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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百七十七 一弧編 「昼休憩」

沙奈子は結局、四人中四位だった。結果は残念だったけど、しっかりと懸命に走ってた。それで十分だと思う。ゴールの後で僕と目が合った時、少し照れ臭そうに笑ってる気がした。


三位は大希ひろきくんだった。去年は沙奈子に負けた大希くんが今年は勝てたことに、彼の成長を感じてしまった。体はまだ沙奈子よりも小さいくらいでも、やっぱり男の子ってことかな。


百メートル走が終わって沙奈子たちが席に戻ってくる。


「沙奈子、よく頑張ってたのが分かったから良かったよ」


「沙奈子ちゃん、お疲れ様」


『おつかれ~』


僕と絵里奈と玲那に声を掛けられて、彼女は嬉しそうに頷いた。


と、その横で、


「よく頑張りましたね」


「やったじゃん、千早!。ヒロ坊も頑張ったよ」


「うん、偉かったよ!」


星谷さんと波多野さんと田上さんが、大希くんと千早ちはやちゃんに声を掛けてた。イチコさんもニコニコ笑顔を向けてる。館雀かんざくさんのことでいろいろあったけど、今日のところはそれを忘れて楽しめればいいと思った。


そこに山仁さんも来て、「頑張ってたな」って。


ああ、なんかいいなあ。この感じ。


他の学年の子たちの競技を一緒に観戦する。1年生と2年生が大きな丸いシートを使って波を作ったり、大きく持ち上げて膨らませてその中に入ったりっていうのも見た。残念ながら沙奈子は2年生3年生の運動会には参加してないし、1年生の時にはたぶん誰も見に来てくれなかったらしい。それを思うと胸が締め付けられる感じもありつつ、今はこうしてみんなで見守れてるんだからそれでいいとも思った。


競技は順調に進んで、次に沙奈子が参加する綱引きが近付いてた。だから沙奈子も千早ちゃんも大希くんも移動する。


去年も見てるから要領は分かってるし、あの子の場所が分かったら移動しよう。


そんなことを思ってると、田上さんがイチコさんたちに話し掛けてるのが耳に入ってきた。


「あの館雀って子のせいで一時はどうなるかと思ったけど、運動会は無事にできて良かった。下手したらここにまで怒鳴り込んできそうな勢いだったし」


言われてみたら確かにそういうこともしかねない感じだったな。昨日は僕が来る前に帰ってしまってたから、そろそろ諦めてくれたらいいんだけど……。


とは思うものの、こればかりは向こう次第だからなあ。


でもイチコさんは言った。


「大丈夫だよ。その時は私が出てったら済むことだし」


なんて軽く言うけど、でもそれで大希くんのことを見られないっていうのもなんか違うんじゃないかなと思ってしまった僕を代弁するみたいに田上さんが言う。


「そんなのおかしいよ。あんな子のせいでイチコがヒロ坊や千早ちゃんのことが見られないとか絶対におかしい…!」


声は大きくないものの、田上さんの言葉には強いものが込められてるのが分かった。それは僕も感じるものだった。それでもイチコさんは平然と笑ってる。


「別にいいよ。ヒロ坊や千早ちゃんのことはいつだって見られるし。運動会だってピカがちゃんと写真撮ってくれてるし。でも館雀さんにとってはその時でないとダメなことなんだろうからさ。話を聞くくらいはしてもいいと思うんだ」


「イチコ…。イチコってばどこまでお人好しなんだよ…!。おかしいよ…!」


「え~?。そうかなあ。でもそのおかげで私、フミやカナやピカと友達になれたんだと思うけど?」


「…!。それは…、そうかもだけど……」


「フミの言いたいことも分かるよ。私も館雀さんのやってることは変だと思う。でもさ、あの余裕のなさって見てて痛々しくなってくるんだよね。私には縁の無いものだから。


私にはお父さんやフミたちがいるけど、彼女にはそういう人がいないんじゃないかな。だから誰かに自分の気持ちをぶつけたいんだよ」


「だからってそれをイチコがやる必要ないでしょ!?」


「なんで?。やっちゃダメって理由もないと思うけど?」


「…でも…、でも私には納得できない…!。あんな酷い言い方……」


「フミ。納得なんてする必要ないよ。それはフミの気持ちだからさ。だけど私にも私の気持ちがあるんだ。それは分かってほしいかな」


「……イチコぉ…」


泣きそうな目で見詰めてくる田上さんに、イチコさんはやっぱり穏やかに笑いかけてた。周りの人が何事かって感じで見てても、そんなことはイチコさんにとってはまったく気にならないみたいだった。


イチコさんにとって、今、大切なのは、自分に気持ちをぶつけようとしてる田上さんなんだと感じた。それを周りがどう見ていようと関係ない。大切なものを大切にしたい。それ以外のことはどうでもいい。それがイチコさんなんだ。


そうか…、だから星谷ひかりたにさんも波多野さんも田上さんもイチコさんのことを大切にしようとするんだ。イチコさんが大切にしてくれるから。毎日毎日、山仁さんの家に集まってても飽きたりとか面倒臭くなったりしないんだ。大切な家族がいる家に帰ってくるようなものだから。


以前から分かってたことだけど、そう聞いてたことだけど、改めてそういうことなんだと分かった気がした。


と、そうこうしてる間に、沙奈子たちの入場が始まった。綱引きが始まるんだ。


「さあさ、綱引き始まっちゃうよ。行こ」


イチコさんに言われて、田上さんも頷いた。それを見ていた星谷さんと波多野さんもホッとしたような顔をしていた。


それからは気を取り直して、綱引を応援した。僕ももちろん沙奈子を応援した。ただ残念ながら、今年は白組の負けだった。そうだよな。いつだって勝てるわけじゃない。勝つこともあれば負けることもある。そういうものだしそれでいいと思う。


綱引の後は3年生の五十メートル走があって、午前のプログラムは終了した。


去年と同じように、沙奈子たちはお昼は教室で食べることになる。


「じゃ、お昼が終わったらまたね」


沙奈子にそう声を掛けて、僕は昼食を食べるためにいったんアパートに帰ることにしようと思った。でもそこに、山仁さんが。


「どうですか?。うちで一緒にお昼にしませんか?」


って声を掛けられて、「え、いや、でも…」と、僕は恐縮してしまった。だけど星谷さんも、


「私たちも山仁さんのところでお昼にします。用意はすでにできていますので、いかがですか?」


こんな風に食事に誘われたりっていうのは、僕は苦手だった。苦手のはずだった。なのに、山仁さんたちに誘われるのは嫌じゃない。だから、つい、


「分かりました。ごちそうになります」


と応えてしまった。しかもそれを嬉しそうに星谷さんに微笑みかけられて、僕もなぜかホッとしてしまった。


「じゃあ、取り敢えず家に帰りますか」


イチコさんが音頭を取って、みんなで山仁さんの家に向かう。それがまた何だか本当に家に帰るみたいに安心感があったのだった。



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