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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百七十二 一弧編 「不穏な空気」

火曜日。いつものように沙奈子を迎えに山仁やまひとさんの家に行った僕は、呆気に取られてた。いつもの顔ぶれの中に、初めて見る顔があったっていうのもそうだけど、その子の言動がどうにも突飛すぎて……。


なるほどこれは星谷ひかりたにさんが『突飛な』って言うわけだと納得さえしてしまった。


それは、胸くらいまでの長さに髪を伸ばした、一見すると中学生くらいにも見える女の子だった。でも、星谷さんや田上たのうえさんと同じ制服を着てるから同じ学校なんだと分かった。


ただ、普段は穏やかな顔つきをしてるみんなとは明らかに違って、どこか病的な険しさを感じる顔つきをしてる子だった気がする。


「なんですか?、また人が増えるんですか?。この狭い部屋に何人集まるつもりですか?」


僕の顔を見るなりそんなことを言ったその女の子が、昨日、イチコさんが言ってた『館雀かんざくさん』だった。


何とも言えない空気に僕も気圧されてしまって、「どうも…」と控えめに挨拶させてもらってなるべく体を小さくして僕はいつもの位置に座ってた。


そこから先は僕はただその場にいただけだったから目の前で起こってたことに触れるしかできない。


館雀さんは神経質そうな目で僕らを睨み付けるように見て、


「それで、どう責任とってくれるんですか?」


って。ラブレターを開封して勝手に中を見てしまったことについてどう責任を取るのかって言ってるらしかった。


するとイチコさんが、


「昨日も言ったけど、その責任っていうのがよく分からないんだよね。館雀さんはどうしてほしいのかな?」


と、不穏な空気の中でもいつもと変わらない感じでそう尋ねた。


それに対して館雀さんは呆れたように鼻を鳴らす。


「はっ、そんなことも分からないんですか?。責任と言ったら責任ですよ。それとも、どんな漢字を書くのか教えてほしいとでも?」


うわあ…、面倒臭いタイプだあ……。


僕はますます何も言えなくなって、気配を殺そうと努めてしまった。でもイチコさんは僕とは正反対にふわっと微笑んでた。


「あなた、おもしろいね」


そう言われて館雀さんの顔がかあっと赤くなる。


「バカにしてるんですか!?。人の手紙を勝手に読んだ上にそれですか!?」


イチコさんに向かってそう声を荒げた上で、今度は山仁さんに向かって食って掛かった。


「あなたがちゃんと躾けないからこんなのになったんですよ!?。ホント、近頃の親は子供を躾けないんですね!!」


だって。いや、館雀さんの方こそ、ちゃんと躾けられた子だったらそんな言い方しないと思うんだけど…。とは思いつつ、口にはしない。山仁さんも、苦笑いを浮かべながら敢えて何も言わなかった。ここはイチコさんに任せるってことなんだろうなと改めて感じた。


それを承知してるのか、イチコさんが応える。


「そうだね。お父さんは私のすることについてはあんまり口出ししたことないね。でも私は、目上の人にそんな風に食って掛かることはしないなあ」


その通りだと思った。どっちの方が品があるか、節度を保ってるかって言われたら、客観的に見てイチコさんの方だと思う。こう言ったらなんだけど、館雀さんからは、品格とかいったものは感じられない。


ますます顔を赤くする館雀さんに向かって、イチコさんはやっぱり落ち着いた感じで話し、それに館雀さんが反応する形になった。


「館雀さん。取り敢えずまずはどうすればあなたが納得できるのか、それについて話そうよ」


「だから何度も言ってるでしょ!?。どう責任を取るのかって!?」


「ごめん。私は館雀さんじゃないから、あなたの思う責任っていうのがピンとこないんだ」


「何で分からないんですか!?。何が分からないのか分からない!!」


「そうだね。あなたが分からないのと同じで私も分からない。だからこうやって話をすることで、お互いに何が分からなくてどうやったらそれが分かるのかを確かめようとするんだと思うんだけどなあ」


「何その屁理屈!?。そうやってはぐらかそうとしてるのが見え見えよ!!」


「え?。さっきは分からないって…」


「ほ~ら、今度はそうやって揚げ足を取ってくる!。その手には乗らないからね!!」


「あはは、話が進まないね。でもいいよ。そうやって話してくれるだけでいい」


「余裕ぶってるけど、内心じゃ焦ってるってのがバレバレ!。カッコ悪!」


「私は元々カッコ良くないからな~」


「だからとぼけないでどう責任取るのか言ってください~!?」


「うん。だからどうするのが責任取ることになるのか説明してほしいな~って言ってるんだよね」


「逃げんなよ!。誤魔化すなよ!!」


「誤魔化そうにも何をどう誤魔化したらいいのか…」


「しつこい!。とにかく責任取れよ!!」


「そうだね。責任取るためには何が責任取ることになるのかはっきりさせなきゃね」


「ふざけんな!!」


最後にそう吐き捨てて、館雀さんはドカドカと足を踏み鳴らしながら階段を下りて、びしゃん!と玄関を乱暴に閉めて、出ていってしまった。


「何あれ……!?」


それまで黙ってた田上さんが忌々しそうに声を漏らした。


かと思うと星谷さんは冷静に話す。


「探偵社に依頼して、行動は監視してもらっています。もし何かしようとするなら即座に通報するようにお願いしていますので大丈夫だとは思いますが、なかなか強情な人ですね」


すると波多野さんが星谷さんに向かって笑いかけた。


「さすがピカ。抜かりない」


それからイチコさんに向き直って言う。


「にしてもイチコ。これからどうすんの?」


「どうするもこうするも、それは館雀さん次第かな~」


あれほどのやり取りをした後でもさほど気にした様子もなく、イチコさんはその調子だった。


「昨日今日と話してみて感じたけど、館雀さん、自分でもどうしたいのかよく分かってないみたいなんだよね。だからさ、とにかく本人が自分の気持ちとか望みとかがはっきり分かるまで話を聞いてあげたらいいんじゃないかな」


そんなイチコさんに田上さんは泣きそうな顔で言った。


「だからイチコは優しすぎだって!。ああいうのはガツンと言ってやらなきゃダメなんじゃないの!?」


でもイチコさんは首をかしげて応える。


「本人が分かってないのにガツンと言って分かるのかなあ?。私はなんてガツンて言ったらいいのか閃かなかったよ」


イチコさんの言うことももっともだと思った。僕にも、館雀さんの言う『責任』がなんなのかさっぱり伝わってこなかった。彼女自身が分かってないんだって僕も感じた。だからガツンと言おうにも、どうガツンと言えば館雀さんに届くのかがまるで見えなかった。


それにしても、イチコさんはあの調子で食って掛かられてもいつもの雰囲気を崩すことはなかった。もちろん、あれだけ言葉を返すっていうことはまったく気にしてないってこともないんだろうけど、少なくとも逆上しないといけないほどじゃないって思ってるらしいとも感じたのだった。



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