四百六十四 一弧編 「楽しみ方」
大希くんから感じる、性的な欲求や欲望の希薄さを、僕は大希くんのお姉さんであるイチコさんからも感じてた。
だけど、そういうのが完全に欠落してるのかって言ったらそれも違う気がする。なんて言うか、とにかく『幼い』ってことなのかな。そういうのを必要だと本人がまだ思ってないっていうか。
だから、性的なことを嫌悪してるとかそういう印象もないんだ。それどころか、ふさわしい相手が現れたらいきなり覚醒しそうっていう予感すらあるって言えばいいのかな。
逆に言うと、そういう相手に出会わない限り歯牙にもかけないかもしれないけど。
でも考えてみれば、それで何も問題ない気もする。僕でさえ絵里奈と出会うまでまったくそういう気持ちにならなかったけど別に困らなかったし。
友達がいる。人を大切に想う気持ちがある。それがあれば、より一層、気持ちを通い合わせられる特別な相手が現れない限り異性を意識する必要もないのかなあ。
それで鷲崎さんには申し訳ないことをしたのは確かでも、僕に彼女を受けとめられるだけの器がなかったのに付き合っても、結局は残念な結果にしかならなかった気もするし。
イチコさんも今はまだ恋愛とかに気持ちを割く余裕がないのかも。高校生だし、なにより波多野さんや田上さんが抱えてる問題とかの方が気になるところだと思うし。自分の足元をしっかりさせるのが先決ってことなのかな。
恋愛感情と性的な目覚めはどちらが先なのかは僕にはよく分からないけど、双方が密接に結びついてるのは事実だと思うし、そういう意味でもイチコさんや大希くんは目覚めてないんだろうな。それは沙奈子も同じなのか。
あの子の場合は、体の変化に伴って意識し始めたような気配もあったものの、それについてあまり気にしないようにしてたら、最近は何だか平気になってしまったようにも思える。一緒にお風呂に入ってても、一時ほどは恥ずかしがる様子がなくなってきてる気がするんだ。
ひょっとしたらそれがあの子の目覚めの機会を奪ってしまってることになるのかもしれないと思いつつ、それで何か困ることがあるかって言われたら、特に何も困りそうな気もしない。
僕と絵里奈がそうだったように、『この人だ』って思える相手が現れた時にそういう気持ちになれれば恋愛だってできるし結婚だってできるからなあ。むしろそう思える相手が現れない限りそんな気持ちになれない方がトラブルも少なく済みそうって思えて仕方ない。
性的に目覚めなければ援助交際とかレイプとかをする側になる可能性も減りそうだしさ。最近、ニュースとかでよく見る大学のサークルで無理矢理っていうのも、被害者になることはあっても加害者になることは避けられそうだし。巻き込まれさえしなければ。
実は僕が通っていた大学にも、そういう噂の絶えないサークルはいくつかあった。僕はそういうのに関わりたくもなかったから、勧誘さえ受けないようにと気配を消してたっていうのもあったような覚えもある。『その場のノリに逆らって仲間外れになるのはイヤだ』とか『命令に逆らって目をつけられるのは怖い』なんて形で加害者になるのもまっぴらごめんだ。
沙奈子には、別にサークルとかには入らなくていいって言いたいと思う。お酒も飲まなくていい。勧められても断っていい。お酒を飲まなければ友達になれないとかいう相手とは友達にならなくていい。そんなことを言う相手は友達じゃない。『ノミュニケーションでなければコミュニケーションも取れない』なんてのは、そんなのただのコミュ障だと僕は思ってる。飲みたくない相手に強引にお酒を勧めるようなのは暴力だとさえ思う。そんなことをしなければ他人と関われないような相手とは関わらなくていい。
お酒の席でのトラブルとかお酒にまつわるトラブルとかでも、性的なことに関わるものは多そうだ。お酒で理性を失えばそれこそ自制が効かなくなるだろうからそういうのが増えるのも当然なのか。だから、お酒を飲むのも、万が一そういうことになっても構わないと思える相手とだけ一緒に飲めばいいかなと思ってる。僕はそもそもほとんど飲まないけどね。思えば、理性を失うのが怖かったんだろうな。今でも怖い。理性を失って自分が何かをやらかしてしまうのが怖いんだ。
僕は、自分の本質が、他人を冷酷に切り捨てることのできるタイプの人間だということを知ってる。そんな僕がお酒で理性を失ったらどんなことをしでかすか、それが怖いんだ。だからお酒は飲まないようにしてる。自分を信用してないからね。
お酒を飲まなくても親しくできる相手はいる。お酒を飲まないと親しくできないっていう相手とは社交辞令で対応しておけばいい。そういう人はそういう人同士で楽しくやっててくれていい。でも僕たちはそういうのを必要としてない。お酒を飲んで発散して記憶までなくして気付いたら知らない相手と朝を迎えてたとか、考えただけでゾッとする。酔っぱらって道端に吐いたりとかも嫌だ。だからやらない。
アニメや漫画に興味のない人でも人生を楽しんでいるように、お酒とか飲まなくても人生を楽しめる人だっていると思う。『こうじゃなければ人生は楽しくない』っていう思い込みがそもそもトラブルの原因になってそうな事例は、ニュースを見ても自分の周りの世間話の中にもゴロゴロしてるよね。そういうのを押し付けてくる人って、基本、相手のことを尊重してないし。
アニメや漫画が大好きで、それで友達や秋嶋さんたちと楽しめる玲那のことを否定する気は僕には無いんだ。熱心に人形を見てる沙奈子や絵里奈のことを否定する気もない。単に僕にはそういう感性がないっていうだけでさ。家族の中だけでもそれぞれ違ってて、お互いに自分の楽しみを押し付け合わなくてもそれぞれ楽しくいられてるんだから、他人とそんなことをしなきゃならない理由がそれこそない。
恋愛とかに人生の価値を見出してる人のことも、性的なことに人生の価値を見出してる人のことも、僕は好きにしててくれればいいと思ってる。でも、そうじゃない僕たちにそれを押し付けてほしくないって思うだけなんだ。僕たちの考え方や生き方も押し付けるつもりはないからさ。
イチコさんからも、僕の考え方に近いものをすごく感じる。
『あなたの楽しみ方を私は否定しない。でも、その代わり、私の楽しみ方もあなたに否定はさせない』
っていう強い意志を、飄々としたその態度から感じることもある。それはたぶん、お父さんの山仁さんから受け継いだものなんだろうな。もしてそれは大希くんにも受け継がれてる。
恋愛とか性的なことに関心がなくても付き合える相手はいる。だから僕たちはこうして集まれたんだと思うんだ。




