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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百七十四 一弧編 「成り行き」

「どうしても分からないって言うんなら、頭の悪いあんたらに特別に教えてあげる!。こういう時は取り敢えずまず土下座でしょ!?。床に頭をこすり付けて詫びなさいよ!!。それが人間として当たり前の姿だよね!!」


土下座って……。


館雀かんざくさんはますますエキサイトして、そんなことまで言い出した。


相手に土下座を強要する人がいるとは聞いてたけど、まさかそれを目の前で見ることになるとは思わなかった。こうして客観的に見ると、むしろ土下座を要求してる方が異常に見えるっていうのが実感できてしまった。


相手に土下座を強要するっていうのは、その人の尊厳も何もかも貶めるってことなんだってすごく伝わってきた。館雀さんは、それを望んでるんだ。山仁やまひとさんやイチコさんの人としての尊厳を踏みにじって見下したいんだ。


求めてるのは<相手の謝罪>じゃない。自分がいい気分になりたいだけなんだ……。


「な…、な……!!」


田上たのうえさんはそれこそ顔を真っ赤にして、感情が昂りすぎて言葉が出てこないって感じだった。それでもやっぱりイチコさんは飄々としてた。


「え~?。謝罪っていうのは自分が間違ってましたって認めることだよね?。私、別に間違ったことした覚えないんだけどな」


そんなイチコさんの言葉に、今度は館雀さんが顔を真っ赤にする番だった。


「ふざけんな!!。人の手紙を勝手に見といて『自分は悪くない』とかふざけんな!!」


「じゃあ、宛名も差出人名もない手紙が自分の靴箱に入ってたらどうしたらいいのかな?」


「そんなことも分かんないのかよ!!、常識だろ!!」


「そうなの?。初めて聞いたけど」


「だからお前らは常識ないって言ってんだよ!!」


「そうなんだ。じゃあ、後学のために教えてもらえたら助かるな」


「それくらい自分で調べろ!!」


と吐き捨てて、館雀さんはまた乱暴にドアを閉めて出ていってしまった。本当に、何をしに来たんだろう……。


残された僕たちは、呆然とするか苦笑いを浮かべるかしかできなかった。


「なんなのよ?。ホントなんなのよ!?。訳わかんない!。どういうことか説明してよ!!。なんであんな頭おかしいのがそのままにされてんの!?」


田上たのうえさんが涙声で訴えてくる。そんな彼女に向かっても、イチコさんは落ち着いてた。


「まあまあ、ムキになっても疲れるだけだよ」


波多野さんと星谷ひかりたにさんも続く。


「そうそう。私の兄貴と同じだよ。こっちがいくら苛々しても変わらないって」


「そうですね。相手と同じ土俵に立つ必要はありません。それでは的確な対処が難しくなります。物事は俯瞰で捉えないと」


だけど田上さんは納得できないようだった。


「でも…、でも……」


と涙をにじませながら悔しそうに唇を噛み締める彼女に、イチコさんがふわっと微笑みかける。


「ありがとう。フミ。私のために怒ってくれてるんだよね。ありがとう」


それは、先日、玲那が僕に掛けてくれた言葉と同じものだった。香保理さんの夢のことで僕の感情が昂ってしまった時の。


イチコさんもそう思ってくれる人なんだなって改めて感じた。そんなイチコさんと同じ言葉が出てくるんだから、玲那も同じものを持ってるんだろうなって思える。


そして僕は、ほとんど何も言えないままで沙奈子と一緒にアパートへ帰ったのだった。




アパートでは、やっぱり絵里奈や玲那と館雀さんについて話した。


『土下座を強要してくる人とか久しぶりに見たよ』


苦笑いを浮かべた玲那からのメッセージだった。


『子供の頃に何度か見かけたけど、何度見ても嫌な気分になるね』


子供の頃に見かけたって……。玲那は、あんなのを子供の頃から見てたのか。そんな風に思って胸が少し傷んだ。ああいうのを何度も見かけるような環境だったんだなって感じて。


「あんなことを普通に言えるということは、彼女もそういうのを間近で見てたのかもしれませんね」


絵里奈の言葉に、僕も思わず頷いていた。


「そういうのを普通に見かける環境って、僕は怖いよ。とても正気じゃいられないって気がする」


沙奈子の頭を撫でながらそう言うと、絵里奈も頷いてくれた。


「確かに、心が荒みそうですよね」


僕を見上げる沙奈子の目も、どこか不安そうだった。この子の前であんな姿を見せたくない。僕が誰かに向かって『土下座しろ!!』とか罵ってる姿をこの子が見たらどう感じるかって考えたらゾッとする。


館雀さんって、まだ高校一年生なんだよね。半年くらい前までは中学生だったんだよね。それが一年とは言え先輩にあたるイチコさんたちに対してあんな風に言えるとか、それどころか大人の山仁さんを蔑むとか、とてもまともとは思えないよ。昨日も思ったけど、どうしてあんな感じになってしまったんだろう。


もし、沙奈子を館雀さんみたいにしようと思ったら、僕はこの子の前でどんな態度を取ればいいんだろう?。


想像できない。考えたくもない。この子があんな風に誰かを罵ってるところとか見たくない。


だから僕は、沙奈子がああならないようにしたいって心底思ってしまった。


しかも、館雀さんの態度に感情的になってしまった田上さんの姿も、僕は何だか悲しかった。『やられたらやり返す』ってことで言いかえしてたらああなるんだっていうのをまざまざと見せ付けられた気もした。とても苛々してて、辛そうで、苦しそうだった。それを思えば、イチコさんのように飄々としてる方がずっと余裕があるようにも思える。見ていて安心感さえある。


完全に平気なわけじゃなかったとしても、少なくとも田上さんみたいに痛々しくはなかった。


イチコさんは、館雀さんみたいなことをしてる方が損なんだっていうのを実感してるんだろうな。


今度のことがどう解決するのか、僕には想像もつかない。いざとなったら星谷さんが何とかしてくれそうな気はするにしても、それもあまり好ましいことじゃない気もする。何でもかんでも星谷さんに頼ってしまうのも何か違うんじゃないかな。何とか上手く解決してくれればと思う。


僕に解決できる力があればと思うけど、今の館雀さんに何をどう言えば伝わるのかもまるで分らない。それができるくらいなら元々あんな人生を送ってないか。


あんな風にならないようにならできるかもしれなくても、なってしまったものを変えるなんて僕にできるんだろうか。まったくそんな気がしない。


ああいう人とは関わらないようにするのが一番なんだろうなとしか考えようがなかった。


もちろん、イチコさんたちもそうしてたんだろうと思う。それでもこうやって関わる羽目になってしまった。そういう時にどうすればいいのか、参考になるのかな。


取り敢えず今は、成り行きを見守るしかないのかもしれないなあ……。



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