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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百九十九 文編 「コントロール」

沙奈子が人形を人形として扱えるようになったのは、それってある意味では相手が人形なんだっていうのをちゃんと認めることができるようになったってことでもあるんじゃないかな。人形を『自分にとって都合のいい人間』に見立ててそれを押し付けるのをしなくなったってことでもある気がする。


おかしな話に思えるかもしれないけど、たぶん、そういうことだと思うんだ。布団を並べて一緒に寝たりしなくなった今でも、沙奈子はちゃんと人形のことを大切にしてるから。


そしてそれは、絵里奈も同じらしかった。以前は、『部屋に一人にしてたら可哀想』と、僕の部屋に泊まり込むことになった時には人形を連れてきてたりしたのに、今ではそこまでじゃなくなったらしい。それでももちろん、香保理さんに似てるっていう志緒里しおりのことは大切にしてる。


人形として。


そう。志緒里を亡くなった香保理さんの代わりにして人間扱いするんじゃなくて、ちゃんと人形として扱ってるんだ。絵里奈にとってこれはとても重要な変化だと思う。彼女の心の傷が癒えていってることの証拠だって気がする。


沙奈子や玲那に比べて絵里奈の境遇はそれほど酷いものじゃなかったかもしれない。でもだからって、二人に比べて絵里奈の心の傷が浅いって簡単に決め付けていい訳でもないと思うんだ。むしろ、『沙奈子や玲那に比べたらマシなんだから我慢しろ』みたいな態度をとっていたら、彼女の傷はさらに深くなってたかもしれない。


僕は、そういうのは嫌だ。どっちが重い軽いじゃなくて、本人にとって苦しかったのはどっちも同じはずだから。


それに、こんなに優しくて思いやりのある絵里奈を蔑ろにするなんて、どうかしてると僕は思う。人形にのめり込んでいたのも、彼女が優しすぎるからっていう気もする。


ふと思い出す。絵里奈と玲那があの部屋に泊まり込み始めてから一年以上経ったのかって。そんな絵里奈とこうして夫婦になれたってことが僕は嬉しい。彼女と一緒に、沙奈子や玲那を育てていけるのが嬉しい。


愛してるよ、絵里奈。




日曜日。千早ちはやちゃんたちが料理を作りに来る。これももう、一年以上経つんだな。よく続いてるというよりも、完全に習慣として定着してしまった感じだ。


三人が料理を作ってる間、僕は星谷ひかりたにさんと話をしていた。


「田上さんの様子はどうですか?」


「相変わらず一進一退の状態ですが、それで安定していますね」


「そうですか…。家族の問題というのは本当に難しいって感じますよね」


僕と沙奈子と絵里奈と玲那がこうして家族として集まれて一年が経つ一方で、田上さんはずっと苦しんできたんだな。


「はい。しかし、焦って強引に対処しようとすればかえって事態が悪化する可能性が高いと思われます。特に現時点でフミ以上に心配なのはフミの弟さんです。夜に繁華街を出歩いているようですので、しばらく監視を行うことにしました」


さらっと当たり前みたいに口にするけど、普通はそこまでしないよね。だけど、田上さんの弟さんが何か事件を起こせば波多野さんの二の舞になるっていうのを星谷さんは心配してるんだと思った。


「他にも伝手つてを使って、状況を掴みたいと思います。私にコントロールできる範囲のことはコントロールさせていただきたいと思います」


コントロール…?。


星谷さんの口からそういう言葉が出ると、途端に何だか話が大きくなる気もした。さすがにそれはないとは思いつつ、まさか裏の社会にまで知り合いがいたりして、そっちからも弟さんが関わってきたリしたら追い返してもらおうとかしてるんじゃないかなとか思ってしまった。詳しい話を聞きたいと思いつつ、聞くのが怖いとも感じてしまう。


だけど、社会っていうのは表から見えてる部分だけで出来上がってるわけじゃないってのは僕にも分かる。そういう裏側も合わせて『社会』ってものなんだろうな。だから、社会を動かすっていうのは、そういう裏の部分も含めてのことなのかもしれない。


波多野さんのお兄さんは、そういう裏の社会みたいなものと関わる形で事件を起こしたわけじゃなかった。でも田上さんの弟さんの場合は、分かりやすくグレ始めてるのかもしれない。悪い仲間とつるむとか、違法な薬物に手を出すとか、そういう社会の陰の部分とか裏の部分に足を踏み入れそうになってるんだとしたら、星谷さんの懸念も当然なのかも。


星谷さんは言う。


「カナのお兄さんの時には私は何もできませんでした。あんな想いはもうしたくありません。たとえ法的にグレーなことをすることになっても今度こそ止めてみせます」


キッと前を真っ直ぐに見詰めてるけど、その視線は僕を見てるわけじゃないって感じた。どこか遠くを見詰めてた。


怖い…。怖いよ星谷さん……。


だけど玲那も言う。


「だよね。綺麗事だけじゃ、私があんなことに巻き込まれたのを止めることはできなかったと思う。実際、誰も助けてくれなかった…。


お客の中には、私に対して同情的なことを言うのもいた。『助けてあげるからうちにおいで』とか言うのもいた。だけどそのどれもが口だけだった。口ばっかりで実際には何もしなかった。


分かってる。あの頃、私を働かせてたあいつらは裏社会と繋がってたんだ。だから普通の人にはどうすることもできなかった。


でも、不思議。ピカなら本当に何とかしそうって気さえする」


玲那の言ったことも僕には到底理解のできないような、この世の中の暗い部分に踏み込んだ内容だと思った。だけどそういうのも事実なんだろうな。


僕たちは、自分からそういうのに関わっていこうとしないことで身を守ろうと思う。薬物に手を出したり、闇賭博に手を出したりして、自分から関わったりしないようにするのが一番なんだ。危ない組織の事務所に突撃して壊滅させるなんて力は僕たちは持ってない。だったら、最初からとにかく関わらないようにするのが、一番確実な身を守る方法なんじゃないかな。


それでも巻き込まれることはあるとしても、わざわざ自分から足を踏み込んでいくなんてことをする必要はまったくないはずなんだ。目先の苦しみとかイライラから逃げるために薬物に手を出したりして関わったりする必要なんてどこにもない。そんなの、自分から不幸になりにいってるだけなんじゃないかな。


田上さんの弟さんは、今、まさにそういうところに足を踏み入れようとしてるのかもしれない。それは本当にやめてほしい。でも僕はただそう思うことしかできない。ほとんどの普通の人はそうだと思う。それに、たとえ『そういうのは駄目だ。良くない。わざわざ自分から不幸になりに行くだけだ』と言ったところで耳を貸すはずもない。昔の僕もそうだった。そんな風に言う人がいたとしても、たぶん耳を貸さなかった。


その実感があるからこそ、星谷さんのすごさを改めて感じるんだ。



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