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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百八十 一孤編 「山仁さん、イチコさん」

その日は結局、館雀かんざくさんは来なかった。


田上たのうえさんは言う。


「ねえ、イチコ。館雀さんのこと、どうするつもりなの?」


そんな田上さんに、イチコさんはきょとんとした顔で応えた。


「え?。別にどうもしないよ。お話ししたいっていうんだったら聞いてあげるだけだよ」


イチコさんらしい答えだと思った。だけど田上さんは納得できないみたいだった。


「本当にそれでいいの?。あんな言いたい放題言わせといて、イチコは本当に平気なの!?」


一階で仮眠を取ってる山仁さんに気を遣って声は控えめだけど、圧を感じる声だった。なのにイチコさんの様子は変わらない。


「平気も何も、この家の主であるお父さんが彼女を追い出そうとしないんだから、別にそのままでいいってことだと思うよ?。


実はお父さん、去年にピカと千早ちゃんがこの部屋で言い合いをしてた時に、『ケンカならほかでやれ』って言ったことを気にしててさ。『大人げなかった』って。だから館雀さんのことは、本人が納得するまで言わせておこうってことにしてるんだって。


もちろん、誰かに危害を加えるようなことをするんなら警察に相談することになるとは言ってたけど、そうじゃないんなら言わせてあげればいいってさ」


サラッとそう言ったけど、僕はその中でいくつか気になることがあった。星谷さんと千早ちゃんが言い合い?。ここで?。しかも山仁さんが『ケンカなら外でやれ』って?。そんなことがあったんだ…。


警察に相談っていう点では、警察とは普段から関わってる山仁さんの相談ならすぐに聞いてくれそうだっていう気もするし、ただのはったりとかじゃないっていうのは分かる気がする。山仁さんが単なるお人好しじゃないっていうのも感じる。そういう意味では、『ケンカなら外でやれ』っていう発言も納得できるのかな。


僕がそんなことを思ってると、波多野さんが口を開いた。


「そうだよ、フミ。おじさんは決して綺麗事だけの人じゃない。私のことだってただの同情で面倒見てくれてるんじゃないんだよ。あくまで私がイチコの友達だから面倒見てるだけなんだってちゃんと言ってくれる人なんだ。そのおじさんがあの子のことをそのままにしてるってことは、おじさんやイチコにとってはあのくらいどうってこともないって話なんだよ」


そこに星谷さんも続く。


「そうですね。山仁さんの過去を思えば、このくらいのことはそれこそ雀が家に迷い込んできてさえずってる程度なんでしょう。それを私たちが気を揉んでも余計なお世話というものだと思います」


…山仁さんの過去?。みんなはそれを知ってるのか。この口ぶりだと相当のことがあったんだろうなっていうのはこの時も感じた。だから敢えて詮索はしなかったけど、後から僕もそれを知ることになって、なるほどって思わされた。館雀さんのしてることくらい、『雀がさえずってる程度』なんだって。


山仁さんが警察と関わるようになったのも、その過去が原因の一つらしい。その時にすごくお世話になったから、恩を返したいっていうのもあるんだって。


あそこまでなるからには当然、それなりの理由があったんだろうとは思ってたけど……。


それでも、田上さんは言う。


「おじさんやイチコはそれでいいかもしれなくても、私が納得できないよ…!。あんなのが野放しにされてるなんておかしいって思っちゃダメなの…!?」


田上さんの言いたいことも分かる気がする。あんな理不尽を許しておいていいんだろうかって僕も思う。もし、沙奈子があの調子で誰かに責められたら、僕だったらキレてしまうかもしれないと、児童相談所でのことを思い出して思ってしまった。


だけどイチコさんはふわって笑った。


「大丈夫だよ、そのためにピカも協力してくれてるから。もう野放しにしてるだけじゃないよね。何か起こりそうならすぐに対処できるようになってるよ。


でも、言うだけなら自由なんだよ。フミだってそういう風に言いたいこと言ってるじゃん。自分だけ言いたいこと言って相手には言わせないっていうのは違うんじゃないかな。


けどさ。言いたいことを言いたいように言って幸せになれるかどうかっていったら、それも微妙だってフミも知ってるよね?。そういうことなんだよ。


館雀さんが言いたいことがあるなら言っててもらっていい。でもそれで館雀さんが幸せになれるかどうかは別の問題。


私やお父さんにとっては大した問題じゃないから言わせておく。


これは、善意や優しさじゃないんだよ。私もお父さんも、館雀さんがこんなことしててその結果どうなろうと知ったことじゃないって言ってるんだよ。そんなのは『お人好し』って言えないよね」


その言葉に、僕はドキッとなった。分かってたはずのことでも、改めて言われるとギョッとしてしまう。


そうなんだ。山仁さんもイチコさんも、ただの優しいお人好しじゃないっていうのを僕は気付いてたはずなんだ。


山仁さんやイチコさんが星谷さんや波多野さんや田上さんをこうして迎え入れてるのは、彼女たちがそれを望んで自分からイチコさんのことを受け入れようとしたからそれに応じてるだけなんだ。その気のない人まで自分から助けたり手を差し伸べたりはしない。そういう冷徹さも同時に持ってるんだ。逆に、だからこそ僕は山仁さんやイチコさんに共感できるんだ。その気のない人まで助けるだけの力はもってない。できないことはできないってしっかり態度で示せる人だからこそ信用できるんだ。


世の中には、『困ったことがあったら何でも言ってね』って口では言うのに本当に困った時に頼ろうとしたら迷惑そうにする人がいる。そういうのは、『困ったことがあったら何でも言ってね』って言える自分に酔ってるだけなんだろうなってすごく思う。そう言える自分が好きなだけで、本当に自分にそれができるかどうかは大事じゃないんだろうな。そういう人を当てにして、でも本当に困った時には梯子を外されてどうしようもなくなるっていうのも世の中にはあると思う。だったら最初からそんなこと言うなよって思ってしまうこととか。


山仁さんもイチコさんも、軽々しくそんなことは言わない。自分にできる範囲のことしか言わない。沙奈子が来たばかりの頃に僕が戸惑ってたのを『他人に頼っていい』みたいに言ったのは、山仁さんにとってはできる範囲のことだと感じたからそう言ってくれたんだっていうのが今なら分かる。僕の相談を受けて、それが自分のできることじゃないと思えばできる人をさらに紹介するとかっていうことだったんだって分かる。それくらいまでならできるっていうことだったんだ。決して綺麗事じゃないんだ。


僕は、綺麗事を言う人は信用できない。実際にはできもしないことを言う人は信用できない。


だからこそ、山仁さんやイチコさんのことが信じられると改めて思ったのだった。



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