四百六十七 一弧編 「恥じらい」
月曜日。今日は体育の日で僕の仕事は休みだ。でも絵里奈は今日も仕事がある。四人で朝を過ごして絵里奈を見送って、それからは僕と沙奈子と玲那の三人で過ごすことになった。
特にこれといった予定もなく、のんびりとした時間が流れる。沙奈子は気分転換ということなのか、珍しくパズルをしてた。一時間ほどそうしたと思ったら、やっぱり人形のドレスを作り始める。たまには他のことをしたくなることはあっても、この子にとっては結局ここに戻ってくるってことなのかな。
なにしろ、ドレスを作ってる時の沙奈子はすごく活き活きとしてる感じだし。
作業自体は黙々とこなしてるんだけど、表情がとても楽し気で、目がキラキラしてるんだ。玲那の仕事のために仕方なくやってるって感じはしない。だからか、沙奈子の技術は驚くぐらいのスピードで進化してるらしかった。
『沙奈子ちゃんのドレスはほんと評判で、もうほとんどプロのそれと遜色ない出来だって。
だから値段もちょっと強気で行かせてもらってるよ。でもすぐ売れるんだ。すごいよね』
玲那のメッセージを見て照れくさそうにしながらも、沙奈子自身、まんざらでもないようだった。こうやって本人も楽しみながら技術を磨いていけたら、いずれは何かの役に立つかもしれない。もし役に立たないかもしれないにしても…、いや、このスキルは間違いなく何かの役に立つよね。むしろ役に立たないと考える方が無理がある気がする。
仕事としてやらないにしても、もう既に沙奈子の作ったドレスにお金を出してくれてる人がいるんだから、お金を出すだけの価値があるんだよ。それはすごいことだと思う。僕にはできないことだから余計にそう感じる。この子のすることにはもう、それだけの価値があるんだ。
親に捨てられたはずのこの子にね……。
夕方。山仁さんの家に行ってみんなの様子を確かめる。星谷さんももう大丈夫そうだ。それどころか、これは僕が単にそう思ってしまっただけかもしれないけど、一段とりりしい感じになった気がする。
今回の件が星谷さん自身の中でどういう形で決着がついたのかは分からないけど、落ち着けたのならいいのかな。
彼女もまだまだ成長途中なんだろうなっていうのを感じる。大希くんと一緒にお風呂に入ってというのは、これからもっといろんなことを経験していく中ではさすがにそんなにすごいことってわけでもないと思うしさ。それで毎度毎度、鼻血をふいてるようだと大変だろうし。今は可愛いかもしれないけどね。
沙奈子と一緒にアパートに帰って、一緒にお風呂に入る。何気なく様子を窺うと、やっぱり、恥ずかしがってたのが落ち着いてきてる気がする。これでこの子がいわゆる恥じらいみたいなものを失うかと言われたら、そうは思わない。この子が平気なのはあくまでも僕が相手だからであって、他の人の前でも平気になるっていう印象はないかな。だって、ワンピースのすそとかちゃんと気にしてる感じだし。
だから年齢相応の恥じらいみたいなのはあると思うんだ。外ではしたない恰好とかしてても平気っていうのじゃさすがに困るにしても、そうじゃないのならそんなに気にする必要もないのかもね。
それに、玲那みたいに裸でうろうろしてないし。
と思ったら、再開したビデオ通話の画面に裸の玲那が。
『驚いた?』
って、わざとか…!。
「いいから何か着て…」
僕が頭を抱えながらそう言うと、「ししし」って感じでまた悪戯っぽく笑ってる。
ただ、こういうのって決して褒められたことじゃないかもしれないけどさ。あの子が精神的に落ち着いてるかどうかっていうことの目安にはなりそうな気もするんだ。こんな悪ふざけをする余裕があるならまだ大丈夫ってね。こうしていろんな表情を見せてくれる中で、疲れた顔をしてないかとか、思い詰めた顔をしてないかとか、兆候みたいなのを見て取るためには役立つんじゃないかな。
こんな感じでちょっとした悪ふざけもできない関係って、息が詰まりそうかなって思う。以前の僕なら軽蔑した冷たい目で見てしまいそうだ。この程度の他愛ないことも受けとめられない余裕のなさは、今では辛そうだって感じもする。玲那はこのくらいでちょうどいいと思うんだよ。
とは言え、裸はマズいのかなあ。こうやって家族の間だけでやってる分にはいいにしても、うっかり他人相手にこの感じでやってしまっても困るしさ。その辺りはわきまえないとダメかもしれない。
というわけで、
「玲那、悪ふざけはほどほどにね。あんまり当たり前みたいにやってると、うっかり他の人とこうやってビデオ通話してる時に油断しちゃうかもしれないから」
って感じで釘も差しておく。
『てへっ、怒られちった』
ちょうど絵里奈もお風呂から上がったところらしく、「何やってんの、玲那」っていう絵里奈のお小言も聞こえてくる中、玲那からのメッセージが届く。ま、これで気を付けてくれればそれでいいけどね。
そんな僕たちのやり取りを見てる沙奈子は、ちょっと困ったみたいな顔をしてた。玲那が悪ふざけをしてるのが分かったんだろうな。あれを悪ふざけだと分かるなら、大丈夫かもしれない。
その時、鷲崎さんがビデオ通話に参加してきた。そうそう。こんな風に家族以外の人が参加してきた時にうっかり裸のままでいたら困るだろ。
「あ、すいません。何かお邪魔でしたか?」
玲那がドタバタしてる気配に、鷲崎さんが恐縮した様子でそう言う。
「ああ、大丈夫大丈夫」
僕は、思わず苦笑いを浮かべながらも手を振っていた。
火曜日。昨夜の鷲崎さんの話もただの世間話で済んで、しかも最後には楽しそうな明るい笑顔になってたから僕はホッとしていた。また画面の外で結人くんが、
『おい、おデブ!。トイレットペーパー使い切ったら新しいのセットしとけよ』
とか声を上げてたのに対して振り返りながら、
『ごめん、うっかりしてた。でも、私はデブじゃない!、私はぽっちゃり!』
だって。しかも、ついそんなことを言ってしまったのが恥ずかしかったらしくて、『ごめんさい、ごめんなさい!』って顔を真っ赤にして僕たちに謝ってた。
でもいいよ。僕たちはそういうの気にしないから。むしろそういう普段のやり取りからいろんなことを知るんだから。
それで言うと、鷲崎さんと結人くんの関係は、確かにあまり褒められたものじゃないのかもしれないけど、ちゃんとお互いに素の状態で言葉を交わすことができてるみたいで、決して険悪とかいう雰囲気でもなかったと思う。言葉遣いは悪くても、お互いに許し合ってる範囲に収まってる感じもしたんだ。これならそんなに心配もいらないのかな。油断はできなくても今すぐどうこうって感じもしなかったんだよね。




