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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百八十八 文編 「レンタル家族」

沙奈子を連れてアパートに帰り、お風呂からあがるとちょうどそこに鷲崎さんがビデオ通話に参加してきた。いつもと変わらない様子で安心する。話自体も、仕事が忙しかったとか結人ゆうとくんの学校で運動会があったとかの世間話がほとんどだった。


僕たちと話をする鷲崎さんの顔もすごく穏やかだ。いろいろ苦労もあるはずだけど、それ自体は生きてる限り仕方ないと思う。大事なのはそれとどう折り合いをつけていくことなんだ。


波多野さんはかなりそれができるようになってきた気がする。だけど今度は田上たのうえさんの問題が気になってしまう。


田上さん自身も、自分の家庭の問題については気にしても仕方ないと開き直ろうとはしてるみたいだ。でも、完全には開き直れてないっていうか。


それも当然なんだとは思う。人間っていうのはそこまでは割り切れないものだと思うし。本当に気にしないようになれることはないかもしれないし、かなりそれっぽく振る舞えるようになるとしても、そうなるまででも時間は必要なんだろうな。


本当は、お父さんもお母さんも弟さんも変わってくれるのが一番なんだとしても、どうすれば変えることができるのか、そもそも変えてしまうことが本当にいいことなのかも分からない。いや、変われればきっと今以上に幸せな気持ちになれることもあるんだとは思うけど、無理矢理そういう風に変えてしまうってのは、それはそれでただの洗脳のような気もしてしまう。それに、話を聞いてる限りではお父さんは不器用なだけで真面目な人らしいから、それを上手くフォローしてくれる誰かがいるだけでも全然違ってくるのかもしれない。


難しいな。


本人が自分で気付けるようなきっかけがあるのが一番なのかな。




月曜日。仕事が終わって山仁さんの家に行くと、田上さんが疲れたような顔をしてた。


「はあ…、家に帰るのが憂鬱……」


聞くところによると、昨夜、塾を辞めたことでお母さんに小言を言われたらしい。『お金を無駄にするな』って。


「お金を無駄にするなとか言って、一番無駄遣いしてるの自分じゃん。見栄張って豪勢なランチしにいって服とかバッグとか買いまくって。ほとんど着てないし使ってないの私知ってるんだよ? エステとかも行ってるみたいだけど、いくらやっても結局はただのおばちゃんじゃん。それが無駄遣いじゃなかったら何だって言うのよ」


だって。これはかなりストレスが溜まってるんだろうな。


するとイチコさんが言う。


「どんまい、フミ。仕事は大変だと思うけど」


イチコさんの言った『仕事』っていうのは、田上さんが家に帰ること。本当の家に帰るのは、『レンタル家族』として仕事しに行くんだと自分に言い聞かせるようにしてるんだって。イチコさんもそれに合わせてくれてるんだ。


「うん、そうだね。仕事だから仕事だから。気にしない。あの人たちはただの職場の人たち。今から仕事に行くだけ。うん、ただの仕事」


まるで呪文みたいに繰り返して、僕が沙奈子と一緒に帰る時に帰っていった。いや、『仕事に行った』のかな。


子供が自分の家に帰るのに『仕事に行く』と自分に言い聞かせないといけないのって、本当に辛いな。もし沙奈子がそんな風に思いながら帰ってきたとしたら僕は自分が許せなくなりそうだ。


それでも、家に帰れるだけ田上さんの方が波多野さんよりマシなんだろうか。波多野さんの家はますます荒れてるらしい。どっちがマシってこともないのか。どっちもそれぞれ辛いんだから。


沙奈子と一緒にアパートへ帰ると、田上さんの話題になった。


『フミのところも大変みたいだね』


と、玲那からのメッセージ。


「具体的な解決策みたいなのが見付からないっていうのがやっぱりきついな」


僕が応えると、絵里奈が悲しそうな顔をした。


「世間的に見ると恵まれてそうに見えるから余計に難しいですよね。私の家もそんな感じでしたから……」


そうだった。絵里奈の家庭も表面上は良さそうに見えて、でも彼女にとっては安らげない場所だった。だから他人事じゃないんだ。


「私も結局、それで家にいられなくなりました。私の場合は幸いにも叔父さんがいてくれたから大きく道を踏み外さずに済みましたけど、正直、かなり危なかったですよね……」


だけど、俯き加減にそう言った絵里奈に、玲那がツッコむ。


『ま~、絵里奈の場合はルーズソックスのギャルもどきで済んだんだよね』


「!、やめて~!!、言わないで!!」


そうやって笑い話で済むということは、不幸中の幸いだと思う。これでもし絵里奈がもっと荒れてたら、今の僕たちはなかったかもしれないんだから。


それで思えば、田上さんは見た目も含めて生活が荒れてる訳じゃないから、そういう意味では踏みとどまってるんだろうな。その点では、弟さんが心配なのか……。




火曜日。山仁さんのところに沙奈子を迎えに行く。沙奈子も大希ひろきくんも千早ちはやちゃんも相変わらず仲が良さそうで楽しそうでそっちは何も心配要らなさそうだけど、田上さんのことが僕は気になってた。昨日、あれから自分の家に帰ってどうだったんだろうって。


だけど今日は割と落ち着いた感じだった。


「取り敢えず昨日も無事に仕事終えられたよ」


言ってることは悲しいけれど、無事だというのは何よりだよ。


館雀かんざくさんの話題はほとんど出なくなってきてた。星谷さんも、近々彼女に対する監視をやめるらしい。決して状況が良くなった訳じゃないけど、いつまでも彼女だけを気にしてるわけにもいかないだろうし。


前にも言ったけど、具体的に何も解決できないままに、ただうやむやに終わっていくだけなんだな。当たり前か。そんなにきれいに解決できることの方が少ないんだから。何となくで何となく過去のことになっていって何となく忘れていくんだ。その中で大きな事件にならないことを祈りながら。


玲那の時には何となくでうやむやにできなかった。実のお父さんが玲那の心の傷を踏みにじり蒸し返すようなことをしたから……。せめてそれがなければあの事件は起こってなかったんだろうか。それも分からない。館雀さんがそうならないように祈るしかできないんだな。


本当に世の中に起こる事件の多くが不幸の中で起こってるんだっていうのを感じる。不幸が事件を招くんだって。だから僕たちは小さくても幸せを積み重ねていくんだ。事件とか起こして台無しにしたくないって思えるように。結局それが一番なんだってやっぱり思う。事件とか起こして壊したくない幸せがあるから自分を抑えられるんだ。


いくら隠してもバレないようにしようとしてもどこかから事件はバレるんだって、ニュースを見てると思う。だったらバレないように事件を起こすんじゃなくて、事件そのものを起こさないようにするのが一番賢いんだろうな。



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