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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百八十一 文編 「お風呂で考えごと」

沙奈子と大希ひろきくんと千早ちはやちゃんが帰ってくるまでの間にちゃんと顔を合わせてられたということで、三人が帰ってたところで沙奈子を連れてアパートに帰ることになった。


結果として絵里奈と玲那には直接会えなかったけど、こういう日もあるということで気にしないようにした。


アパートに帰って部屋に入ると、山仁やまひとさんの家とはまた違う、本当に気が抜ける感じがあった。いくら気心が知れてても友達や親戚の家と自分の家は違うってことなんだろうなって改めて感じる。


『よく頑張ったね、沙奈子ちゃん!』


ビデオ通話を繋げた途端に、玲那がメッセージを送ってきた。満面の笑顔で手を振ってる。


「ホントによく頑張ってました」


絵里奈も同じように笑顔で手を振る。それを見て沙奈子は照れくさそうに頬を染めながら頷いた。そんな彼女の頭を、僕も柔らかく撫でる。少し土ぼこりを被ったらしい髪の手触りが、この子の頑張りの証拠のような気もした。たぶん汗もかいたはずだから、今日は先にお風呂に入ることにする。


お風呂場の前で服を脱ぐ沙奈子は、以前はそれこそ何も気しないで裸になってたのが、多少は意識するようになってきたのか仕草が女の子らしくなってきた気がする。恥ずかしがってるっていうのとはまた違う気もするけど、服をポーンと投げ捨てるような脱ぎ方じゃなくなってるんだ。やっぱり子供じゃなくなりつつあるのかなってふと感じてしまった。


お風呂の中でも、以前より丁寧に体を洗うようになってるのかな。今はもう、頭も自分で洗ってもらってる。一緒に入りたがるからそれは断らないにしても、少しずつ自分でやるようにしてもらってるんだ。いずれは別々に入ることになると思うから。


それでもまだ、湯船に浸かる時は膝に抱いて二人してとろけたお餅になる。だけどこれも、6年生になる頃には別になってるかもしれない。


……なってないかもしれないけど。


ただ、『いつ頃までに』っていうのははっきりしないにしても、沙奈子も大きくなってきてるから二人で浸かるには窮屈になってくるはずだからね。そうなってくるとせっかくのお風呂でリラックスできなくなるし、さすがに沙奈子も自然と一人で浸かるようになってくれるんじゃないかな。


こうやって、この子の様子を見ながら少しずつ、スキンシップと言うか接触を減らしていこうと思ってる。不安そうにしたり精神的に不安定な感じになるようなら戻すことも想定しつつ。


沙奈子が経験してきたことは普通じゃないんだ。だから、そういう経験をしてきてない子と同じやり方は通用しないと考えてる。『もう5年生なんだから一人で入りなさい』と突き放すのはこの子にはたぶん適さない。だけど同時に、本人が一人で入りたがってるのに『心配だから一緒に入る』っていうのも違うと思ってる。沙奈子が『一人で入る』と言い出したら素直にそうさせてあげなくちゃって思ってる。


いつか、そんな風に言い出す日がくるのかな。


それを想像するとちょっと寂しい気持ちにもなる。でもそれは僕の勝手な感傷だから、そういうのを押し付けるのも駄目だとも思ってる。この子はいずれ僕の下を巣立っていくんだ。この子にはこの子の人格があって、考え方があって、人生がある。沙奈子が、自分で自分の人生を生きていけるようになるまで、僕はちょっぴり手助けさせてもらうだけなんだ。


ここまで一緒にこられただけでも、それ以前の僕の人生が無意味なものじゃなかったと思えるようになってきてる。それがすごい。もしかしたらこれが、子供を育てる醍醐味ってものなのかな。なんてことを、これまでも何度も何度も実感してきた。そしてこれからも何度も何度も実感することになるんだろうな。


沙奈子…、愛してる……。


僕のことを信頼しきって体を預けてくれてる沙奈子に対して、感謝の気持ちが込み上げてくる。素直に『愛してる』って思える。これからも決して楽なことばかりじゃないと思う。それでも力を合わせて乗り越えていきたい。そのために僕たちは集まったんだから。


ふと、館雀かんざくさんのことが頭をよぎる。


彼女は、小さい頃にこんな風にしてもらえたのかな。こうやってただのんびりと嫌なことを忘れてしまえるような時間を過ごしたことがあるのかな。そういう時間を過ごせてたら、あんな風にずっと怒り続けることができるような気がしない。彼女はいつもイライラして安らげる時間がないのかもしれない。


そう思うと、可哀想にも思えてくる。


もちろん、だからって誰かを罵っていいとは思わない。自分が不幸だからって幸せじゃないからって嫌なことがあったからって、無関係な人に八つ当たりしていい訳じゃないって思う。けれど同時に、あれはもしかしたら僕や沙奈子や絵里奈や玲那の別の可能性だったかもしれないとも思ってしまうんだ。僕たちだって何かが違ってしまえば館雀さんみたいになってたかもしれないって。


沙奈子の運動会を台無しにされたりとかがなかったから、僕個人としてはもう館雀さんについてはそれほど気にならなくなってきてる気もする。後は成り行きを見守ればいいかなって気にもなってきてる。不安がないと言ったら嘘になるけど、正直、館雀さんが山仁さんやイチコさんたちに何かできるっていうイメージが湧いてこない。そんなことをしようとすればそれこそ星谷さんにきついお灸をすえられそうっていう気しかしない。


それよりはむしろ、田上さんが心配かな。波多野さんはかなり落ち着いた感じがあるのと入れ替わるようにして不安定になってきてるような……。


まあ、それも僕が心配するまでもないのかもしれないけど。


それでも、田上さんが辛そうにしてるのを見るのも嫌だな。直接はそんなに話をすることはなくても、イチコさんの友達だから。田上さんに何かあったら、イチコさんや星谷さんや波多野さんが悲しむから。それが分かるから田上さんにも幸せになってほしい。


星谷さんが沙奈子や玲那の為に力を貸してくれるのも、結局そういうことなんだろうなって分かる。星谷さんにとって大切な大希くんや千早ちゃんのために、沙奈子も守りたいと思ってくれてるんだ。こんな風にして誰かと繋がってることを実感できていれば、自分のために、自分にとって大切な誰かのために、自分に繋がっている他の誰かのことも大切にしたいと思えるようになるんだろうな。


僕は決して立派な人間じゃないけど、僕に関わりのある人に不幸になってもらいたいとは思わない。それぞれがこんな風に思えるようになれば、館雀さんみたいなこともしなくて済むんじゃないかな。あんな風にわざわざ自分から不幸になりにいかずに済むんじゃないかな。


沙奈子と一緒にお風呂でとろけながら、僕はそんなことを考えてたんだ。



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