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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百九十八 文編 「存在を認める」

喫茶スペースでの玲那とのひと時でまたいろいろのことを考えた後、沙奈子と絵里奈もやってきてお昼にした。今日も人形をじっくり見られて楽しかったらしい。


うちにいる莉奈りなや、絵里奈のところにいる香保理さんに似ているという志緒里しおりや、玲那の兵長も今でもとても大切にされてる。


絵里奈や玲那はずっと以前からだから慣れたものでも、沙奈子にとって莉奈は、大きさのこともあって最初は大変そうだった。でもその分、妹みたいに大切にしてる。最近では扱いにも慣れて、着替えさせたり色移りしないようにするためのメンテナンスも手慣れたものだった。


しかも、ちゃんと人形として接することができてる。


最初は布団を並べて一緒に寝るくらいまでのことをしてたのに、今では人形として机の上に鎮座してる。おままごと的な扱いはしなくなっても、それは飽きたとかいうんじゃなくて、人形と人間との区別をするようになったっていうことでもある気がする。


ただ、僕も慣れたから気にならなくなったけど、さすがの大きさだからその存在感は今でもかなりのものだ。


でもまあ、一緒に並べられてるオオサンショウウオのぬいぐるみの存在感も、別方向でかなりのものだけどね。


僕の前で穏やかな表情で食後の紅茶を飲んでる絵里奈も、人形に対しては並々ならない思い入れがあるらしい。それも結局は、代償行動だったんだろうな。自分が抱えてるいろいろなことをそれで何とか補ってたんだと思う。世間では気持ち悪がられることもあると思うそんな振る舞いも、僕は絵里奈にとっては必要なことだったんだと理解したい。


それに、彼女がそういう形で他の男性からは敬遠されてたから僕と付き合うようになってくれたんだと思えばむしろありがたいことだとさえ思える。


玲那だって、事情を知ったら去っていく男性が多いんだろうな。『中古とかムリ』とか言ってるのも多いし。同僚同士の会話でもたまに聞こえてくることがある。その手の話を聞くと『何様?。自分はそんなこと言えるほど上等な人間だとか思ってる?』ってつい思ってしまう。僕はそういう形であの子のことを馬鹿にしたくないし毛嫌いもしたくない。玲那は僕にとって大切な娘だ。


田上たのうえさんが、絵里奈や玲那と同じ苦しみを味わわないで済むように僕も協力したい。自分の不幸に呑まれないように力になりたい。微力だけど。そしてそれは、絵里奈や玲那も思ってくれてる。それがまた嬉しい。僕自身の励みにもなる。


家族のひと時を過ごして、今日もまたそれぞれの部屋に戻っていく。


なんだかんだ言って玲那の裁判が終わってからももう半年以上が過ぎた。三年の内の六分の一以上が過ぎたことになる。正直な印象としてはけっこう早いと感じてる。この調子なら、案外、過ぎてみればあっという間だったと感じるかもしれないっていう予感もある。その頃には沙奈子は中学二年生か。すごいな。どうなるのか想像はつかないけど、夕食の後で山仁やまひとさんのところに行ってイチコさんたちのことを見たら、いずれはこういう感じになるのかなとも思ったりする。


その時までこうして集まってるかどうかは分からない。イチコさんたちは大学生だったり就職してたりのはずだから。それに、今でもテーブルは一杯でもう空きスペースがない状態なのに、中学生くらいになって体も大きくなった沙奈子や千早ちゃんや大希くんまでここに加わったら、さすがに無理がある気もする。こんな風に毎日じゃなくて、一ヶ月に一回とかそういう感じになってるかもしれないな。


そうだ。こうやって毎日集まってるのって、本来なら普通じゃないんだもんな。玲那のこととか、波多野さんのこととか、田上さんのことがあって、みんなで支え合おうって思うからこうして集まってるんだもんな。それが一つの家庭の役割をしてるんだとしても、いつかはそこから巣立っていくことになるのかもしれない。むしろ巣立っていければいいんじゃないかな。それってつまり、問題に区切りがついたってことになるんだろうから。


玲那のことはともかく、波多野さんの家庭や田上さんの家庭については綺麗に解決はしないと思う。それこそ一生付き合っていかないといけない問題なんだろう。でも人生ってそういうものの筈なんだ。何一つ問題のない人生なんてたぶん有り得ない。いつだって何らかの問題と向き合って生きていかないといけないんだ。


だったらそれを嘆くより、ちゃんと向き合っていきたいと思う。沙奈子や絵里奈や玲那がいてくれたら、一緒に向き合ってくれる誰かがいてくれたら何とかなると思う。って言うか、一緒にそれができたらもうそれだけで楽しそうだ。


田上さんにも、イチコさんたち以上にこうして支え合える相手が現れてくれたらいいな。家庭に恵まれなかったんだとしても、自分の手でいい家庭を作っていけばと思う。僕にだって掴めたくらいなんだから、彼女にだってできる気がする。諦めなければ。それまでイチコさんたちも支えてくれると思うしもちろん僕たちも支えたい。


『どうせ自分なんて』って諦めるのは簡単だ。でも、そうやって諦めてしまったらせっかく救いの手を差し伸べてもらえてても掴めないかもしれない。気付かないかもしれない。それはもったいなさ過ぎるんじゃないかな。


ああ、だけどそれは、自分がたまたま上手くいったからそう思えるだけなのか。それも忘れちゃいけないな。『諦めちゃいけない』って声高に叫ぶような人のことを、僕は信じてなかったもんな。それどころか今でも信じていない。


一方的に押し付けてくる人は苦手だ。関わりたくない。今、僕の周りにいる人たちはそういうことをしない人たちだからこそこうしていられるんだ。鷲崎さんも以前は強引だったけど、今はそうじゃない。あの頃に比べれば距離感みたいなものをちゃんと考えてくれてると思う。会合の後でアパートに戻ってからビデオ通話に参加してきたけど、『今、大丈夫ですか?』って聞いてくれるようになった。以前の鷲崎さんは、正直、そうじゃなかったな。だから苦手だったんだ。彼女の圧に負けて、引いてしまってたんだ。


そういう風に上手く噛み合わないと人間関係ってスムーズにいかないって改めて実感する。そういうのを試しながら何となく合う相手を見付けていくのが大事なんだろうな。


自分を相手に押し付けない。それと同時に、自分を相手に合わせ過ぎない。相手の存在を認めつつ、自分が受けとめきれる相手を見付けていく。


うん。相手だって人間なんだ。自分のことを認めてもくれない人と親しくなりたいとは思わないよね。自分が認めてもらいたかったら、相手のことも認めなきゃ。


自分を一方的に押し付けようとするのって、それって要するに相手のことを認めてないってことだと思うんだ。



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