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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百九十三 文編 「心が折れないように」

お昼も水族館の中で済まして、イルカのショーも見て、沙奈子も玲那も満喫できたみたいだった。午後になって沙奈子が少し疲れた様子を見せ始めたところで、いつものようにお開きにする。


『じゃあ、また来週ね』


玲那のメッセージを受け取って、絵里奈とキスを交わして、僕と沙奈子はバスに乗った二人を見送った。


それから僕たちもバスに乗って帰路に就く。


残念ながら椅子には座れなかったけど、最近は沙奈子も慣れてきたのかそれほど眠そうにはしなかった。人混みが苦手なのは僕も同じだし仕方ないにしても、こうやって少しでも慣らすことができれば困ることも減るかもしれない。


同じ人混みに慣れさせるにしたって楽しんでそうしていけるのとそうじゃないのとでは違う気がする。楽しくなかったら余計に人混みが苦手になってしまうかもしれないし、それじゃ意味がないよね。


部屋に戻ると、さっそく玲那が、


「おかえり~」


と、自動テキスト読み上げアプリを使って話し掛けてきた。本当はこうしたかったんだろうなって思う。でも、「楽しかった~」って言うくらい十分に楽しめたみたいだ。こうやって気分転換できればいいって思える。




夕食の用意をするまでまだ少し時間があるから、沙奈子は自分でテキストを出してきて勉強を始めた。完全に習慣になってるからやらないと落ち着かないのかも。こうやって楽しく習慣付けられると勉強で困ることも減るのかもしれないなあ。


実際、今ではもうこの子は、学校の勉強も他の子とまったく変わらないんだって。むしろ成績は上位に入るくらいらしい。二年分も遅れてたのによくここまで持ち直せたなってホッとする。この子は元々頭はいいみたいだから、こうやって普通にできれば十分なんだろうな。


本当に良かった。


勉強も終わって夕食を済ませて山仁やまひとさんのところに行く。すると、


「は~、なんかすっきりした~」


って田上さんが。


星谷さんもまた少し顔が赤くなってるし、しっかり気分転換になったみたいだな。そこに玲那が話しかける。


「フミも楽しめたんだ?」


「うん。ヒロ坊を前にしたピカの様子を見てるだけでも楽しかったよ」


田上さんがニヤニヤしながらそう言うと、星谷さんが少し焦ったみたいな顔になる。


さらに波多野さんも加わって、


「今日もさすがにすっ転んだりはしなかったけど、また鼻血ふいたんだよね~」


だって。そうなのか。


「フ、フミの気分転換になればそれでいいですから…!」


ますます顔を赤くした星谷さんが上ずった声を上げる。相変わらず大希ひろきくんのことになると途端に可愛くなるなあ。


だけどそういうのも田上さんにとっては癒しになってるのかもしれない。だから大切な存在なんだ。


「ピカってば、マジで有能だよね。私がこうしてしゃべれるようになるアプリを用意してくれるだけじゃなくて、フミまで癒すとか」


「ししし」って感じで笑いながら言う玲那の言葉に、星谷さんは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。


言い方はともかく、玲那の言ってること自体は僕もそう思う。しかも、本人が何でもできるっていう意味じゃなくて、自分のできることとできないことをちゃんと理解してる感じがするんだ。


玲那が使ってる自動テキスト読み上げアプリは、星谷さん自身が作ったわけじゃない。さすがの星谷さんも、IT技術にまで精通してるってわけじゃなかった。でもその代わり、そういうのが得意な人と繋がりがあって、しかも必要とあれば躊躇なくその伝手を使うことができるっていうのがすごいんだ。弁護士のことも探偵のことも税理士のことも。


ご両親が仕事の関係でいろんな人と付き合いがあって、彼女もご両親と一緒にパーティーとか会合とかに参加したりしてそこで人脈を広げてしっかり活かす。


人間が一人でできることなんてたかが知れてる。でも、それぞれできることが違う人たちを繋ぐことで大きなことができるようになったりする。星谷さんは、人と人とを繋いでそれで何かを成すタイプなんだろうな。会社に雇われて『自分は社畜だ~』と愚痴を言うんじゃなくて、雇う側になる人なんだと思う。


そうだよな。人に使われることを嘆くくらいなら自分が使う側になればいい。使う側になる能力がないと思うんなら、使われる側のプロになればいい。できないことを嘆くんじゃなくて、自分にできることで力を発揮すればいいんだと思う。星谷さんはそれができる人なんだろうな。


ただ、そんな星谷さんでも大希くんのこととなると途端にダメダメになる。そういうところが人間味があっていい。そういうのが全くない、完璧な人だったら近寄り難くてここまで親しくなれてなかった気もする。


それがまた、田上さんにとっても安心感になるのかな。


以前聞いたんだけど、田上さんにとって星谷さんとの出会いは本当に最悪と言っていいものだったらしい。勝手にスクールカーストを作ろうとしてた星谷さんに、『底辺』とレッテルを貼られかけたそうなんだ。今の星谷さんからは想像もできないような最悪の出会いをして、でも今はこんなにお互いを大切に想うことができてる。


人は変われるんだ。決して簡単なことじゃなくても、変わろうと思えばその可能性は十分にあるんだろうな。そして田上さんも星谷さんも変わった。そのきっかけになったのはイチコさんでも、そのきっかけをもとに変わろうとしたのは二人なんじゃないかな。


だから田上さんの家族のことも諦める必要はないのかもしれない。何かのきっかけがあって、本人が変わろうと思えれば。


けれど同時に、変わってくれることを期待するのも違うんだろうな。変われる可能性は諦めずに、でも同時にそれを期待しすぎない。


って、結局それって、目の前の現実を受けとめられるようになるってことなのか。田上さん自身が自分の置かれてる状況と折り合いをつけられるようになるのが大事ってことなんだな。


最終的に落ち着くところはそこだとしても、そこに辿り着くまでに心が折れてしまったりしないように誰かが支える必要があるんじゃないかな。田上さんにとってはそれがイチコさんであり星谷さんであり波多野さんなんだと思う。そこに、僕や絵里奈や玲那がちょっとだけ力になれればって思うんだ。


今日、旅館の日帰り入浴に行ってリフレッシュできてもまたすぐ落ち込んだりするかも知れない。だけどそうやって落ち込んだらまたみんなで支えればいい。そのために一緒にいるんだ。そうしていつか、田上さん自身が自分の状況を受けとめられるようになればいい。一人で受け止めるのが無理ならやっぱりみんなで支える。


そしてそんな田上さんも、イチコさんや波多野さん、たぶん星谷さんにとっても支えになってるんだろうな。



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