四百六十三 一弧編 「欲求や欲望」
恋愛感情っていうのは、えてして身勝手になりがちなものだと思う。なのに、その恋愛感情を基に行動してる星谷さんが一番みんなの力になってくれてるのは、それが結局、『大希くんのことを好きな自分のため』になると考えられてるからなんだろうな。だからいくらでもお金を使うし、頭も使う。それが自分のためになるから。
でも、星谷さんの凄いところは、それでもちゃんと冷静に打算も入れてくるというところかな。お金を使った分だけのリターンも忘れずに回収しようとするし。
これも大事なことじゃないかな。ただ使うばっかりじゃいつかは破綻するだろうからね。お金は大事なんだ。玲那の弁護士を雇うにも波多野さんのお兄さんの弁護士を雇うにもお金は要るし、玲那の情状証人を探すための探偵を雇ったのにもお金は要ったから。だから僕も星谷さんが立て替えてくれた弁護士費用は今でもちゃんと払ってる。生活は楽じゃないけど飢えるほどじゃないし、それもやっぱり僕が仕事を続けて、絵里奈が働いて、玲那がフリマサイトへの出品物の管理をしてくれてるからなんとかなってるんだから。星谷さんがその辺りをきっちりしてる人だっていうのは逆に信頼感がある。別に法外な請求されるわけじゃないし。
その辺りのバランス感覚がしっかりしてる気もするんだ。そもそも、高校生なのに年間一千万を超える収入があるっていうのがまずすごいよ。それができる時点でもう僕たちとは次元が違う。しかも無駄に散財してないんだから。ちゃんと自分で納得できることにしか使ってないんだって。
大きなお金を動かしたり世の中を動かす人ってこういうことなのかなって思わされる。
だけどそんな星谷さんが大希くんの前ではメロメロになって我を忘れるっていうのがまたなんとも。
その土曜日。千早ちゃんたちは旅館に行ってるからうちには来ない。というわけで、僕たちは沙奈子の午前の勉強が終わったら四人で会う。ちゃんと玲那の顔を見てどうなのかっていうのも確かめなくちゃ。
そうなるとゆっくりできるところということで、また人形のギャラリーに行くことになった。て言うか、作家さんの作品を年代別に展示するっていうイベントが開催されてて、最近では滅多に見られなくなった初期の作品が再度展示されるということで絵里奈のたっての希望というのが実際のところだけど。ただあそこなら、喫茶スペースで玲那とじっくり話ができるから僕にとっても都合が良かった。
ギャラリーに入ると、さっそく、沙奈子と絵里奈は人形を見に行って、僕と玲那は喫茶スペースで二人きりになった。
「どう?。気分の方は」
今さら前置きも必要ないし、単刀直入に尋ねる。
『うん、落ち着いてるよ。絵里奈も傍にいるし大丈夫』
そんなメッセージを返してくる彼女の顔を見詰める。表情とか仕草を見落とさないようにね。でも、『大丈夫』って言う通り、不安を感じるようなものは見て取れなかった。だからそれ以降は、玲那に好きに話してもらった。もちろんその間も、しっかり様子を見させてもらったけど。
『今頃、ピカたちはお風呂入ってるのかな?』
「そうかもね」
『大希くんは一緒に入ってるのかな~。ピカの様子が見られないのはちょっと残念かな~』
「どうだろう。ただ、僕も少し気になるね」
『え~?、JKの入浴シーンを想像してる~?。おとーさんのスケベ』
「ししし」って感じでまた悪戯っぽく笑う玲那に、僕も「あのなあ…」と苦笑いするしかできなかった。
『分かってる、分かってるって。おとーさんも単純にピカが大希くんの前でどんな感じになるのか興味があるだけだよね』
「うん。星谷さんのことも応援したいけど、やっぱり年齢差とかについては気になるしさ」
『大人になったら六歳差くらいはどうってことないんだろうけど、今は高校生と小学生だもんね。
だけど、ピカはちゃんとわきまえてるからそれは大丈夫だと思うんだ。
ただ問題は、大希くんの方だよ。彼、女の子のことまったく意識してないよね』
「玲那もそう思う?」
『分かるよ。って言うか、私、そういうの敏感だからさ』
今度は玲那が苦笑いしてるのが分かって、僕はハッとなった。そんな僕の反応に気付いた玲那がすかさずメッセージを送ってくる。
『大丈夫だよ。今は落ち着いてるから。そういうのが分かるっていうだけの話だからさ』
そのメッセージと同時に、彼女は僕の手を握ってきた。その手を僕も握り返す。そこからもこの子がすごく動揺してるみたいな大きな変化は感じられなかった。確かに大丈夫みたいだとホッとした。
ただどうしても、この子の場合はそういう欲望に直に曝されてきたっていう過去があるからね。実際、今でもそれでフラッシュバックを起こすこともあるというのは僕も聞いてた。いくら明るく振る舞えてても、まったく平気になってしまったわけじゃない。何かの拍子に当時のことが鮮明に蘇ってしまうっていうのは、これからも当分、もしかしたら一生、完全には消えないことかもしれないんだ。この子はそういうものともずっと付き合っていかないといけないんだ。
でも今のところは、そういうこともあって、大希くんが異性を意識してないのが分かるってだけの話だった。取り敢えず、心配しないといけないような状態じゃないのは僕も感じてる。
しかし、そんな玲那でも感じ取れないくらいに、大希くんに男性としての欲求や欲望というものが見えないというのも確かなんだろうな。玲那自身も言ってたけど、僕からもそういうのを感じ取れないらしい。だから安心してられるんだって。ただ、僕のそれと大希くんのとは何となくニュアンスの異なるものだっていう気もするんだ。
「でも、大希くんの場合は、そっち方面の部分でまだ幼いからっていうのはありそうだよね」
そう。彼はまだ、異性とかどうとかっていうのを意識するほど成長してないって感じだという気がする。それに対して僕のは、極度の人間不信から女性に対してもひどく警戒してしまってそんな気持ちになれないっていうのもあるんだろうなって自分では思ってた。
玲那が言う。
『会社でも、男性社員とかが女子社員を見てる時に『あ、これはエロい目で見てるな』って何となく感じることはあったんだけど、お父さんと山仁さんと大希くんからはそういうの感じないんだよね。
ただ、お父さんのはどこか、お父さん自身が女性って言うか人間そのものを怖がってるっていうのを感じるんだよ。
山仁さんもひょっとしたらお父さんに近いのかもって気がする。
でも、大希くんのはそういうのとも違うのかなあ。とにかく『性的なことに興味が無い』って感じなのかも。
お父さんが言うように幼いのかな』
玲那のメッセージに、僕も共感してしまってた。しかも、大希くんから感じるそれは、お姉さんのイチコさんからも感じられる気がするんだ。




