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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百九十五 文編 「何が正解かは」

お昼に千早ちはやちゃんたちと作った餃子の残りで夕食を済まして、僕と沙奈子は山仁やまひとさんのところに行った。


するとまた、田上たのうえさんが難しい顔をしてた。一進一退だなと改めて感じる。でも僕が焦っても仕方ないんだ。僕には成り行きを見守るしかできないんだから。


分かってる。何度も何度も自分に言い聞かせてきたことだから。沙奈子の時もそうだった。玲那の時もそうだった。波多野さんの時だって。


問題っていうのは簡単には解決しないから問題なんだ。でもだからって諦めてしまうとそれこそ何も解決しないと思う。


と、僕の顔を見た田上さんがフッと笑顔になった。


「うちの両親が、山下さんと絵里奈さんみたいな夫婦だったら良かったのにな。玲那さんや沙奈子ちゃんが羨ましい……」


羨ましい?。僕と絵里奈のことが?。


だけど考えてみたら、星谷さんのところを除けば、夫婦仲が上手くいってるのは僕たちだけなのか。山仁さんの奥さんは病気で亡くなってるし。


その時、絵里奈が口を開いた。


「ありがとう。そんな風に言ってもらえると嬉しい。だけど私も、まさか自分がこうなれるとは思ってなかった。私の両親も典型的な仮面夫婦で、父が再婚してできた新しい母は、実の母に比べればすごく良くできた人だと思うけど、父が表向きの顔だけで選ぶのか、『外面はいいんだけど』って感じなの。当たり障りのない範囲で付き合う分にはいい人だと思う。でも深く付き合うと見えてくる部分っていうのが、本質的に他人を見下してる人なんだなっていうのを感じてしまって……。


それで反発して高校の時にちょっと荒れちゃって、家にも帰らなくなって……。


けれど私の場合は父方の叔父さんが本当にいい人で私のことをちゃんと見てくれて救われたっていうのはある。そこで踏み止まれたから今があるんだと思ってる。フミさんにもイチコさんたちがいるもんね。私たちも支えるから、一緒に乗り越えていこうよ」


絵里奈にとっても今の田上さんの置かれてる状況は他人事じゃないというのがあるからか、それは真に迫る言葉だと僕も感じた。絵里奈が本気でそう思ってるのが分かった。僕も似たような境遇だったから元々共感できる部分があるっていう実感もある。


「絵里奈さん…、ありがとうございます……」


田上さんはそう言って深々と頭を下げた。


たぶん、彼女にはそう言ってくれる人が必要なんだと思う。『いつかいいことあるよ』とか『落ち込まないで』とか具体性のない形だけの励ましじゃなくて、田上さんと一緒に問題に向き合ってくれる人が必要なんだろうな。きっとその筆頭がイチコさんたちなんだけど、僕たちも協力したい。玲那の事件の時にはそれこそ励ましてくれてたんだ。そのお返しもしたいし。




月曜日から金曜日までは、特に大きな動きはなかった。当たり前か。田上さんの問題は昨日今日始まったことじゃないからね。僕だって、高校を卒業して家を出るまで同じようなものだったし、一朝一夕で片付くものじゃないっていうのは身をもって味わってきた。僕の場合は結局、最後まで解決することなく両親が病気で亡くなっただけなんだけど。


もし両親が今でも生きていて僕たちの生活に干渉してきてたとしたらと考えるだけでゾッとする。だからって親の死を願ったり喜んだりっていうのも本当に情けない話だよ。自分に人の心がないんじゃないかって思ってしまうこともある。


いや、実際、僕にはそういう部分もあるんだ。それは分かっててそういう自分と上手く折り合っていかないといけないといつも自分に言い聞かせてる。だからこうやって毎日毎日毎日毎日、同じようなことを延々と繰り返し考え続けることになる。でもそのおかげで今の幸せもあるんだから、決して無駄じゃないんだろうな。


田上さんも、今まさにその真っ最中なんだ。どうしようもない、イヤになるような境遇の中で、キレてしまいそうになる自分と何とか折り合おうとしてるんだ。


フィクションみたいに劇的に解決してくれたらどんなに助かるか。でも現実にはそんなことは滅多にない。星谷さんくらいの力を持ってる人でも、パッと片付けてしまえない。そういうものなんだ。


館雀かんざくさんのことでそれをいっそう実感した。イチコさんにあれだけ話をしてもらったのに、彼女はとうとう変わることはなかった。もちろん一週間とか二週間とかで人が変わってしまうとは思ってない。それでも、イチコさんたちを避けるようになったということが、問題の解決を放棄したっていうことだと感じる。せっかく自分を受け入れてもらえるチャンスだったはずなのに。


ただ、館雀さんにはそう見えなかったんだろうな。イチコさんや山仁さんの話し方や接し方が、彼女にとって理解できるものじゃなかったんだろうってことかもしれない。鷲崎わしざきさんからアプローチを受けてた僕がそれを受け入れられなかったみたいに。


そうなんだ。イチコさんや山仁さんのやり方は、僕には合ってたかもしれなくても、誰にでも通用するってわけじゃない。もし通用するなら今頃、もっとたくさんの人が救われてるはずなんだ。だけど現実には、僕たちだけにとどまってる。


世の中にはいろんな人がいて、いろんな考え方の人がいて、いろんな感じ方の人がいる。僕がイチコさんや山仁さんから感じ取ってるものを、他の人も同じように感じられるわけじゃないのは事実なんだ。


残念だけど…。


でも、そういうものなんだ。それが当たり前なんだ。何でもかんでも僕たちの思い通りになるわけじゃないってことを忘れちゃいけない。もしそれを忘れて『僕たちのやり方こそが正しい。どうしてそれが分からないんだ!』みたいなことを考え始めたら、それ自体が大きなストレスになってしまう。ううん。ストレスっていうだけじゃない。自分の思い通りにならないことに腹を立ててたら、それが事件の原因になってしまうことだってあると思う。だって、世の中で起こってる事件の原因を突き詰めてみると、結局のところは加害者が自分の思い通りにならないことに腹を立ててってことがすごく多いはずなんだ。それは、玲那にも当てはまってしまうと思う。


玲那の場合は、腹を立ててと言うか、他にどうしていいか分からなくなってって感じだと思うけど、それだって冷静に他の方法を考えることができてればあの結果はなかったんじゃないかな。『他にどうしようもない』って考えてしまったから追い詰められてしまったんだろうし。


僕は、それが怖い。


イチコさんや山仁さんや僕たちのやり方だけが絶対じゃない。正解じゃない。館雀さんにとっての正解は違ってたってことなんだ。その正解に出会えるかどうかも、僕には分からない。


だけど少なくとも、田上さんにとっては正解なんじゃないかな。



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