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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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四百六十一 一弧編 「癒し癒され」

月曜日。今日は英田さんのお子さんの命日か……。


結局、英田さんのお宅での塩素ガスの事故についての続報はまったくなかった。最後に見たニュースでは英田さんも奥さんも命は助かったらしいけど……。


ニュースではあくまで事故っていう印象の伝え方で、でも同僚たちの噂話ではお子さんを亡くしたことで奥さんが精神を患い自殺を図ったっていう話だった。どちらが正確なのかも分からず仕舞いだ。だけどそれがどちらにしたって辛すぎると思う。


香保理さんが亡くなったことも、去年の絵里奈の様子や最近の玲那の様子を見ても、後追いとかしていてもおかしくないくらいに二人にとっては大きなショックだったはずだから、わざと自殺を図るとかしなくても、注意力がひどく下がって思わぬ事故を招くことだって十分にあり得るし、他人事じゃない。


英田さんの奥さんも、自殺じゃなくて本当に事故だった可能性もあるよね。お子さんのことで呆然としてしまってうっかり洗剤を混ぜてしまっただけかもしれない。だからニュースでは事故として扱われてたのかも。


そうだ。自殺まではいかなくてもそういう形で次の不幸を呼び寄せる可能性の方が高いっていう気がする。それを防ぐためにも常に連絡を取り合って無事を確認しなくちゃ。あんまりにも注意力が下がってるような様子が見えたら、それこそ何か手を打たないといけないし。


思えば、香保理さんの件も、玲那が起こしてしまった事件も、結局はあの子が酷い目に遭わされた件の流れで起こってることのはず。玲那が普通の家庭に生まれて大切にされてたら香保理さんのこともなかったかもしれないし、あの子が事件を起こす必要もなかった気がする。やっぱり、不幸が連鎖的に続いてるってことじゃないかな。だとすれば、あの子を幸せにすることで少なくともその連鎖は断ち切れると思うんだ。


それは沙奈子も同じかな。兄はあの家ではワガママ放題に育てられてたけど、僕から見ても幸せそうには思えなかった。何でもかんでも口出しされて、その見返りとして甘やかしてもらってただけにしか、今では思えない。そんな兄の下に生まれたことで沙奈子は辛い目に遭った。兄が、自分に降りかかった不幸を断ち切らなかったからだ。


もちろん僕もあの両親の下で育ったことは決して幸せじゃなかった。ただ、だからってそれを理由に誰かを傷付けたらもっと不幸になるっていうことを教わっただけだ。


沙奈子に、塚崎つかざきさんに、水谷先生に、山仁さんに、絵里奈に、玲那に、千早ちゃんに、大希くんに、星谷さんに、イチコさんに、波多野さんに、田上さんに。


そして自分の不幸を理由に誰かを傷付けたりしないように気を付けたからこそ、僕は今、こんなに穏やかでいられるんだ。


もちろん、苦しいことはある。辛いこともある。玲那が過去に苦しめられているのを見るのは僕だって嫌だ。でも、そんな中でも確かに幸せはあるんだ。玲那が背負っているものが次の不幸を呼び寄せないように、僕も一緒にそれを背負ってあの子の負担を少しでも軽くしてあげたいんだ。それができるのも、僕にとってはむしろ幸せなんだ。


不幸の連鎖は、僕たちの代で断ち切ってみせる。単発で降りかかってくる不幸はさすがに防ぎきれなくても、それぞれの過去が呼び寄せる不幸についてはある程度は予測がつくし防げるはずだ。実際、防げてると思う。


沙奈子だって、クラスで他の子にきつく当たったりしないからひどく嫌われたりしないで済んでる。


絵里奈だって、自分の辛い過去を理由に他人に八つ当たりしないから無駄なトラブルを起こさずに済んでる。


玲那だって、これまでの境遇を呪ってそれを誰かに転嫁しようとしていないから新しい事件を起こさずに済んでる。


自分が苦しいからって、辛いからって、誰かに八つ当たりすれば、八つ当たりされた方だって黙っていられない。『やられたらやり返す』って考えの人だったら当然、反撃もしてくるだろうし、それができないとなったらさらに他の人に八つ当たりするかもしれない。そうやってどんどん不幸は伝染していく。


『どうして自分だけが我慢しないといけないんだ?』って思うかもしれない。昔の僕ならそう思ってたかもしれない。でもそこでやられたことをやり返してたり、他の誰かに八つ当たりしてたら、それを理由にまた他の誰かにやり返されたりされるだけだよ。


わざわざ自分から不幸になりに行くのならそうすればいいかもしれないけど、僕はもうそういうのは嫌だ。そんなことをして不幸を招くくらいなら我慢した方がずっと楽だ。それに、我慢したことで抱えてしまったストレスは、沙奈子が、絵里奈が、玲那が癒してくれる。もちろん、沙奈子や絵里奈や玲那が抱えてしまったストレスは僕が癒す。そうすることで僕たちは不幸に立ち向かっていく。


昨夜の鷲崎さんからのビデオ通話は、他愛ない世間話だけで終わった。でも、そうやって他愛ないやり取りをすることで鷲崎さんが癒されていくのが分かった。ちょっと疲れたような表情をしてたのがみるみる明るくなっていったんだ。そんな風にして癒されてもらえるのなら、喜んで協力するよ。


鷲崎さんが癒されて気持ちに余裕ができれば、それだけ結人ゆうとくんのことも受けとめられるようになると思う。鷲崎さん自身がそれを望んでる。だから、他の人から見ればとても乱暴で扱いにくいはずの結人ゆうとくんと一緒にいられるんだろうからね。まだ直接は会ったことはないけど、話を聞いてるだけでも大変そうだっていうのが伝わってくる。


今は直接支えることはできなくても、鷲崎さんを支えることで間接的に結人ゆうとくんのことも支えたい。だってそれが鷲崎さんのためになるから。鷲崎さんが苦しんだり泣いたりしてるのをそのままにしたくないから。


大学時代、ほとんど一方的にお節介を焼かれてただけでも、少し困ってたのは事実でも、決して嫌いっていうわけじゃなかった。当時の僕に彼女を受けとめるだけの器がなかったから上手く噛み合わなかっただけで。その恩を返したいと思うんだ。


今日も、沙奈子、絵里奈、玲那、山仁さん、イチコさん、大希くん、千早ちゃん、星谷さん、波多野さん、田上さん、みんな落ち着いてる感じで僕も安心した。穏やかに一日を終えられた。


英田さんのお子さんのことを想うと胸がチクリと痛む。僕にはもう何もできないけれど、せめて忘れないようにしてあげたい。


…いや、忘れることなんてできないかな。だって、そのことが、絵里奈や玲那との距離をさらに縮めてくれたんだもんな。僕たちが家族になるためのきっかけの一つになった出来事なんだもんな。忘れるなんてできないと思う。


一つの出来事がいろんな影響をいろんなところに与えてる。だったらせめて、その影響がいい形のものになるようにしたいと思うんだ。



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