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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百九十 文編 「猛毒の言葉と救いの声」

「私がもし自殺したら、あの人達を苦しめることができるかな……」


水曜日は特に何もなく過ごせたけど、木曜日の夕方、田上たのうえさんがそんなことを言い出した。それを聞いて僕はギョッとなってしまったのに、山仁やまひとさんもイチコさんも星谷ひかりたにさんも波多野さんも、ただ彼女の言うことを静かに聞いてるだけだった。


「あの人…、結婚したことも私や弟を産んだことも『失敗』だったって言ったんだ……。それも、何かに追い詰められて感情的になったとかって感じじゃなくて、ホントにイヤそうに面倒臭そうにボソッとさ……。


ありえなくない…?。それを自分の子供の前で言うんだよ…?。そんなの、子供に『死ね』と言ってるのと同じじゃん……。


ホント、私、何のために生まれてきたんだろ……。


どうしてあんな人の子供に生まれてきちゃったんだろ……。


なんかもう、イヤになっちゃった……」


この感じのことは、これまでにも何度もあったんだって。だからみんなは慣れてるって言うか、まずはちゃんと話を聞いてからってことらしい。


館雀かんざくさんのことはすっきり解決とはいかなかったけど取り敢えず一段落ついたみたいなのに、人生は楽じゃないな。


田上さんの言葉が途切れたところで、イチコさんが静かに口を開いた。


「私は、お父さんにそんなこと言われたことないからフミの気持ちは分からない。だけど、そんなことを言われて落ち込んでるフミを見てるのはイヤだな。


フミ…。私、フミに生きててほしいよ。フミが死ぬのはイヤだ。


フミのお父さんとお母さんが苦しむかどうかは知らないけど、私はイヤだよ…」


それに、波多野さんと星谷ひかりたにさんも続く。


「そうだよ、フミ。フミのお父さんやお母さんにダメージがあるかどうかなんて私らには分からないけど、私らには間違いなくダメージだよ」


「そうですね。イチコやカナの言う通りです。『失敗だった』なんて言う人がダメージを受けるとは思えません。むしろ私たちにこそダメージがあるでしょう。


私は、自殺というのは加害行為だと考えています。自殺することでショックを受ける人がいるのなら、それは紛れもなく加害行為なのです。


『死にたい奴は死ねばいい』とか安易に言う人がいますが、それは『人を殺していい』と言ってるのと同じだと私は思います。その死によって残された者が苦しむのであれば、他殺も自殺も等しく加害行為でしょう。私はそのようなことを是認することはできません」


静かに、決して田上さんを責めるような感じじゃなく、イチコさんたちはそう言った。僕も、まさにその通りだと思った。


そこに、玲那が続く。


「フミ。実の父親が許せなくて殺そうとした人間として、私も言わせてもらうよ。


私も自殺することは何度も考えた。考えすぎて訳が分からなくなるくらい考えた。


でも、私が死んだら私の実の両親は逆に喜んだと思う。邪魔なのがいなくなって清々したって考えたと思う。


だから私は、自殺しなかった自分を褒めたい。あんな人たちを喜ばせなかった自分を褒めたいんだ。


世の中にはさ、『苦しんでる人を見るのが辛い。楽にならせてあげたらいい』とか言って自殺を勧めるのがいるけど、私はそんなの大嘘だと思ってる。そういう奴ってさ、人が死ぬところを見たいだけなんだよ。


だってそうだろ?。苦しんでる人を救いたいなら、その人を苦しめてる奴をどうにかするのが筋ってもんじゃないか。


苦しめてる奴をどうにかできないんなら、せめて苦しんでる人を守ってやれよ。絵里奈もお父さんもそうしてくれてるよ。


人を苦しめてる奴を放っておいて、苦しんでる人に『死ねばいい』なんて、まともな人間の言うことじゃないよ」


星谷さんが試しにということで知り合いのシステムエンジニアに依頼して作ってもらったという、自動テキスト読み上げアプリを通して、玲那が本音をぶちまけた。


それは、まさに玲那の本音だと思った。実の両親に苦しめられ続けて、結局は最後まで、それどころか死んでまで玲那を苦しめ続ける実の両親と、好き勝手なことを言う無責任な他人に対する正直な気持ちだったんだと思う。


実際に耳に聞こえていたのはテキスト読み上げアプリの機械音声のはずなのに、僕には玲那の肉声が聞こえた気がした。僕の脳が、勝手に、記憶の中にある彼女の声に変換したんだろうな。


「玲那さん……」


田上さんは、目に涙をいっぱいに溜めて、画面の中の玲那を見詰めてた。それから、頭を下げて、


「ごめんなさい……」


って。


田上さんがどうして謝ったのかは僕には分からない。『自殺したい』みたいなことを言ってしまったことについてなのか、それとも愚痴を聞かせてしまったこと自体についてなのか。でも、『ごめんなさい』って言えるってことはまだ大丈夫なのかなとも思った。まだ冷静に考えることができてるのかなとも思ったんだ。


この日は結局、田上さんはイチコさんの家に泊まることにしたらしかった。さすがにとても家に帰る気にはなれなかったらしいし、みんなもこの時の田上さんを一人にするのは不安だったらしいから。


こうやって逃げ込める場所があるっていうのは大事なんだろうなって僕も改めて思った。




沙奈子を連れてアパートに帰ると、玲那がさっそく、テキスト読み上げアプリを使って話し掛けてきた。


「まさかこれを試すのがこんな形になるとは思わなかったけど、これ、いいね」


さっきと違って今度は普通に機械音声として聞こえてきた。あの時は僕も感情が昂って気持ちが入り込んでたから、玲那の声で脳内変換されてしまったのかもしれない。ただ、ひょっとすると慣れてくれば普段から玲那の声に聞こえてきそうだとも思った。


「でも、星谷さんとしては、普通にしゃべる時みたいに口を動かすだけで音声を再生するシステムを作りたいらしいけどね」


そうだった。実は以前からこういうのを試しているという話はしてたんだ。玲那のことがあって、しゃべれなくなった人のために役に立つものを作れないかと考えたらしい。ただ、口の動きだけで音声を再生するのはまだ上手くいかないんだって。声って、唇の形だけじゃなくて、口の中の形でいろんな声を出してるからね。いずれは、専用の機械で口の中の動きも読み取ってより正確に音声を再生することを目指してるとも言ってた。


もしそれが実用化されたらすごいことじゃないのかな。しかもそれだけじゃなくて、本人の声がデータとして残っていればそれを使ってより肉声に近い『声』を再現したいとまで。


本当に、世の中を大きく動かしたり変えたりする人って、星谷さんみたいな人なのかなともまた思ってしまった。


だけど星谷さんがそういう発想ができるのも、田上さんや玲那のことを真剣に考えてくれてるからなんだろうなっていうのも感じたのだった。



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