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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百六十六 一弧編 「成長途中」

毎日、基本的には平穏に暮らせてて、すごくいい子な沙奈子は、何か特異なことが起こらないと目立たない子なんだなと実感させられる。何しろ、自分から前に出てくるような性格じゃないからね。


それに今では僕が世話を焼かなくても自分のことは自分でできるし、おねしょもすっかり収まってるし。


まあ、沙奈子の場合、おねしょが収まったっていうのはあまり喜ばしいことじゃなかったかもしれないけどさ。


元はと言えばそれまでの辛すぎる境遇から解放されてその環境の違いに適応できなくておねしょが始まってしまったみたいだったのが、玲那の事件とかの大変なことがあってそれで逆に収まったみたいなところがあるから。


本当に、皮肉な話だと思う。過酷な環境に過剰に適応してしまった弊害なんだろうな。


僕の場合はそれで極度の人間不信から女性に対する積極性をなくしてしまったのが、これまた逆に絵里奈や玲那にとってはむしろいい形で働いたんだけど、それはそれで皮肉な話なのか。


人生、なにがどういう風に作用するか分からないってことかな。


ただ、最近は目立たないように思える沙奈子でも、僕は決して油断しちゃいけないと思ってる。だってあの子は、静かに僕たち大人のすることを見てるんだから。じっと、真っ直ぐに、僕たちのすることを見てて、それを参考にしてるんだから。


将来、あの子が僕たちの立場になった時、僕たちのしてたことを基にしていろいろな判断を下すんだと思う。だから僕たちが良くないことをしたら、沙奈子もそれを真似してしまうと思うんだ。あの子が目立ったことをしないからこそ、僕たちが何をしてるのかをしっかり見てるんだろうな。


玲那のこととか、波多野さんのこととか、田上さんのこととか、僕たちがどうやって対処していくのかをあの子は見てるんだ。


ここで僕たちが自分たちの不幸を言い訳にして誰かを貶めたり、苦しめたり、傷付けるようなことをすれば、沙奈子もそれを真似してしまうかもしれない。僕はそれが怖い。


僕は沙奈子を躾けるなんてことができるほど立派な人間じゃない。でも、あの子の前で人として恥ずかしいことはしないように心掛けたい。あの子が僕の真似をしても、人として恥ずかしい行為にならないようにね。


殴ったり怒鳴ったりしてあの子に命令する必要は何もない。そういうのはあの子を苦しめた大人たちがしてきたことだ。その結果が、この部屋に来たばかりの頃の沙奈子なんだ。心をどこかに落としてきたみたいな、人形のようなあの子を作った大人たちがしたことなんだ。それと同じことはしたくない。


子供が荒れて親が困ってるっていう事例が紹介される時、親はいつだって被害者のように描かれるけど、高校の頃に家で傍若無人に振る舞ってた兄を姿を見てた僕は、親が一方的な被害者という描き方をされることにすごく違和感を覚えてた。子供がそうなった一番の原因は親にあるはずだって感じてたからだと思う。でないとおかしいんだ。自分がこうやって子供と一緒に暮らしてみて、子供の心理とか考え方とかに影響を与えるのはすぐ身近な大人だっていうのをますます実感したんだ。子供が問題を起こすのは、身近な大人の影響を受けたからだと思うんだ。


むしろそうでないと、大人に守られなきゃ生きていけない子供が大人に嫌われるようなことをする理由がないし。


赤ん坊がすごく愛らしい姿をしてるのは、大人に守ってもらうための生存戦略っていう話を聞いたことがある。それで考えたら、親や大人から見て可愛くない子供になるのは子供自身にとってはすごく危険なことなんじゃないかな。そんなことをして親や大人に見捨てられたら生きていけなくなるかもしれないのに。


だから、親や大人に嫌われたって構わない、仕方ない、っていう自暴自棄なところがあるように、かつての兄の姿を思い出すと感じてしまうんだ。両親に過剰に干渉されて、自分の意思では何も決められなくて、それに反発してた兄。


そうだ。クリスマスの前に家族で玩具売り場に行った時、兄が『これがいい』と手に取った玩具があったんだけど、それは小さくて安くてぜんぜん立派なものじゃなかった気がする。まさか兄がそんなのを欲しがるとは思わなかったから僕も驚いて記憶に残ったのかもしれない。なのに両親は、『そんなのよりこっちにしたらどう?』って感じで大きくて立派な合体ロボットの玩具を兄に見せたんだ。すると兄は突然不機嫌になって自分が手にした玩具を床に叩き付けてガシャガシャと踏み付けてしまってた。


あの時はどうして兄がそんなことをしたのか分からなかった。でも、今なら分かる気がする。大きくて立派な合体ロボットの玩具よりもそっちがいいと選んだ自分のことを認めてもらえなかったのがショックだったんじゃないかな。自分が選んだものを無視して立派な玩具を押し付けようとした両親が許せなかったんじゃないかな。


しかも両親は、店員が見てなかったのをいいことに兄が踏み付けた玩具をそのまま棚に戻して、『ほらほらこっちも買ってあげるから』とさらに別の玩具を持ってきて兄の機嫌を取りつつ、大きな合体ロボットの玩具と別の玩具を持って会計に行ってしまったんだった。


一緒に買ってもらったはずの僕の玩具がどんなだったのか思い出せないのに、その時の兄の不満そうな顔はやけに鮮明に思い出せてしまう。兄はあの時、本当はどんな気持ちだったんだろう…?。


そして、両親が何を考えて兄に自分たちが選んだ玩具を与えようとしたのか…。


兄は自分で欲しい玩具を選んだんだ。なのに両親は自分たちが選んだ玩具を押し付けようとした。それは結局、『子供のために立派な玩具を買ってあげる自分』に酔いたかっただけなんじゃないんだろうか。この場合、小さな安い玩具を欲しがった兄と、立派な玩具を押し付けようとした両親のどっちがワガママだったのかな。


『立派な玩具を買おうとしてくれてるんだから感謝しとけ』っていう人もいるかもしれない。でも僕はその考え方にはぜんぜん共感できない。


親だって人間なんだ。いつだって正しいとは限らない。間違うこともあるし失敗だってする。僕の目から見て、あの時の両親のやったことは失敗だったとしか思えないんだ。


子供が荒れてる時、問題を起こした時、子供だけが悪くて親には何の原因もないって考えるから、子供が荒れてる理由、問題を起こす理由が分からなくて適切な対処が出来なくなるんじゃないかな。『親は絶対正しい』『親は絶対間違わない』なんて考えてたら大事なことを見落とすんじゃないかな。


僕はそんなのは嫌なんだ。沙奈子が何かしてしまった時、あの子だけに責任を押し付けるのは嫌なんだ。僕に何か問題があったのなら、それをちゃんと改めたいんだ。


だって僕もまだまだ、沙奈子や玲那の父親として成長途中なんだから。自分の過ちを認められない人に成長はないと思うから。



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