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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百七十 一弧編 「ケーキと失敗と家庭の味」

日曜日。今日は朝から雨だった。と言うか、昨夜遅くから降り出してそのままってことなのかな。


そんな中でも千早ちはやちゃんは料理を作りに来る。すると玲那が、


『千早ちゃん、ケーキすっごく美味しかったよ。ありがとう』


と、満面の笑顔を浮かべながらメッセージを送ってきた。


そう。千早ちゃんから貰った手作りケーキを持ち帰った絵里奈と玲那は、さっそくそれを食べてみてあまりの美味しさに二人で1ホール食べ切ってしまったということだった。


敢えて甘さを控えめにすることでどんどん食べられる感じのケーキだったんだって。


『千早ちゃんってば、ケーキ職人とかに向いてるかもよ』


そんな玲那のメッセージに、千早ちゃんは「えへへ」って感じで照れくさそうに笑ってた。だけど実際に、みんなの誕生日ごとに何度も何度も作ってたからか、千早ちゃんのケーキ作りの腕はものすごく上達してきてるらしい。それこそ、沙奈子のドレス作りと同じで、小学五年生の女の子が作ってるとは、言われなくちゃ分からないくらいに。


もちろん、沙奈子がそのまま手芸の才能を活かした仕事に就くとは限らないのと同じで、千早ちゃんがケーキ職人になるとは限らない。でも少なくとも、ただ頭の中で何となく『ケーキ屋さんになりたい』みたいなことを漠然と思ってるよりはずっと具体的な目標として持つことだってできると思うんだ。


しかも星谷ひかりたにさんも、


「千早がもし、その道に進みたいというのであれば、私が支援します。パトロンということですね」


だって。彼女が言うとそれこそ真実味がある。本気でそう思ってるのが伝わってくる。つまりそれだけ、千早ちゃんにはチャンスがあるってことじゃないかな。


千早ちゃんだけじゃないか。星谷さんは沙奈子がもし人形用ドレスを本格的に仕事にするとしたらそのスポンサーになっていいとも言ってくれてる。しかもどちらも、ちゃんと彼女自身にとってのメリットとしてリターンがあるように具体的なビジネスを視野に入れた話なんだ。


本当に頭が下がるなあ。




そんなビジネスパーソンって感じの面を持つ一方で、大希くんと目が合ったりすると途端に可愛い女の子の顔になるのも星谷さんなんだな。今も、何気なく目が合ったらいきなり顔が赤くなってたし。


波多野さんが言ってた。


『ピカってば、この前の旅館のお風呂でヒロ坊の前ですっ転んで全部見られちゃったんだよね。マジで全部』


そう言われた時の星谷さんが、顔から湯気すら上がりそうなほど真っ赤な上に何もしゃべれない状態で。


一応、もう、そこまでのからは抜けられてるけど、それでも目が合ったりするとまだ無理みたいだ。


かと思うと大希くんはぜんぜん平然としてて、それどころか、


「ピカちゃん、どんまい。失敗は誰にでもあるよ」


って逆に励ますくらいで。


総合的に見たら圧倒的に優位に立ってるはずの星谷さんなのに、精神的な余裕とかの面では大希くんの方がリードしてるようにも見えるのが不思議だった。ただ、励まし方を見てても、『失敗は誰にでもあるよ』なんていかにも山仁やまひとさんが言いそうなことだし、なるほどそういうことなんだろうなとも思ったりする。


そんな二人の様子を見る限り、お似合いだなとも感じてしまうかな。何となく、沙奈子の入る隙がなさそうにも……。


だけど沙奈子と大希くんの仲だってすごく自然で安心感もあるんだけどさ。でもやっぱり、友達以上の何かがそこにありそうかって言われると、それは微塵もないのかなあ。


男女の友情が存在するかどうかって昔からよく言われるけど、相手に対する性的な興味が欠落してないと難しいのかなって思わなくもない。だからもし大希くんがこのままの感じでずっと行くのなら友達のままでいられる可能性もありそうなものの、果たしてそれが自然なのかって言われるとそれも微妙なのかな。僕が女性に対してそういう気持ちになれないのは、厳密に言うと一種の精神疾患だろうなって気もしてる。当然、僕は専門家じゃないからその自己分析が正しいという根拠はないにしても、そう考えれば説明がついてしまうのも事実なんだ。


とは言え、それで何も問題はないから、治療とかする必要も感じないけどね。無理に我慢しなくても不倫しなくて済むし、女性に乱暴しなくて済むし。気楽かな。




僕がそんなことを考えてるうちに、千早ちゃんたちはカレーを作ってた。沙奈子が絵里奈から教わって、千早ちゃんに伝えたカレーだ。


千早ちゃんの家には、『家庭の味』というものが存在しない。お母さんが全く料理をしない人で、しかも千早ちゃんが言うにはお母さんのお母さん、つまり千早ちゃんのお祖母ちゃんがそもそもほとんど料理をしない人だったらしい。だから『家庭の味』みたいのは失われてしまってて、沙奈子を通して伝わった絵里奈の料理にアレンジを加えていくことで今後そうなっていくんだろうな。


女性が家事をするべきだとは僕は思わないし、『母親の手料理』が美味しくて気持ちが温かくなるとかいうのを経験したことがない僕には、そういう意味でのこだわりは何もない。手作りの料理でないと絶対ダメなんて考えることもない。


それでも、こうやって沙奈子と千早ちゃんと大希くんが力を合わせて一つの料理を作ってみんなで食べるのは美味しいと思うし嬉しい。お母さんの手料理を美味しいと感じるのも、良好な家族の関係があってこそなんだろうなって改めて思ってしまった。


そのためにも、僕は温かい家庭というものを作っていきたいと思ってる。家に帰りたい、家に帰れば安心できる、家に帰れば癒されてまた次の日も頑張れる。そんな家庭を作っていきたい。それぞれ家庭には恵まれなかった僕たちでもそういうのが作れるんだっていうのを沙奈子に見せてあげたいんだ。この子が『生まれてきて良かった』って思えるように。


玲那は、『生まれてきて良かった』って言ってくれた。今はまだ大変なのにそう思ってもらえた。だから次は沙奈子の番だ。この子が本当に『生まれてきて良かった』って実感できるように僕はしてあげたい。それができれば、僕もそんな風に思えるようになれる気がする。もちろん今でももうそう思ってる。生まれてきて本当に良かった。今まで生きてきて良かった。諦めてただ惰性で生きてきただけだった僕がそう思えるようになった。それをもっと実感できるようになりたい。


この世には苦しいことは数限りなくある。何もかも投げ出して自暴自棄になってしまうことも何度もあると思う。それでも諦めず生きていてこそ掴めるものもあるっていうのを僕は知った。それを沙奈子にも伝えていきたいんだ。絵里奈も玲那も協力してくれる。しかも玲那に至っては、これ以上ないっていうくらいのお手本になってくれてる。


そうして僕たちは、自分が生まれてきた意味を自分たちで作っていくことになるんだろうな。



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