と絵里奈はそんな三人を見守る。


大希くんと千早ちゃんはペンギンとかを見に行ったらしい。星谷さんはもちろんその二人に付き添ってるし、波多野さんと田上さんも一緒だったって。


昼食はまた水族館の中で済ましたけど、今回もチンアナゴパフェは売切れてて、沙奈子が少し残念そうにしてた。こういう風にいつだって自分の都合よくいかないのは人生だと分かってても、残念なのはどうしてもね。


イルカショーの時間になるとステージのところでまた合流して、みんなでショーを楽しんだ。


その時、僕は田上さんの様子が少し気になって見てた。でも今日のところは普通に楽しんでるようにも思えてホッとした。こうして一緒に水族館を楽しめるからまだ大丈夫なのかな。


本当は、田上さんの家族で楽しめればいいのになとも思ってしまうけど、あまり拘りすぎても良くないか。これでいいと思うべきかもしれない。


『カナはすっかり落ち着いた感じだね。フミもとりあえず落ち着いてるのかな』


二人の様子を見てたのは玲那も同じだったらしくて、そんなメッセージが届く。


「楽しめてるみたいだからいいですよね」


絵里奈もそんな風に言ってた。その言葉に僕も頷く。


「ホントだね」


そう。みんな楽しめてる。それが何よりだった。いろいろ辛いことがあっても、こうやって楽しめる時もある。それでいいんだと思う。もっともっとと望みたくなるのは正直な気持ちでも、その通りにならないことを気にしすぎるとそれ自体が辛くなる。今あることを楽しめるのは穏やかな気持ちでいられるためのコツなんだろうな。


こうして、時間はあっという間に過ぎていった。沙奈子が少し疲れた様子を見せ始めた頃、僕と沙奈子と絵里奈と玲那は帰ることにする。でも、


「千早ちゃんたちはもう少し楽しんでいったらいいよ」


と、僕は星谷さんに言った。星谷さんも、


「それではお言葉に甘えさせていただきます」


ってことでもうしばらく楽しんでいくことになった。


そうだ。いくら家族同然だからって何もかも一緒にする必要はないよね。


「じゃあ、また明日ね、沙奈」


千早ちゃんが沙奈子に向かって笑顔で手を振ってくれた。今日はみんなと一緒にいられたから夕方の会合はない。明日また、千早ちゃんたちが料理を作りに来るまでは四人だけの時間ってことになるのかな。



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