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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百八十六 文編 「面倒な生き物」

日曜日。いつものように料理をしに来る千早ちはやちゃんたちを迎えて、僕は星谷ひかりたにさんと話をしてた。


館雀かんざくさんのことは結局どうなりました?」


「最後に山仁さんのお宅に来た日以降は、学校でも関わってこなくなりましたね」


「そうなんですか。そのままおとなしくしててくれたらいいですけど…」


「それは私も思います。彼女自身が抱える問題を解決できればそれが一番ですが、本人が解決のために動かないのではこちらとしても手出しのしようがありませんし」


先週の日曜日。星谷さんから受けた説明を思い出す。館雀さんもご両親とあまりいい関係じゃなく、しかもそのご両親自身が他の保護者の人たちからPTA活動のこととかで顰蹙を買って、そういう諸々が館雀さんの振る舞いを粗雑にさせて、同級生たちからのイジメを誘発してっていう話。


もちろん、館雀さんのご両親のしたことも褒められたことじゃないと思うけど、だからってそれを自分の子供の前で愚痴って館雀さんへのイジメを正当化させるようなことをした他の保護者の人たちのことも残念だとしか思わなかった。以前に聞いた時にも思ったけど、やっぱり、誰か一人が悪いんじゃなくて、みんなが少しずつ間違ってたって気がする。


だから僕はいっそう、沙奈子の前でそういうことを言わないようにしたいと思った。それが原因で沙奈子が他の子に辛く当たるようなことになったらイヤだ。イジメの加害者になるようなのはイヤだ。そんなことになるくらいなら愚痴なんて呑み込んだ方がマシだ。それを別な形で発散というか癒すことができたらそれでいい。沙奈子や絵里奈や玲那の笑顔を見ていられたら忘れられる。それが一番だって感じるんだ。


ただ、僕がこうして館雀さんのことについて星谷さんと話してることも、言い方を気を付けないとただの愚痴や陰口になってしまうかもしれない。それも困る。その辺りは、星谷さんも考えてくれてるとは思うけど……。


星谷さんはさらに言った。


「館雀さん自身のこともそうですが、私としては、彼女のことでフミが感情的になるのも好ましいことだとは思いません。他人を罵ることは自らを貶めることになると、私はかつて自分がそうだったからこそ思うのです。フミには私と同じ轍を踏んでほしくありません」


少し俯き加減でそう言う星谷さんのことも、僕は立派だと思ってる。自分が良くないことをしていたときちんと反省してそれを活かすことができてるんだと思うんだ。だから星谷さんは、ただ誰かのことを一方的に悪く言わないように気を付けてるんだと思う。その姿を、今、千早ちゃんが習ってると感じてる。


意見はきちんと述べるけど、それはちゃんと客観的なものになるように考えてるんじゃないかな。館雀さんのことを話すときも、ただ一方的に彼女を責めるんじゃなくて、彼女が抱えてる問題についても考慮に入れて語ろうとしてる。僕もそれを見習いたい。


誰かを罵るのでもない、ただ単に可哀想可哀想と言うのでもない、具体的に解決のための何かを探り当てようとする話し方。高校生の女の子がそれをしようと心掛けてることがもうすごいなあって。


イチコさんも星谷さんも本当に立派だよ。二人の倍近く生きてるはずの僕なんかよりもよっぽど。だけどそれ自体が、手本になる人がいてこそのものなんだろうな。


自分の思い通りにならない気に入らない相手を怒鳴って罵ってってしてる大人を見習えば、その子供も大人になって同じことをする。暴力で物事を解決しようとする大人を見習えば、その子供も暴力で解決しようとする。


その実例を、僕は何度も目にすることになった。玲那が事件を起こしてしまったのだって結局はそれなんだって、事あるごとに実感する。


大人はそれを自覚しなきゃいけないって僕は思うんだ。パワハラしたりセクハラしたり社内イジメしたりルールを無視したり嘘を吐いてる場合じゃない。そういうの全てを子供たちが見てるんだ。それを忘れちゃダメなんだ。自分が子供の頃に『カッコ悪い』と思ってた大人の姿を再現してちゃダメなんだ。


自分が大人にされたことを次の子供にやらないのを『自分だけが損してる』って思う人もいるかもしれない。でも、自分がそうやって自分たちの上の世代を毛嫌いしてるということは、上の世代からしたら介護とかが必要になった時にちゃんと面倒見てもらえないという形で自らに返ってくるんじゃないかな。ということは、上の世代が自分にしたことをさらに子供たちにやったら今度は自分が子供たちから毛嫌いされて、介護が必要になった時に見捨てられることになって結局は損をするんじゃないかな。


我慢することは損だと思うかもしれない。でも、そうやって我慢したことがいつかは自分に良い形で返ってくることもあると思うんだ。もっとも、僕はそれを我慢とは思わないけど。


我慢するまでもなくイヤなんだ。自分が尊敬できない信頼できない人と同じことをするっていうのが。そういう人と自分が同じになるっていうのが。そんなことする方が、僕にとっては『損』なんだ。


だから僕はやりたくない。館雀さんがやってたようなことも真似したくない。


それを、星谷さんも分かってる。


「彼女が私たちに対してしたことは確かに不愉快極まりないことです。人として恥ずべきことであり、強い非難を受けるべきことなのでしょう。ですが、だからこそ私たちは彼女と同じことはしないように心掛けたいのです。私が彼女と同じことをすれば、今度は千早がそれを真似るでしょう。私はそれを望みません」


僕がまさに思ってたことを、星谷さんは言っていた。星谷さんと同じことを考えられてることに、僕は何だかホッとした。


「そして、フミが彼女と同じになることも、私は望みません。ですから、フミが彼女と同じにならないように私はしたいのです。


館雀かんざくさんが両親の影響を受け、イジメを受けた影響によってあのようになったというのなら、私はフミがそうならないように力になりたいと思います」


何度でもそう口にして、僕たちは自分がどうありたいのか、どうあるべきなのかっていうのを確認する。人間は忘れる生き物だし、目の前のことに集中してしまうとそれまでの想いとか誓いとかも見落としてしまいがちになると思うから。


星谷さんでさえそうなんだから、僕なんてそれこそいっつも自分に言い聞かせてないとすぐに忘れてしまうと思う。


人間って、本当に面倒な生き物だよね。考えすぎて失敗することもあるけど、考えなさすぎて失敗することもある。同じところを行ったり来たりしながら何度も失敗を繰り返しながらちょっとずつ成長していく。成長したと思ったら大事なことを忘れてたりする。


だけど僕は、そういう人間である沙奈子や絵里奈や玲那のことが好きなんだ。



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