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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百七十九 一弧編 「閉会式。そして」

最後の演技の三段ピラミッドで、沙奈子は二段目だった。しかもその上には大希ひろきくんの姿が。別のピラミッドでは、千早ちはやちゃんが一番下の段を受け持って、でもしっかりとした力強さで上の子たちを支えていた。


すごいなあ。沙奈子も大希くんも千早ちゃんも、こうやってちゃんと成長してるんだ。


その実感に、何度も涙が込み上げてしまう。恥ずかしいけど、止められない。きっとこういう姿を馬鹿にする人もいるんだろうな。だけど、僕にしてみればこういう感覚を得られないことの方が寂しい気がする。


もっとも、一昨年までは僕も馬鹿にする側だったんだろうけどね。


でも今、僕は、演技が終わって退場していく沙奈子を拍手で送ってる。それが嬉しい。


『良かった。良かったよ、沙奈子ちゃ~ん』


玲那がハンカチで目を押さえながらメッセージを送ってきた。


「ほんと、今年もこんなに泣けるって思いませんでした」


絵里奈も、去年ほどじゃないけどやっぱり泣いてた。なんだかんだ言っても根っこの涙もろい部分は変わってないんだなって安心した。


これで、沙奈子が出場する競技は最後だ。最終はまた、各学年から選ばれた生徒による紅白対抗リレーだった。それに、千早ちゃんも出場してた。


千早ちゃんは、バトンを受け取った時には三位だったのを二人抜いてトップに躍り出て、そのままアンカーの6年生が逃げ切って白組が一位を取った。その結果に興奮が抑え切れないのか、千早ちゃんは何度も飛び上がって喜んでた。順位としては一位と四位が白組。二位と三位が紅組になった。たぶんこれって、去年とは逆の結果じゃないかな。


すべての競技が終わって、閉会式が始まる。今年もいい運動会だったなって素直に思えた。


整列した沙奈子たちの前で得点が読み上げられる。結果としては今年は白組の負けだったけど、勝ち負けを競うならこういうこともあるよね。悔しそうな千早ちゃんを大希くんが慰めて、沙奈子はいつもと変わらない感じで拍手をしてた。


閉会式も終わり、5年生と6年生は後片付けの係ということで、帰るのは少し遅くなるって。


「三人でヒロ坊のうちに帰るから、先に帰っててもらっていいよ」


千早ちゃんが僕たちに向かって言う。その姿は、もう立派に『お姉さん』っていう感じもした。沙奈子も頷いてる。


「分かった。じゃあ、山仁さんの家で待ってるね」


そう言った後も、僕たちは去年と同じようにゴミ拾いをするものの、やっぱりゴミらしいゴミは落ちてなくて早々に山仁さんの家まで帰ることになった。


「いや~、いい運動会だった」


帰り道、波多野さんがそう声を上げる。


「そうですね。少し寒かったですが、天気ももってくれて助かりました」


と、星谷さんが応える。するとそこに田上さんがやれやれという感じで、


「天気もそうだけど、私はあの館雀かんざくって子が小学校まで押しかけてくるんじゃないかって冷や冷やしてたよ」


肩をすくめながら言った。それは僕も頭の隅で心配してたことだった。幸い、そんなことはなかったけど、本当にそれぐらいしてもおかしくない感じだったからね。


そうこうしてるうちに山仁さんの家に着くと、山仁さんが、


「私はリビングで少し仮眠を取ります。皆さんはゆっくりしててください」


と一階に残ったから、僕たちはいつものように二階に上がらせてもらった。いつも夜に仕事をしてるから、昼は本来、寝てる時間だった。大希くんのためとはいえ、大変だなあ。だけど僕も、沙奈子のためだったら同じことする気がする。別に不思議でもなんでもないのかな。


二階に上がった、イチコさん、星谷さん、波多野さん、田上さんと僕は、ここが自宅のイチコさんは当然として、みんな自分の家に帰ったみたいに寛いでた。さすがに僕はそこまでできないし星谷さんもスマホで何かチェックしてたから座ってたけど、イチコさん、波多野さん、田上さんはごろんと横になる。ホントにリラックスしてるんだな。


それでも、一階で仮眠をとってる山仁さんの邪魔にならないように、なるべく静かにする。話すときも大きな声にならないようにしてた。


「は~、疲れた~」


イチコさんが声を漏らしたように、確かに疲労感はあった。でも、嫌な疲労感じゃない。だけど田上さんが言う。


「でもまだ安心できないよ。あの館雀って子が来るかもしれないし」


それに対して波多野さんが「あ~、そうかもね」と苦笑いしながら応えた。そこに星谷さんが、


「それは大丈夫なようです。現在、彼女は本屋で立ち読みをしているそうですし」


ってスマホを見ながら言った。


「探偵からの報告?」


波多野さんが尋ねると、星谷さんは「そうです」と当たり前のように応える。みんなさらっと流してるけど、冷静に考えたら探偵に行動を監視させてるって普通じゃない気がする。念の為とは言え。


ただ、星谷さんにとっては、平穏を守るためには当然のことなんだろうな。なんだか『諜報活動』って感じだ。


僕たちの中では、一人、かなり特殊な存在のようにも思える星谷さん。でも、実際の世の中でもそういう役回りで人知れず働いてる人もいるんだっていうのも感じる。こうやって安穏としてられるのも、その人たちの働きがあってこそのものなのかもしれない。しみじみ、人間社会っていうのは綺麗事だけで成り立ってないんだなあ……。


こういう点でも、人間は一人では生きてる訳じゃないっていうのが分かる気もする。いろいろ大変なことがあるとしても、生きようと思えば生きられる日本という国が成立してるのは、いろんな役目を持った人がそれぞれ働いてくれてるからなんだし。その事実を無視して『自分一人の力で生きてる』って言ってしまうのは、社会っていうものを知らない人なんだろうなって思ってしまう。


もちろん、完璧な社会とは言えないだろうし、その中でも沙奈子や玲那や千早ちゃんみたいな目に遭ってる子がいるっていうのはすごく残念なことだとも思う。だけど、いつの時代だってどんな国だって何一つ苦労も不幸もないなんていう社会が存在したことはないんじゃないかな。少しでも良くしていこうっていう努力や向上心は必要だとしても、文句ばっかり言って自分が上手くいかないのは幸せを感じられないのは社会の所為ってことにしてるだけじゃ、永遠に幸せになれないんじゃないかな。


与えられた環境そのものを変えてしまうのは簡単じゃない。でも、その中で小さな幸せを掴むだけならいくらでもやりようがあるってやっぱり思うんだ。


『お父さんもお疲れさま』


玲那から届いたメッセージを見ながら、僕は改めて実感する。家族が一緒に暮らせないという大きな不幸の中でも、僕たちは確かに幸せを感じることができてる。そういうのを一つ一つしっかりと掴んでいけばそれがもう幸せなんだってね。



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