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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百八十七 文編 「注意深く見守る」

夕方。また山仁さんのところに行く。最近では、田上たのうえさんの様子が気になって行く感じになってる気がする。波多野さんは意外なほどに落ち着いてきてる気がするんだ。


もちろん、状況が良くなったわけじゃない。お兄さんは相変わらずだそうだし、ご両親は離婚調停の真っ最中。一番上のお兄さんは連絡さえしてこない。本当に家族はバラバラになってしまった感じだと言ってた。


だけど波多野さんは言う。


『もう、気にしても仕方ないかなって自分でも思うんだ。私の力じゃ家族を元に戻すことはできない。だったらそれをいつまでも悔やんでたって始まらないよ。私は私で幸せになる。家族には頼らない。家族には期待しない。だって、家族って言っても私とは別人なんだからさ』


悲しい考え方かもしれないけど、それも事実だと思う。たとえ家族でも、差し出した手を掴んでくれない人を助けることはできない。差し出した手を掴んでくれないような人にしてしまったら、それを変えるのは並大抵のことじゃない。


だから、家族がそういう人になってしまわないようにしたいと僕は思う。


沙奈子が、絵里奈が、玲那がそうなってしまわないように。


一度心が離れてしまうと、それを取り戻すのは、最初からそうならないようにすることよりももっとずっと難しいんじゃないかな。波多野さんや田上さんは、今まさにそれを経験してるところなんだろうな。


千早ちはやちゃんは、まだ心が離れてるのを取り戻せたっていうところまではいってないみたいだけど、取り敢えずこれまで以上に酷くなるのは回避できてるらしい。少なくとも、怒鳴られたり暴力を振るわれるのは今でも収まってるって話だった。それだけでもすごいことなんだって気がする。


ただ、千早ちゃんの事例がそのまま波多野さんや田上さんには当てはまらないのがすごく残念だった。


お兄さんはいまだに『相手とは同意の上だった。自分はハメられたんだ』みたいな主張をしてるらしい。今の弁護士はその主張に即した対応をしてくれてるらしいけど、正直、それを裏付けられる根拠は殆ど無くて苦労してるという話だった。どうしてそんなことをするのか、僕には理解できない。一体、何が気に入らなくてそういうことをしてるんだろうとさえ思う。


だけど、それが家族を苦しめるんだっていうのを分かった上でやってるんだろうなっていうのは伝わってくる。そういう意味では、昔の僕になら理解もできそうだって今でも思ったりはする。僕の両親や兄になら、いくらでも迷惑をかけても平気だし、むしろ苦しめてやりたいとさえ思ってしまうだろうなって。


でもやっぱりそれは理解したくないんだ。今の僕にとっての家族である沙奈子や絵里奈や玲那に対してはそんなことしたくないから。


波多野さんのお兄さんにとってもそう思える人がいればあんなこともしないのかもってついつい思ってしまう。その一方で、波多野さんみたいないい子のことをそんな風に思えないっていうのも分からないんだ。分からないけど、お兄さんから見れば彼女は守りたいと思えない態度を取ってたってことなんだろうな。


誰かにとってはいい人に見える人でも、他の誰かからは嫌な人に見える。そういうのも人間社会ではよくあることなんだろうっていうのは僕にも分かる。


けれどそれは、お兄さんが波多野さんに対してやった仕打ちにも原因があるはずなんだ。小さい頃から彼女に意地悪をして、しかも下着をはぎ取って足を広げさせたりとか、子供の悪戯と言うにも度の過ぎたことをしてたそうだし。


しかも、波多野さんのご両親がそれを知りながらただの『兄妹ゲンカ』ということでロクに注意もしないままで放ってきたことで彼女はお兄さんのことを嫌いになっただけじゃなく、両親のことまで信じられなくなってしまった。


結局、どれもこれも波多野さんのご両親が招いたことだっていう面があるって感じてしまう。


『親のせいにするな』って言う人もいると思う。でも、何も影響しなかったとは言えないはずなんだ。事実、お兄さんがヒドイことをしてもそれを見逃してきたのはご両親なんだから。そこでちゃんと、そういうのは良くないことだってお兄さんが理解するまで根気強く諭していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。


星谷さんが今の星谷さんになれたのは、彼女が納得するまでイチコさんが説明してくれたからだって言う。『言ったって分からない』『言葉では伝わらない』っていうのは、伝わるまでそれをしなかった人間の言い訳だと、今では思ってる。分からない、伝わらないじゃない。分かるまで言わなかった。伝わるまで言わなかった。だけなんだ。


相手が赤の他人だったら。そこまでする義務もないのは分かる。僕だってそんなことはしない。だけど自分の子供相手にそれは無責任だとも思うんだ。だって、その子をこの世に生み出したのは、あなたなんでしょう?って思うし。自分が生み出しておいて『知らない』『関係ない』はおかしいんじゃないかな。


そんなことをされたら、子供だって親を信用もできないし信頼もできなくなると思うんだ。尊敬なんてそれこそできない。親だから尊敬されるんじゃないと思う。尊敬される親であろうとするから尊敬されるんだ。


そういう意味では、田上さんのご両親も同じかもしれない。田上さんがご両親のことを信頼も尊敬もできないのは、ご両親がそれだけのことをしてないからってことなんだろうな。お父さんは、仕事に対しては真面目で誠実かもしれないけど、自分の子供に対しては必ずしもそうじゃなかった。お母さんはそんなお父さんをATMと呼んで人間扱いすらしない人だった。これじゃ、どうやって信頼していいのか尊敬していいのかも分からない。僕だってそんな人を信頼も尊敬もできないし。


今はまだ、波多野さんのところのように家族の誰かが犯罪まで犯してるわけじゃないけど、弟さんは、最近では夜まで遊び歩いて生活が荒れてきてる傾向があるらしかった。それはマズいんじゃないかな。


それについて、星谷さんも心配してるらしかった。さすがに探偵に監視させるまではまだしてないにしても、情報だけは集めてるらしい。特に懸念してるのが薬物などに手を出したりってことだって。


幸い、今のところはそこまでじゃないそうだけど、これからも慎重に注意を払っていかなければと星谷さんも言ってた。だけどここまで注意を払ってもらえるというのがむしろ幸運なんじゃないかな。道を踏み外しそうになったら止めてもらえそうだし。普通はそこまで見守ってもらえないと思う。


本当は、親が注意深く見守るべきなんだろうな。だって、他人にはそこまでしなきゃいけない義務もないんだから。星谷さんがそこまでしてるのは、あくまで自分の友達である田上さんのためなんだから。



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