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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百九十六 文編 「正義の反対は」

『正義の反対は悪じゃなく、別の正義』って誰かが言ってた。僕は最近、特にそれを感じる。


正義って言葉は好きじゃないから『正解』って言い換えるけど、僕たちにとっての正解が他の人にとっての正解とは限らないっていうのは紛れもない実感なんだ。


だけど僕は、『どうしてこれが正解だってことが分からないんだ!?』みたいな形でイライラするのは止めようと思ってる。それをしてしまうと、それこそ出口がなくなってしまうと思うし。


正解は一つじゃない。それこそ人の数だけ正解があるって気もする。それを忘れないでいたいと思う。


自分の正解や正義を他人に押し付けようとするから反発を受ける。諍いが生まれる。宗教が原因の争いとか、それこそ典型例って気がする。


自分にとっては正解でも、それが他人にとってもそうだとは限らないんだ。


『どうせ自殺するつもりだったら殺してもいい』


そんな風に思ってる人もいるらしい。いや、昔の僕はもしかしたらそんなことを考えてた時期もあったような気もする。幸いそれを実行することはなかったけど、それを実行してしまったかのような事件は実際に起こってる。


その加害者にとってはそれが『正解』と言うか『正義』と言うか『正しい』ことだったんだろうな。だからそんなことができてしまうんだろうな。


だって、人間って、自分が正しいことをしてると思うと、どんな残酷なことでもできてしまうらしいから……。


それが怖い。


そうなんだ。玲那が事件を起こしたのだって、『そうするしかない』って思ってしまったのが一番の原因なんだ。そんな風に思ってしまったから、それが自分の実の父親を包丁で刺すっていう残酷で恐ろしいことなのに実行できてしまった。玲那みたいな、本当はすごく優しい子でもそういうことができてしまう。それが、『自分は正しい』って思い込んでしまうことの怖さなんだって気がする。


『どうせ自殺するつもりなんだから、どうせ死ぬ人間なんだから何をやってもいい』


テレビのニュースでやってた事件も、そういう風に考えてからできてしまったんだろうなって気がした。そしてそれを、自分が実行してしまわなくて本当に良かったって思う。それと同時に、どうして誰もこの事件を今まで止めることができなかったんだろうって、それが悲しくなった。


たぶん、今の僕たちの中でそんなことを考えてるのがいたら、誰かが気付く。いくら外面を良くしてても普段の言動の中でそういうのが見え隠れするんじゃないかな。しかも今の僕たちは、自分がそんなことを考えてしまったら隠したりせずに誰かに打ち明けると思う。そうすることで何とか取り返しのつかないことになる前に解決しようって考えると思う。


この事件を起こした加害者には、周りにそういう人がいなかったのかな……。


これでもう、この加害者の家族や親戚の人生も滅茶苦茶だ。玲那みたいに子供の頃から酷い目に遭わされてとことん苦しめられ続けてそれでどうしようもなくなって事件を起こしてしまった場合でさえ、同情してくれる人はいたとしてもやっぱり『死刑にするべきだ』とか『死んで詫びろ』とかいう人も多くて、親戚のところにまで嫌がらせが言ったっていう。玲那の時でもそれなんだから、身勝手な理由で人を何人も殺したら、それこそどんなことになるか……。


それでも、この加害者にとっては自分のやってることは『正しいこと』だったんだろうな。


『苦しんでる人を救いたい』とか、どの口が言うんだよ……。


僕は、玲那がどうしようもなく苦しんでたとしても、だからって死んでいいとか死んで楽になればいいとか思わない。何度も自殺を考えたって言ってたけど、ぞれを実行しなくて本当に良かったと思う。それこそ、この事件の加害者みたいなのと出会わなくて本当に良かった。


それと同時に、こんな奴と出会ってしまって命を落とした人たちのことを考えると、苦しくなる。それがもし沙奈子や絵里奈や玲那だったらと思うと、頭がおかしくなりそうだ。この加害者には、そんな風に思える人がいなかったのかな。それがいなかったから、もしいたとしてもそんな風に想像することができなかったからこんなことができてしまったのかな。


もっと早く、周りの誰かがこんなことを考えてるって気付けてたら……。


こんな事件を起こさせたくないって本気で考えて行動できてたら……。


つい、そんな風に思ってしまう。もしかするとこれも、単なる『僕にとっての正義』なのかもしれないけどさ……。




せっかくの土曜日に朝からそんなニュースを見てしまって、僕は気分が沈むのを感じてた。本当に、世の中には辛いことが多いな。だからせめて、僕の周りではこんなことが起こらないようにしたい。巻き込まれたりしないようにしたい。それこそが自分にできる防犯だって思うんだ。事件に巻き込まれないようにするのも大事だけど、事件を起こさないようにするっていうのもすごく大事なんだ。自分の身近な誰かが事件を起こしてしまいそうになったら止めてあげるっていうのが大事だって気がするんだ。


玲那を止めてあげられなかったからこそ、そう思うんだ……。


ってまた、気分が沈んでいく。いけないいけない。沙奈子の前であんまり暗い顔をしてたくない。


と言っても、僕がそのニュースを見てしまったということは、彼女もそれを見てしまったっていうこと。そのニュースを見た沙奈子は、すごく悲しそうな辛そうな顔になってた。この子がこういう事件を見て悲しそうな顔をできることが、皮肉な話だけど嬉しかった。この子にそういう感性がちゃんとあるってことが確認できたから。


僕は、『うちの子がこんなことする訳ない』とは言わないでおこうと思ってる。たとえ沙奈子みたいな子でも、場合によってはこういう事件を起こしてしまうことがないとは言えないって思ってる。だから注意深く見守るんだ。いい子に見える部分だけを見て安心してしまわないで、ちゃんと見守ろうって思うんだ。玲那ですら、事件を起こしてしまうんだから。


そうやって何とか気分を切り替えて、朝の用意をする。


でもその時も、玲那もテレビでニュースを見てしまったらしくて何とも言えない顔をしてた。


「はあ…、嫌な事件が多いね……」


って呟いたのも、あの子の本心だと思った。


玲那自身、自分が事件を起こしてしまった後、『もう二度と、こういう事件が起こってほしくないと思います』とメッセージを出したのに、それが届かなかった人も少なくないんだっていうのを思い知らされたからだろうな。


僕たちにとっては胸を抉られるくらいに刺さったあのメッセージも、すべての人には届かない。刺さらない。それが現実なんだ。


だから僕たちは、敢えてその現実と向き合いたいと思うんだ。



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