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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百九十二 文編 「チンアナゴ」

土曜日。星谷ひかりたにさんが田上たのうえさんに気分転換してもらおうとまたあの旅館の日帰り入浴プランを利用することにしたらしい。


田上さんが自分の家に帰る決心をした後、予約を取ってたことを告げたんだけど、その時に、


『決して私がヒロ坊くんと一緒にお風呂に入りたいからではありませんから…!』


とも言ってた。でも、波多野さんも田上さんもニヤニヤしてたなあ。


だけどそうやってニヤニヤできるのは気持ちにそれだけ余裕があるってことだろうし、いいことなのかな。大希ひろきくんの前では『可愛らしい女の子』になってしまう星谷さんを見てるだけでもなんだか気持ちが和んでしまうから、そういう意味でも気分転換にはなりそうだ。


一方、僕たちは僕たちで、今日も水族館に行くことにした。チンアナゴをテーマにしたイベントがあるそうで、この前行った時のペンギンのイベントのチンアナゴバージョンってことだった。しかも今回は、前回はすでに定員に達してて参加できなかったゲームに参加するべく玲那が意気込んでるので、水族館の開館時間に合わせて行くことにする。


沙奈子の午前の勉強も今日は休みだ。


「玲那お姉ちゃんのためならいいよ」


って言ってくれてたし。


まあ、玲那が子供みたいと言えばそうなんだけど、あの子は実際にまだ子供みたいなものだから。子供の頃に時間が止まってしまって、それを今、やり直してるところだから。


というわけでいつもより早く家を出る。駅前のバス停から乗って、合流は水族館の前だ。


なんて思ってると、僕と沙奈子がバスに乗ってようやく走り出したところで、


『着いたよ~』


と玲那からのメッセージが。早すぎだよ。どんだけ楽しみにしてたんだ。


だけど着いてみると、すでに結構な人が待ってた。この全員がゲームをする訳じゃないにしても、割と定員ギリギリだったかもしれない。早く来たかった玲那の気持ちも理解できてしまった。


「間に合うかどうか冷や冷やしちゃったよ~」


だって。


「ごめんごめん。まさかここまでとは」


正直、僕も沙奈子もゲームは興味がなかったから、先に並んでてもらっても良かったんだけどね。でも玲那としても、ゲームをするのは自分一人で良くても入館は僕たち四人で一緒にっていう想いもあったらしい。


まあそんなこんなで入館して、さっそくゲームの整理券をもらってきた。実際にプレイできるのは10時半からだそうだけど、このまま会場の近くで順番が来るまで待てばいいか。


と、待ってる間はなるべく大人しくしてることにした。というのも、さっき、玲那が『間に合うかどうか冷や冷やしちゃったよ』と例のテキスト読み上げアプリを使ってしゃべった時、機械音声だったからか周りの人が僕たちに注目したんだ。玲那が言うには、


『最近、この音声も動画サイトとかでよく利用されて有名になっちゃったっていうのもあると思う』


ってことだった。僕はよく知らないけど、そういうのもあるのか。


だからこういう人の多いところであまり多用すると変に目立ってしまうかもしれないし、しばらくは自重しようということになったんだ。


せっかくのアプリを自由に使えないというのは残念でも、僕たち家族だけの時や山仁やまひとさんのところでは気にすることなく使えるから、それでいいと思う。


なんてことを考えてるうちに順番が来て、玲那がゴーグルみたいなのをつけてゲームを始めた。いっぱい人が見ててもそれのおかげで顔が分からなくなるからこれならできるっていうのもあったらしい。


僕と沙奈子と絵里奈は、三人で玲那を見守った。普通は沙奈子がするところなのかもしれないけど、この子はあまりゲームに興味はないし人前に出るのも苦手だし、それで定員のあるものに参加するのは申し訳ないからね。


十分ほどでゲームは終わって、ニッコニコで顔を上気させた玲那が僕たちのところに戻ってきた。


『あ~、楽しかった』


とメッセージを送ってくる。本当に楽しかったんだろうなっていうのを感じる。この子が楽しめたのなら僕も満足だった。


それから、ペンギンの時にもあったフォトロケーションっていうので写真も撮ると、チンアナゴと一緒に写真が撮れたのが嬉しかったみたいで今度は沙奈子が笑顔になってた。相変わらず他の人には分かりにくい笑顔でも、僕たちにとっては満面の笑顔だった。


チンアナゴのパフェもあったけど、それは11個限定ということで売り切れてて食べられなかったのは残念そうにしてた。写真を見て「可愛い」って言ってたんだけどね。ただそれは僕には、正直、ちょっと気持ち悪かったかな。見た目的に。


まあその辺の感性の違いは親子だからって同じになるとは限らないから気にしない。


一通りイベントを楽しんだ後は、一般の展示も見て回る。と言いつつ、一番長くいたのはオオサンショウウオのところだった気がする。沙奈子も玲那も、いくら見てても飽きないんだって。そんな二人の様子が、僕にとっても面白い。


「やっぱり完全に姉妹ですよね」


絵里奈が僕にそう話しかけるのにもうんうんと大きく頷いてしまった。


思えば、沙奈子も玲那も一人っ子だったんだよな。絵里奈もか。


と思った時、『あれ?。そう言えば沙奈子って一人っ子だよな…?』なんて頭によぎってしまった。何人もの女性の下を転々としてたっていう兄のことを思い返すと、もしかして他にも兄弟姉妹がいてもおかしくないかもって思ってしまったり。


ただ、今では確かめようもないのか。


兄の嫡出子として出生届が出されてたら沙奈子の戸籍でも確認できるんだろうけど、もし、女性の方で非嫡出子として届けられてたらもうほとんど確認のしようもないんじゃないかな。


その辺りは、実は玲那も似たようなものらしかった。実のお父さんは結婚してからも何人もの女性と付き合ってたらしくて、兄弟姉妹がいてもおかしくないと、玲那自身がぼやいてた。


自分の知らない兄弟姉妹がいるかもしれないとか、考えただけで頭を抱えそうだ。どうしてそんなことになるのか、意味が分からない。


ああでも、親が離婚した後に再婚とかして新しい家族ができたりしたら、そういうのもあるのか。それで考えると別に変でもないのか。


だから僕はその辺りのことについては考えるのをやめた。そんなことを言い出したら僕の両親だって結婚前に何があったか知らないし、なにがあってもおかしくなさそうだし。


ただまあ、そういうことがあっても不思議じゃないっていうのは頭に留めておこうかな。僕や沙奈子や絵里奈や玲那だけじゃなくて、身の回りでもそういうことがあったりするかもしれないから。


何があっても慌てないように、いろんなことを想定しておかなくちゃって、チンアナゴが一杯並んだ写真を見ながら改めて思ったりしたのだった。



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