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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百七十八 一弧編 「組体操」

山仁さんのところでの昼食は、イチコさんと波多野さん手作りのハンバーグだった。イチコさんはあまり料理はしないけど、ハンバーグだけは得意ということだった。波多野さんは千早ちはやちゃんに触発されてちょっとだけ料理を始めたらしい。


「でも、千早の方がもう上手なんだよ。沙奈子ちゃんの指導の賜物かな」


失敗してしまって焦げたのを自分で食べながら、波多野さんが苦笑いしてた。


「そうですね。今では沙奈子さんの次に上手でしょう。その次がヒロ坊くんですが」


星谷ひかりたにさんの言葉に、イチコさんも苦笑する。


「いや~、女の子なのに面目ない」


自分があまり料理をしないことを言ってるんだと思った。


だけど僕は、女性だから料理ができるべきだとかするべきだとかは思わない。したい人、できる人がすればいいんだと思ってる。結婚しないとか子供は要らないとか言ってる人が普通にいる世の中で、今さら昔ながらのやり方に拘る意味も感じない。


『女性は家庭に入って家事をするべきだ』なんて、結婚して子供を作って自分の給料だけで家庭を維持できるようになってから言うべきじゃないかな。今時、そんなことができる人がどれだけいるか知らないけど。


少なくとも僕は、僕の収入だけで家計を維持できてない。そんな僕が絵里奈に『家庭に入って家のことだけしててほしい』なんてとても言えない。だから、沙奈子に対してそんなことを言う男性も関わってほしくないと思ってしまう。


それに、僕たちは今、世間一般で思われてるような『理想な家庭』っていうものを持ててるのは誰もいない。星谷さんの家庭が一番それに近いかもしれなくても、彼女の家も共働きだからね。ただ、旦那さんの給料だけでは生活できないからっていう意味での共働きじゃないっていうのも事実で、お母さんが仕事しているのは自己実現っていうことなんだそうだ。


けれど、一時期、お父さんもお母さんも仕事に熱中しすぎて星谷さんのことをシッターさんに任せきりになってしまって、そのことで星谷さんが『自分はこの家には要らない子なんじゃないか』って思ってしまって少し極端な考え方をするようになってしまったっていうのもあったらしいけど。また、星谷さんの家に出入りする大人には、社会を動かす側の人も多くて、そういう人の中にはエネルギッシュなのと同時にちょっと極端な考え方をする人も結構いて、その影響を受けたっていうのもあるらしい。


とにかく、星谷さんの家ではハウスキーパーさんやシッターさんが家のことをして、お母さんは手が空いてる時だけ料理を作ったりする感じだったんだって。だからそれこそ、家庭に入って家のことだけをするというのとは程遠かったっていうことだよね。


ああでも、田上たのうえさんの家庭は、形の上では『お父さんが仕事に出てお母さんが家のことをする』状態なのか。でも、すぐには頭に浮かんでこないくらい、田上さんにとってはまったく理想の家庭じゃないそうだった。家庭のことには関心がないお父さんに、お父さんをATMと呼ぶお母さんでは、そう思ってしまうのも無理はないんだろうな。それどころかお母さんにとって必要なのはお金だけで、お金さえ入ってくるならお父さんは要らないとまで言ってるって……。


いくら昔ながらの家庭の形でも、それじゃ何の意味もないと思う。そこには幸せなんて感じられない。実際、お父さんは家で少しも楽しそうじゃないし、お母さんはいつもイライラしてるし、弟さんは遊び歩いてるしで、一緒に家にいても全くバラバラだっていう。


辛いよ。辛すぎる。


だからやっぱり、いくら形だけそれっぽくしても駄目なんだっていう実感しかない。実体が伴ってないと。その点、こうして山仁さんの家に集まってる時や、僕の家庭は、世間一般から見たらぜんぜん普通じゃなくてもそこには確かに幸せがあるんだ。僕はその方がずっといい。


そんなことを考えながら昼食を済まして、午後のプログラムが始まるまでの間、寛がせてもらったのだった。




「そろそろ時間です。行きましょうか」


星谷さんがそう声を掛けて、僕たちは山仁さんの家を出た。だけどその時、僕は思いがけない人を見かけてしまった。


館雀かんざくさん」


イチコさんが呟くみたいにその名前を口にする。


田上さんがギョッとした感じでそちらに顔を向けた。


でも……。


でも、館雀さんは忌々しそうに僕たちのことを睨み付けただけで、何も言わずに早足で歩み去ってしまったんだ。


「…何なの、あれ…?」


姿が見えなくなるまで見送った後、田上さんが尋ねる。


「さあ?」


と波多野さんは肩をすくめて、


「分かりません」


と星谷さんは首を横に振った。イチコさんも、


「なんだろうね?」


って不思議そうにしてるだけだった。


星谷さんが探偵を監視につけているということで、それほど心配は要らないと思う。でもやっぱりいい気分のことじゃなかった。


館雀さんのことは少し気になりつつも、僕たちは運動会の方へと向かう。


丁度、午後のプログラムが始まったところだった。1年生、2年生による障害物競走や3年生による大玉ころがしが終わり、沙奈子も去年やった4年生によるダンスが行われた。今年の4年生もみんな一生懸命に踊り、力強さを感じさせた。最近の子供は大人しくて覇気がないとか言われたりするけど、やっぱりみんながみんなそういうのじゃないって気がした。


さらに競技は進んで、ついに沙奈子たち5年生と6年生による組体操が始まった。


「いよいよですね」


『うお~、盛り上がってきた~!』


そう言う絵里奈や玲那と一緒に、僕も沙奈子を見守る。今年は写真を星谷さんが雇ったカメラマンに任せきりにしたから、僕はこのまま自分の目で見守ることに集中できる。


ざっと走って位置についた子供たちの中に、沙奈子の姿が見えた。唇を真一文字に結んで、真剣な表情をしてる彼女が、去年よりもさらに力強く思えた。成長してるんだなって実感がある。


演技が始まると、沙奈子は一層、真剣な目つきになってた。いつもの、どこかおっとりした感じもするあの子はそこにはいなかった。次々と演技を決める沙奈子を、僕は一瞬も見逃すまいと見詰めた。


二人一組の演技では、沙奈子が下になって上になった子を支えてた。しっかりと力強ささえ感じさせる安定感があった。


そうなんだ。普段はあまり表には出さなくても、あの子にはこういう力強さも実はあるんだ。去年もそうだったけど、あれからいろいろあったけど、あの子はちゃんと育ってくれてる。そう思うと、また胸がいっぱいになってきてしまった。さすがに今年は泣かないと思ってたのに、やっぱり泣けてきてしまった。ビデオ通話の画面の中の絵里奈と玲那も、やっぱり涙ぐんでたのだった。



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